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中学時代3
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「私の父親はアオスビルフって言えば、大体分かるんじゃない?それなりに有名な事件だし」
「は……?」
そう言い放った黒冷の声は凍てつく氷のように冷たかった。
爆炎ヒーロー、アオスビルフ。
雄英高校出身。個性:爆炎。親父と同じように炎系ヒーローで戦闘スタイルはセンスの塊。臨機応変自由自在に動き回るスタイルは予測不可能とまで言われ、これもまた親父と同じく肩を並べてNo.2ヒーローの座に君臨していた男だ。
TVで見たことがあるアオスビルフは個性を扱っているとき決して笑ったりしない。真剣な目つきで相手に考えを悟らせないように無表情でいたことが多かった。
そして事件が解決した後に見せる笑顔が太陽のように暖かくて……同じく炎の個性なのにどうしてこんなにも違うのだろうと、彼の息子になりたいと、彼の家族が羨ましいとさえ思ったことがある。
そんな彼を中心に巻き起こった7年前の事件。アオスビルフに怨みを持ったとされる敵達による一家虐殺事件。犯行時間は凡そ27時前後だと言われており、発見されたのはその8時間後。
アオスからの応援要請は敵の個性によるジャミングで要請が誰1人の元へ届かなかったらしい。
アオスは勿論のこと、妻、子、全員死亡……そして一家を襲った敵達が何者かによる鏖殺。事件は迷宮入りしたと聞く。
そのニュースを見た時の親父が目を見開いて呆然と立ち尽くしている珍しい姿を晒していて、ざまぁみろと鼻で笑ったことがある。
「アオスビルフ一家は…全員死亡したんじゃ…」
信じられなくて体が力んだ。ふわりとした冷風が肌を撫でるように吹き通り、風に乗って黒冷の髪が泳ぐ。
「世間的にはそう言われてる」
時が止まった気がした。黒冷の目に宿る意思のある憎悪とそれすら覆い尽くさんと広がる暗黒の闇。
この目は世界を恨んでいる。
人を、敵を、ヒーローを、全てを。
静かに、静かに。誰にも気づかれることなくその内に宿し燃ゆる純粋なる殺意に背筋が凍り、鳥肌が立つ。一瞬にして呼吸の仕方を忘れた。息が出来ない。苦しい。
でも、苦しい以上に……哀しかった。
「悪い」
目を伏せて謝られた瞬間、空気が軽くなった。ゲホゲホと咳き込むと優しく背中を撫でられる。
ドッドッドッと早打ちする心臓が痛い。黒冷のあの目を2度と見たくねえと思った。
「やっぱこの話やめようか」
「やめないでくれ」
「……なんで」
今ここでやめたら2度と口を開いてくれねえ気がするから。
「お前、変なやつだ。物好きめ」
軽口で笑った黒冷が、俺には泣いているように見えた。
*****
黒冷side
「つっても…どっから話せばいいのか分かんねえな…」
「全部だ」
「即答かよ」
咳が落ち着き、ジッと私を真剣な目つき見てくる轟から目を逸らす。そよ風を浴びながらゴロンと横たわった先に広がる空は私のことなんかどうでもいいかのように目もくれず、憎たらしい程青々としている。
「アオス一家は全滅って言われてるけど、実際には私と双子の弟が生き残った」
「双子の弟がいるのか」
「うん。あの事件の影響で7年間植物状態だけどね」
「………」
「ちなみにうちの両親も個性婚だったんだよ」
「マジか」
「マジ。つっても両親の親同士が勝手に決めたやつ。今じゃ珍しい許婚関係だったの。その個性婚の目的がなんだったのかは知らないけど2人とも満更じゃないみたいだった」
「……そうか」
「皆死んだ後は叔父に弟共々引き取られた」
「……その叔父の職業は?」
「警察官。母と一緒」
「警察官……」
「そ。結構偉いみたいでなぁ…色んな所に飛ばされんの」
「それで転々としてたわけか」
「そんな感じ」
キャンパスを青で塗り殴った空に一筋の飛行機雲。久々に見たなぁと思っていると轟がゴロンと横たわり「飛行機雲…久々に見たな」と呟いたので不意にも笑いかけた。
「肌寒ぃっちゃ肌寒ぃけど…たまにはいいな…こういうのも」
「そうだね」
轟が薄らと笑った気がした。
「また引っ越すのか?」
「いや…今の所叔父さんとそういう話題は出てないから当分ねえと思う。なんで?」
「お前と離れたくねえから」
「………轟怖いわ…」
「? 何がだ?」
「何でもない」
思ったこと平然と口にする轟が怖いよ。
「黒冷の個性ってどんなだ?俺と似たようなって」
「ああ。私の個性は炎魔」
「えんま…」
「炎系個性でどっからでも自由自在に生み出せる。火炎温度もまた然り。火炎温度をマイナスに限界突破すれば氷になる。これはぶっちゃけ自分でも理屈は分からない。デメリットは秘密」
「すげえな。炎なのに氷が出来んのか」
「元々父親と同じ爆炎だったんだけどあの事件でちょっと性質変わったんだ」
「個性の性質って変わるもんなのか」
「個性も身体機能。その身体に何かあれば変わるもんだろ」
「なにか病気が…?」
「持ってねえよ。至って普通」
「そうか…何も無いのか…よかった」
安堵したような優しげな声。なんで轟が嬉しそうなのか、私には分からなかった。
キーンコーンカーンコーン
突然響き渡ったチャイム音にビクッと体が浮く。音が近すぎて純粋に驚いた。
スカートのポケットからスマホを取り出して時間を見ると既に昼近く入学式はとっくのとうに終わっていたことを知る。
勢いよく体を起こして轟を見ると彼もスマホで時間を確認して上半身を起こしていた所だった。
「やべえ」
「早く教室戻ろ」
急いで屋上を出る。今日、初めてサボりを体験した。轟とこういう時間を過ごすのもいいなって思い始める自分がいた事に私自身気づいていなかった。
*****
初めてサボりを体験してから2週間が経った。
あの後、教室に戻ると轟と一緒に先生に呼び出されて職員室で怒られたもののどこか嬉しそうに笑っていたので2人で同時に首を傾げると周りの先生から笑われるというよく分からない状況になった。
怒られたあとから担任に聞いた話、入学式後は委員会決めが行われたらしく委員長が轟、副委員長が私になったみたいで面倒な仕事を押し付けられてお互いサボったことを若干後悔したがあの時サボらなきゃあんな話しをすることはなかっただろうと少しばかり心が浮ついた。
アオス一家虐殺事件の生き残りである私と弟は、警察上層部達によって情報を機密にされている。敵から身を隠すためだと叔父は語っていたため轟に誰にも話さないように釘を刺したらアイツは「そんなこと言われなくたって分かってる」と言わんばかりの表情で
「世間の誰1人とて知らねえんだ。ニュースにもなってねえし、ネットにも載ってねえ。それだけ重大ってことだろ?それにお前まだ何か隠してるだろ。いずれ全部吐いてもらうからな」
そう言った彼の顔は敵に負けないくらい怖かったとだけ語っておく。
お互い隔てた壁をブチ破って吐き出しただけあって私達の距離は更に近づいたように思えた。と言っても在り方は今まで通り変わらない。
授業中は教師無視って後ろに振り向く轟に勉強を教えて、休み時間は構うのに全て消費、昼休みは屋上ランチ。放課後は本屋か図書館か飲食店に入って勉強教えるか、のんびり過ごすかと言った具合。
変わったことと言えば電車乗って色んなとこ遊びに行ったり、轟の口からエンデヴァーの愚痴が出てきたりとちょっとしたもの。
一人暮らしをしているようなものだけど、叔父さんと暮らしてるアパートに戻れば仕事で忙しくあまり帰ってこない叔父が居て、転校してからの話が聞きたいと言われて両親のことを省いて素直に話したくらい。
叔父さんは何故だか分からないけど、涙目になっていた。
「お前に心許せる友達が出来て良かった」
なんて事を言われて、そこで初めて轟に心を許していたのかと自覚した。会ってまだ半年だというのに、私って結構ちょろいのではないかと危惧すれば、それに気づいた叔父に「それは違うぞ」と言われてよく理解出来ずにその日は寝た。
朝起きると真面目な顔した叔父さんに「雄英高校に行かないか」と話しを持ちかけられるも「……行きたくない…」と返したことだけは覚えている。
「黒冷」
今日の授業は昼までだった。帰りのHRが終わって支度をしていると鞄を肩からぶら下げた轟が私を見下ろす。
「ん?」
「暇か」
「暇じゃなくても連れてくんだろ?」
「ああ。海に行きたい」
「なんでまた海…」
「急に行きたくなった」
「お前よくわかんねーわ」
轟はいつも突然だ。無口だし、無表情だし、クールな奴だと普通ならそう思うだろう。私もそう思っていた1人だった。でもコイツはただの男の子だった。ただの普通の男の子なのだと知ってしまった。
背負わされた肩書きが重たいだけでその辺の学生と変わらない。エンデヴァーの影響が強くあるが故、周りがそうさせているだけでコイツだけを見れば普通だがやっぱ周りの男子生徒と比べれば物静かな所はある。
鞄に教材を詰め込み終わるとヒョイと目の前から消えた。
「……お前なぁ」と言えば「黒冷が遅いのが悪い」と私の鞄を持った轟の目元を細ませて薄らと笑った笑顔が可愛く見えて、キュンと胸が高鳴った。
………キュン??
「黒冷?胸摩って…どうした?痛いのか?」
「いや…なんでもない。気の所為」
「? よく分かんねぇがなんかあるんなら言えよ」
「うん」
先を歩く轟の背中を追いかける。途中で鞄をひったくり、他愛のない会話をぽつぽつと続けて海に向かった。
はずだったのに。
「お前が焦凍をたぶらかせてる奴だな」
「てめェ…!なんでここに…!!」
どうしてこうなった。