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中学時代2
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黒冷side
新たに1年世話になる教室に轟と入る。中にいる生徒はまだ少なく黒板を見ると「自由席」と書かれており彼に腕を引かれて窓際の縦に後ろ2つの席を取った。2年の時と同じ配置だ。
「轟さ、なんで隣にしないの?」
ポンポンと空いた隣の席を叩く。キョトンとした轟が首を傾げた。
「お前の前じゃないと意味がないからな」
「? 意味わかんない」
「隣より前の方が近いだろ」
「まぁ、確かに」
この学校は席が一つ一つ離れている。隣の席とくっついていないタイプの席並びをしているため前の席の人が後ろに振り向いた方が距離は近い。
「理由は近いだけじゃねえんだけどな」
「他にもあんの?」
「黒冷の視界を奪える」
「は?」
訳分からんなんだこいつ。取り敢えず轟は後ろに振り向くのが好きってのは分かった。
鞄から教材を取り出して机に収める。あとで廊下のロッカーに辞書とジャージ、それから体育靴を仕舞おうと計画を立てつつ今日の日程を考える。
長ったらしい入学式のあとは何をするのか。つーか…
「「入学式めんどくせえな」」
轟と声が被った。
「………どうする?」
「何がだ?」
「入学式」
「………サボるか」
「さんせー」
「ならさっさと片付けるぞ」
「おっけー」
薄ら笑みを浮かべた轟。サボり決定が決まってからの私達の行動は早く一足先に片付け終わった轟が教室のドアの前で「くれーーい、急げーー」と声を張る彼に「今行くーー」と返した。
いつもの廊下、いつもの階段を登って屋上に出ると雲一つない晴天が目の前に広がる。「綺麗な空だ」と呟けば「そうだな」と返ってくる声。屋上のド真ん中で腰を下ろして空を見上げると隣に轟が腰を下ろした。
「日向ぼっこしたい」
「まだ肌寒いからやめとけよ」
「やらないよ」
チラッと見ると目が合って「そうか」と短い返事がきた。
何か言いたげな目をした轟を見つめて彼の言葉を待っていると体育館がある方向から校歌が聞こえてきた。
「黒冷は高校どうするんだ?」
「高校か…なんにも考えてなかった」
「俺は雄英を目指す」
「雄英かぁ……ヒーロー科?」
「ああ」
「ふーん、意外。ヒーロー目指してたんだ」
「まぁ…」
言葉を濁らせる彼から目を逸らして再び空へ。
「黒冷も雄英に行かないか?」
「私も?」
「ああ。俺はお前と一緒に行きてえ」
「……そいつは嬉しいけどごめん。私ヒーロー嫌いなんだわ」
「え?」
「ちょっとね…ヒーローには良い思い出がない」
「そうなのか?」
「うん」
脳裏を占めるは真っ赤な鮮血。劈く悲鳴と醜い敵、役立たずなヒーローと憎悪だけ。
私はヒーローを信じることが出来ない。周りの大人を信じることが出来ない。地位にものを言わせて権利を振りかざし。金で釣って平気で嘘をつく。何事も無かったかのように、誰も悪くはないと言うかのように、全ては敵の仕業だと偶然狙われた哀れな被害者だと、平気でデマを流すマスコミもニュースもヒーローも、嘘を鵜呑みする周りの人間も、何もかも。
一切目を逸らさずに見つめてくる轟に目を合わせる。彼は何かを決心した表情をしていた。
「……知りたくなった」
「何を」
「お互い触れてほしくない話には触れないようにしてきた……けれど、お前のことを知りたいと思うようになった」
「そう」
「多分俺は黒冷のことが好きなんだと思う」
「そ……えっ?……そうなの?」
「ああ。お前の全てを知りたいと思えるくらいには」
まさかの発言に思わずたじろぐ。一瞬ドキリとした心臓が痛い。何この子。イケメン怖い。天然怖い。轟怖い。
きゅっと口元を結び、初めて逸らされた目線が下に落ちる。俯いた彼から目を逸らして屋上から見える街並みに目を向けた。
「俺の話…聞いてくれるか…?」
普段の彼からはあまり想像出来ない程にか細い声が耳に入る。背中を丸めて縮こまるような彼の背中を撫でながら耳を澄ませた。
*****
あっちこっちで噂が流れているし、誰かから聞いたことあると思うが俺の親父はエンデヴァー。万年No.2のヒーローだ。個性婚って知ってるだろ。超常が起きてから第二〜第三代間で問題になったアレだ。俺はオールマイトを超えさせるために作られた。
親父は極めて上昇志向強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せるもオールマイトを超えることは出来なかった。生きる伝説、オールマイトが邪魔で仕方ねえんだ。そこで親父は母の個性に目をつけた。実績と金だけはある奴だ。母の親族を丸め込んで陥れた。オールマイト以上のヒーローに育て上げることで自分の欲求を満たそうと考えたんだ。
ぽつり、ぽつりと落ちるように零れる言葉を聞きながら背中を撫でる手を止めずに続ける。
ほら、ヒーローの子供はろくなこっちゃない。どいつもこいつも自分勝手だ。近くにいるだけで巻き添えを食らう。望みもしない期待。向けられる羨望。都合のいい解釈。 恨み辛み妬み嫉み僻み。だから憎い。ヒーローという存在は。
「俺はっ、俺は…あいつの、クズなんかの道具にはならねえ…!なりたくねえ…!!」
「うん」
「母さん…記憶の中でずっと泣いてるんだ…俺の左側が親父と重なって《醜い》って母さんに煮え湯を浴びされた」
「は?」
「今は入院してる。お前に怪我を負わせたからって親父にブチ込まれた。入院してから母親には1度も会ってない……会いたくても、俺の存在が母さんを追い詰めてしまうから、怖くて会えない」
「……そっか」
自然止まっていた腕を下ろす。顔を上げて眉を八の字に曲げてこちらを見つめてくる彼の火傷跡に手を添える。割れ物を扱うように撫でると手首を掴まれたので腕を下ろした。
「まだ傷んだりするの?」
「………たまに」
「そっか。まぁそういうときもあるよね。分かる分かる」
「結構重い話をしたつもりだったんだが…軽いな」
「それなりに私も複雑だからね。ついでだから聞くけど個性はどんなやつ?」
己の両手をを見下ろしながら「半冷半熱」と応えた。
「半冷半熱?」
「右が氷で左が熱」
「なんだそれ。カッコイイな」
「カッコイイ…のか?」
「少なくとも私はそう思ったけど」
「かっこいい…そうか」
「つか、私と似たような個性だね」
「……ん?待て。お前、無個性じゃなかったのか?」
キョトンとした表情の轟に首を傾げる。
「え?」
「いやだって転校してきたとき、個性聞かれて即答で無個性だっつったろ」
「嘘だけど」
「は?」
「え、なんでそんなに驚いてんの」
「嘘だったのか!?」
「あんなあからさまな嘘信じてたの?」
「てっきりそうだと…なんで嘘吐いたんだ…?」
「説明すんの面倒臭いから」
「え」
「え?」
微妙な空間を遮るようにチャイム音が響き渡る。いつも無表情な轟の間抜けた顔が珍しくてつい声を出して笑ってしまった。
*****
轟side
初めて聞く黒冷の笑い声。誰が見ても分かるくらいに無表情を崩して笑顔を浮かべる彼女に驚きが隠せないのと同時に満たされる心。
半年の時を得て見た笑顔にちゃんと笑えるのだと知れて湧き出た安堵といつもの無表情が崩れ出た笑顔を見たことがあるのは恐らく俺だけだろうという優越感。
「めんどくせえって…」
「 転校したての頃先生が言ってたと思うけど叔父の職業柄色んなとこ転々と過ごしてきたから転校ばっかだったんだよ。その度個性聞かれてさ…最初の頃は応えてたんだけど面倒くさくなってきてなぁ…」
「そういうことか」
「そーそー」
「叔父って?」
「母親の弟。私の保護者」
「母親の…?」
「あー…まぁ、うち、両親死んでんだよね」
「……え」
「轟が覚悟決めて話してくれたんだ。こっちも話さねえと割に合わないし」
話、長くなるけどいい?
軽い口調とは裏腹に光を通さない真っ黒な瞳が更に黒く濁ったように見えて、問われた言葉に無言で頷くと無表情を越えた果てに渦巻く闇の一部を見た気がした。