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中学時代4
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電車を乗り継いで駅から歩き出し、数分経った頃にそれは突然起こった。
「きゃあああああああ!!」
私達から少し離れた場所で聞こえた女性の悲鳴と続いて爆発音。驚いて咄嗟にしゃがみ、後ろ向きに体勢を整えると隣にいた轟は爆発元であろう場所を睨みつけるように見つめていた。
パニックに陥った人々が爆発元から我先にと逃げ往く中、1人の女性に蹴られて痛む腕を擦りながら街中でしゃがむ癖は治そうと決めた。
「なんの騒ぎだ、これ」
「……わからねえ」
小さく独り言のつもりで呟いた言葉が拾われた。
私達よりも爆発元に近い位置にいる大人達が「ヴィラン同士の紛争だァ!!」と大声で叫ぶ。
ヴ ィ ラ ン
パチンッと音を発てて私の中で何かが弾ける。
立ち上がり、1歩踏み出すと轟に手首を掴まれた。放せの意を込めて目を合わせるも「やめておけ」と真剣な声色で言い捨てられる。
「お前、今どんな表情(かお)してるか分かるか?」
「……さぁ」
「今すぐにでも人を殺しそうな顔してるぞ」
「そんなつもりはない」
「……法律上、許可証を持っていない人の公共の場での個性使用は原則禁止だ」
「知ってるよ。だから個性使わない」
「だとしてもダメだ」
そう否定された途端にどこからか「ヒーローが来たぁ!」という声が耳に入り、そちらに目を配るとパトカーと共に数人のヒーローが視界に入る。
現場の様子を少し眺めてから轟に「………そんなにヤバい顔してる?」と聞けば「ああ」と即答されてしまった。
そんなにヤバかったか。全く自覚ないな……と思いつつ、頬を掻いて轟に掴まれた腕を振り解いて鞄を持ち直す。
現場は何時の間にか野次馬で溢れ返り、私達がいる場所から詳しい様子を確認することはできなかったものの野次馬達の反応からして事件はスピード解決したようだった。
「轟?」
「………」
「とーどろーきくん」
「………」
踵を返して目的地へ歩もうとするが彼は全く動かず、横顔をガン見して声を掛けても返事はなく、現場を一心に見つめるその目には色んな感情が複雑に混じり合っていた。
彼にもヒーローに対して事情があるというのに普段があまりにも自然だから2週間前の事をすっかり忘れていた。
静かに息を飲み込む。不意打ちを狙って「……焦凍?」と名前呼びしてみた。
「! なんだ?」
驚いたように反応した。
「呼んでも反応しないから」
「……そうか」
「現場、見てく?」
「……いや、いい。早く行こう」
1人先に海岸が広がる方角へ歩き始めた彼の背中を追い掛けるように歩こうとしたその時、背後から威圧感がした。弾けるように振り向くと炎を轟々と燃やして身に纏った大男がそこに居た。
誰しも1度は画面越しに見たことがあるだろう有名なヒーローだ。
ギロッと効果音が付きそうな目で睨まれて足を1歩引く。異変に気付いた轟が「黒冷…?」と呟きながら振り向いた途端、一瞬にして人が変わったように彼の表情が一転。そのヒーローと私の間に体を滑らせ威嚇する。
ヒーローは轟に目もくれず、私だけを睨んでいた。
「お前が焦凍をたぶらかせてる奴だな」
「てめェ…!なんでここに…!!」
フレイムヒーロー、エンデヴァー。
かつて父とNo.2の座を奪い合っていた同じ系統個性のヒーローで、轟の父親。どうしてこうなった……と思わず頭を抱えたくなった。
「ハッ」と鼻で笑ったエンデヴァーが轟を見下ろす。
「なぜ、だと?可笑しなことを聞く。ヒーローなのだから事件に赴いて当然だろう。して焦凍、稽古を放ってどこに行くつもりだ。ろくな個性も持ってなさそうな小娘と悠長に遊ぶ時間なぞお前にはない。帰るぞ」
「勝手に決めんじゃねぇよ…!クソ親父!」
「……お前は随分とこの小娘に情入れしてるようだな」
「!」
「わかってるな?くだらん反抗はやめろ」
「 ッ…!!」
目の前で繰り広げられる喧嘩。父親に憎しみを抱く轟と轟に己の理想を押し付けるエンデヴァー。
学校で見せる表情と父親を前にした表情でこんなにも人が変わるものなのか。いや、変わる。憎しみを目の前にした人間は予想だにしない姿に成るものだ。よく知っているとも。
だからと言って2人の間に私が入る隙はない。他人なのだから当然だろう。だけども…《ろくな個性も持ってなさそうな》って……正直イラッとした。
私が持っているのは父親の個性だ。性質が変わってしまった今でもやっぱり元は父親から受け継いだものなのだ。
キィッと私達の隣に黒塗りの車が停車した。運転席のドアガラスが下がり中から人が顔を出す。
「エンデヴァーさん!」
「来たか。早かったな」
「それなりに混んでましたけどね」
見たことがないコスチュームで身を包んだヒーローだった。恐らく新人の相棒なのだろう。
エンデヴァーは「乗れ焦凍」と言って1人先に車へ乗り込んだ。俯いて唇を噛む轟に掛ける言葉が見つからず、そのまま何も出来ないで彼は車へ乗り込み、行ってしまった。
「海、か…」
何年、足を運ばずにいただろう。
小さくなっていく車が視界から消えて、このあとどうしようか思考を巡らせる。真っ直ぐ家に帰るのも良し、暫く見ていなかった海を見に行くのも良し。まだ入ることは出来なくても眺めるくらいなら大丈夫だと思うし。
最後に遊びに行ったのは7年前だった気がする。ヒーローの父と警察官の母、父に憧れてヒーローを目指していた兄と弟、そして私の5人で遊び行ったっきり。懐かしい。
昔の思い出に浸かっていた私の足は無意識に海岸へと向かっていた。
次の日の朝。
教室で会った轟が「わりぃ」と小さく謝ってきた。
一瞬なんのことで謝ってきたのか分からず、少し考えて昨日のことかと思い出す。
「あれは仕方ないというかタイミングが悪かったとしか言いようがないね」
教材を鞄から取り出し、机の上でトントンと立てて頭を揃える。
「……でも海行きたかった」
「今すぐじゃなくても行けるだろ。来年でも再来年でもさ」
「一緒に行ってくれんのか」
若干俯せ状態だった顔が上がって今日初めて目を合わせた。
「まぁ…誘ってくれればね」
「誘う」
「わかった。楽しみにしてる」
「ああ」
朝のHRが終わったら1時間目の授業は社会で、2時間目は数学……
教室内に貼られた時間割を見ながら机の中を整理する。
「………」
「………」
会話が終わってからジッと目を離さず見てくる轟が物凄く気になってしかたない。動かす手を止めて「何?」と聞いてみると少し言いづらそうに微妙な表情変化を見せた。
「……今日から放課後一緒に居れなくなった」
「うん」
「雄英進学に向けて力を入れる」
「うん」
「……すげぇ嫌だ」
「うん」
「絶対に左は使わない。進学だってアイツを否定するために行く」
「うん」
「……勉強の方はいけると思う。けど念のため教えてくれ」
「分からない所言ってくれれば可能な限り教えるよ」
「……悪い」
「そこはありがとう、でしょ」
「……ありがとう」
素直に礼の言葉を口にした轟は薄ら笑みを浮かべていた。
ふと半年前の彼を思い出す。会って間もない頃の彼は「笑顔」の「え」の字すら見せなかったのに今ではその笑顔をすんなりと見せてくれる。そもそも彼が私に関わろうと思ったきっかけはなんだったのだろう。転校初日の時間割を教えてくれたあの時の会話だろうか。それとも同種の匂いがしたからだろうか。考えれば考えるほど分からなくなる。
「気になってたんだけどさ、どうして轟は私に話しかけたの?」
「話しかけちゃダメだったか?」
「いや、そう言うんじゃなくて私といるキッカケ?みたいなの」
「? なんだそれ」
「言い回しが難しい。そうだな…どうして私を気にかけるの?って言えばいいか?気になりだしたワケ?みたいなのが知りたかった」
「………………改めて考えると分かんねぇな。何となくっつーか…好奇心っつーか…珍しい髪してたから気になった…?」
「それブーメランだからな」
「そんなに珍しいか?」
「珍しい所じゃないだろ。ここまでキッチリ綺麗に別れた髪希少種だから」
背凭れと向かい合うように自分のイスに座って、私の机の上で頬杖をつく轟をジト目で見る。
確かに私のも珍しいと思うけど見慣れちゃってるからそうでもないし、むしろ轟の方が珍しいと思う。それに弟も同じような色をしている。ただ私は毛先に向かってピンク色だが弟は水色だし、兄は黄色だった。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。轟と話し込んでいるうちに教室内は生徒で溢れて、時間も思った以上に進んでいた。ガタガタと音を発て、席につく生徒に混じって轟も体の向きを変える際に「昨日みたいに呼んでくれないか?」と言われた。
「何を?」
「名前。焦凍って呼んでほしい」
「………やだ。減る」
「減るもんじゃねえだろ」
「気が向いたらね」
「わかった」
焔。
どさくさに紛れて名前を呼ばれた。突然の不意打ちに一瞬何を言われたのか理解出来ず、あっという間に1日が過ぎ去った。