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中学時代5
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エンデヴァー襲来から時は流れ、5月に突入した。轟との付き合いは面白いくらいめっきりと減った代わりに叔父さんが頻繁に家へ帰ってくることが多くなった。
授業中に後ろに振り向く頻度が減って休み時間1、2回言葉を交わすだけで構いきることもなくなり、時間を持て余すようになって放課後は軽く買い物をして真っ直ぐ家に帰る。
避けられている気がするのだ。それに自分からあまり話しかけないから尚更会話がない。寂しいという感情が数年ぶりに心を支配した。
そして轟と距離を置いて思い知った自分の周りの現状。今まで話してた相手が轟しかいなかった私は周りのグループに馴染むことはなかった。クラスの副委員長だから必要な会話はするがそれ以上の会話はなく、私を見る女子生徒の目は嫉妬の色に染まっており男子生徒達は馬鹿を見るような、恐ろしいものを見るような、そんな目をしていた。
それが気持ち悪くて鳥肌が立ったのをよく覚えている。
それから嫌がらせを受けている気もするのだ。気がするだけで実際は分からないが擦れ違う女子生徒達からよく舌打ちをされる。
それらを察しれないほど私は馬鹿じゃない。
男子からすれば轟は恐ろしいのだろう。父親はエンデヴァーで轟自身強い個性を持っているし、先輩とのいざこざもあったから近寄り難い。そんな彼に平然と近づいた私が可笑しいと。
女子からすれば高嶺の花だったのだろう。頭も良ければ運動神経も良くて顔もいい。強い。オマケに雄英高校進学希望者だ。文句無し。話したくても話しかけられないというのにひょっと出の転校生に横から奪われた、とでも考えているのが手に取るように分かった。
「馬鹿だな…轟と会う前に戻っただけじゃん…」
そうだ、戻っただけだ。誰とも喋らない、誰とも交流しない、遊びにも行かないし、勉強を教え合ったりもしない。だというのに1度味を占めるとまた欲しくなってしまうのが人間の悪い所だ。
リビングに設置されたソファーの上でゴロゴロする。クッションを枕にしてスマホのロック画面を外し、メディアをタップして写真を見ながらスワイプ。
叔父さんの写真とか貰った昔の写真とか空の写真とか前に行った海の写真とか野良猫の写真とか隠し撮りした轟の写真とか。
身内以外で初めて撮った人物だ。本人には教えてやったりなんか絶対にしないけど。
ガチャと音を立てて玄関ドアが開いた。ソファーから身を起こして立ち上がり、左腕に真っ黒に染まる炎を纏う。
叔父さんが帰ってきたなら、開けた時に「ただいま」と声をかけるはずなのに今のは無かった。
臨戦態勢を取って待ち構える。トントンと軽はずみな足音がリビングに繋がる扉の前で止まった。
ガチャ
「ほむ?なんでいるんだい?学校は?」
「なんで叔父さん無言で入ってくんの?」
「あ、いやごめんごめん。足下見ないで来たから靴に気づかなかった」
ははっと笑う姿に脱力して左腕に纏った個性を消す。
霧灯将樹(むとう しょうき)
個性:幻覚
体内から霧を発生させて触れた相手に幻覚を見せる個性を持っていて母の弟であり私の保護者。筋トレや個性の特訓、武術をこの人から教えてもらった。謂わば師である。
職業が警察官ってのは知ってるけど詳しいことは分からない。昔警察官仲間の方から上層部の人間だとは聞いてたから結構なお偉いさん、だと勝手に思ってる。
スーツの背広をハンガーに通して上着掛けに掛ける姿を横目に見る。
将樹さんは私に詮索されるのをやけに嫌がっている。両親のことも「まだそのときじゃない」としか言ってくれないから教えは期待はできない。アオス一家虐殺の真実を知るには《そのとき》を待つしかないのだ。
「叔父さん珍しいね。こんな時間に帰ってくんの」
「ああ、まぁね」
「何かあったの?」
ソファーに座ってクッションを抱える。キッチンからリビングに来た叔父さんの両手には湯気が立つコップが2つ。コトッとテーブルに静かに置いて「はい、ココア」と渡してくれた。
「ん。ありがと」
「うん」
両手でコップを抱えて暖を取る。叔父さんはテーブルを挟んだ1人用のソフォーに腰掛けて1口コーヒーを含んだ。そして静かな目で言う。
「話がある」
「なに?」
「来年度からオールマイトが雄英高校に就任するという報告を塚内から受けて念のため雄英高校の校長である根津からも直接話を聞いた」
「オールマイトが雄英に…?なんで?」
「それは言えない。まだその時じゃない」
「叔父さんそればっか」
「すまない…でも言えないんだ」
「はいはい。で?」
「雄英高校の近くに引っ越すことになった」
「…ふーん」
「オールマイトの近くにいれば何かあった時連携が取れやすいだけじゃなく雄英とも情報共有しやすいからってことでそうなった」
「うん」
「今すぐにって訳では無いよ。ほむが卒業してから引っ越す予定だから……悪いな。せっかく友達が出来たのに」
「いいよ別に。てか…その友達も雄英のヒーロー科目指して今頑張ってるから」
「確かエンデヴァーの息子さんだったか」
「そ。3週間くらい前エンデヴァーに会ったよ」
「マジか」
「マジだ」
ココアを1口飲む。目を見開いて驚く叔父さんに首を傾げる。なんでそんなにビックリしてんだか。
「何か言われたかい?」
「ろくな個性持ってなさそうな小娘って言われた」
「は?なんて?」
コーヒーを飲もうとコップに付けていた唇を離す。
「だから、ろくな個性持ってなさそうな小娘」
「炎司さんほむのこと覚えてないのか?」
「え、知り合いなの?」
今度は私が驚いた。というかエンデヴァーの名前、炎司って言うんだ…
「あれ?言ってなかったっけ?エンデヴァーは君の父親の1つ下の後輩だよ」
「………………マジで?」
「マジで」
し、知らねぇ…
「何度か義兄さんの家に来てたよ」
「嘘だ……」
「本当だ」
「嘘だよ。あんな印象的な人会ったら忘れるわけねぇじゃん」
「君、山のようにデカいし、火ィ吹くから《火山おじさん》って呼んで一緒に遊んでもらってたろ」
「嘘だろ…?」
全く覚えてない。これっぽっちも頭に残ってない。つーか信じたくない。
「短い間だったけど義兄さんのヒーロー事務所に入って相棒やったりしてたよ。ああ…でも、息子さんは1度も連れて来なかったかな」
「へ、へー…」
叔父さんの口からポロポロと零れる爆弾の1つ1つが大きすぎてまともな反応ができない。平然とコーヒーを飲む叔父さんが信じられなくて釣られるようにココアを飲む。
「それで話戻すけど俺の言いたいことは言わなくても分かるな?」
「雄英に入らないか…って?」
「そうだ」
「嫌だよ。ヒーローになんかなりたくない」
「ヒーローになれなんて一言も言ってないだろう」
「そうだけど…そうだけどさぁ……」
「それとも何か将来なりたいものがあるのかい?」
「…………」
将来なりたいもの。昔なら即答でヒーローだ。兄と弟同様に父の背中に憧れてヒーローになりたいと思っていた。だって目の前にヒーローがいて無駄なく事件を解決、太陽みたいな笑顔で優しく人を助ける姿がかっこよくないわけがないだろ。増しては父親だったんだぞ。憧れてたに決まってんだろ。でも期待すれば期待するほど、憧れれば憧れるほど落とされた時のショックは計り知れなかった。
だから失望した。
《 ヒーロー 》という欲まみれな汚職を。
「ヒーローになりたかったんだろう?」
「!」
沈んでいた意識が戻る。
「ほむが小さかった頃あんなにヒーローを語ってたんだ。今がどんなに憎くても…それでもやっぱ父親の背中は忘れられないものだろう?」
「……うっせぇな」
「だからさ。警察官にならないかい?」
「警察官?」
「ああ!」
「なにそれ、どういうこと?」
「つっても語弊があるけどね」
「??」
「ココア、もう飲みきっただろう?新しいの容れてくるよ」と優しげな笑みを浮かべてコップを持ち、キッチンへ歩いていった。
警察官になる、だなんて1度も考えたことなかった。
警察官の存在はハッキリ言ってヒーローと比べたら霞んでいるし、そもそも母からどんな仕事をしているのか聞いたことが無いのもあって未だ謎だったりする。
敵引き取り係なんて言われているようだが実際そういった場面に多く立ち会わせていたからそう認識せざる負えない部分もあった訳で。
憎い敵でもなく、ヒーローでもない警察官…
ちょっとだけ、気になる。
キッチンから戻ってきた叔父さんからコップを受け取り、再び暖を取る。叔父さんは私を見ながらソファーに腰を沈めて話を続けた。
「表向きには警察官だけどハッキリ言えば警察お抱えのヒーローだ」
「結局ヒーローに辿り着くのかよ」
「まぁそう言うなって」
ガッカリして肩の力が抜けた私を見て叔父さんは苦笑い。
「ざっと説明すれば個性使用許可が欲しいからヒーローを目指してほしいんだ。警察官と言っても表向きの警察官じゃなくて裏で生きる警察官」
「隠密活動?みたいな?」
「超簡単に言えばそんな感じ。正確に言うなら公安警察」
「警察官は個性禁止なのに…なんか凄そう」
「凄そう所かその辺の人より危険だ。裏の人間なのだから人々からの支持はない。死ぬ時は1人、そして運が悪ければ誰にも見つけてもらうことはできないだろう。とても孤独な仕事だ」
「へぇ…もし私が公安警察になったら初っ端から1人でヒーロー活動させられんの?」
「それはない。俺の相棒になる」
「………え?叔父さんもしかして公安警察?」
「ああ!ちなみに姉さんも公安警察だった」
「聞いてないんだけど!」
「誰にも言ってないからね!だって機密情報だし!!」
当たり前だろいわんばかりにドヤ顔で胸張る叔父さんにイラッとした。ヤケクソ半分で丁度いい温度まで下がったココアを一気飲みしてテーブルに置いてクッションを横に置く。
「いいよ。裏のヒーロー、なってやっても」
「いいのか…?」
「うん。1人の方が個性的にも相性がいいから」
「……嫌がると思ったんだがな。警察官とは言えヒーローであることにも変わらないから」
「まぁ……でも少し嬉しかったんだよね。警察官でヒーローなんて…父さんと母さん2人を引き継いだって感じするから」
「……そうか」
「うん。あと聞きたいんだけど、もし手加減間違えて相手を殺しちゃったりとかしても平気なの?」
「それをしないための俺だろう?」
「ああ、相棒…」
何時の間にかコーヒーを飲み終えていた叔父さんがTVに電源を付けてリモコン操作していた。
まさか私がヒーロー、ね。叔父さんから話を持ち掛けられるとは思ってなかったけれど警察官でヒーローなんて…断れなかった。
「そういう訳だから雄英進学、頑張れよ焔」
「雄英……でもまぁ、焦凍もいるし…」
「(焦凍?) あっそう!多分だけど推薦来るんじゃないかな?俺も姉さんも雄英出身だし、あっちは姉がアオスと結婚してたことも知ってるし、姉さん達の子供を引き取ったのも話しちゃったから」
「は??」
この人どんだけ爆弾落とせば気が済むわけ?
「推薦は要らない」
「なんで?」
「面接やだ」
「言うと思った〜」
「だから断っといてよ」
「分かった。推薦の話出たら言っとくね」
長く一緒に暮らしてるから知ってはいるけど本当にマイペースな人嫌だわ。はぁ…と小さく溜息を零してTVを見る。あとで病院に行って弟に両親を継ぐ報告をしようと決意しつつ、1つのニュースに目を奪われた。
ベトベトした異形系個性を持った敵に1人の男子中学生が囚われて足掻いている姿だ。商店街は個性によって火事になりヒーローが手も足も出せずに見ているだけ。最後はオールマイトが参上し、風圧でベトベトを吹っ飛ばして男の子を救助して結果オーライなニュース。
「ほんとにオールマイトこっち来てんだ…」
「本当だってば」
「久々に見た」
「また会いたい?」
「雄英で会えるからそれまでとっとく」
「はは!もうその気になってるじゃないか!」
「うるさいな」
「マイトの奴ほむのこと見たらビックリしそうだなぁ」
「(焦凍もね)」
一緒にTVを見ながら他愛もない会話をしたり、病院へ行って弟のお見舞いがてらにこれからのことを報告したりして1日は終わった。
次の日、轟……いや、焦凍に雄英のことは話さなかった。話すつもりもなかったからだ。当日のお楽しみってやつ。
イタズラしている気分になって雄英で再会したときの焦凍の顔が楽しみで余計な気合が入る。筋トレメニューを変更したり、勉強したりとやっていることはいつと変わりないが心の持ちようでこんなにも変わるのかと驚きつつも時は流れる。
時が経てば経つほど焦凍の顔は険しくなっていく。人を寄せ付けない鬼の形相をし始めて、焦凍の口から言葉が消えた。父親との関係がまたもう1回り捻れたのだと勝手に判断してあまり彼の邪魔にならないよう、さらに距離を置いた。
夏休みが開けて秋に入って暫く経った頃、教室で顔合わせた焦凍に「話がある」と腕を引っ張られて屋上に出た。そこで推薦を貰ったと話を聞いた。一般入試よりも1ヶ月ほど早いらしい。「無理はすんなよ」と声を掛けるとぎこちなかったが最近見なかった笑顔を見た。それがあまりにも弱々しくて無意識に背中を摩った。
また時は流れて1月が来た。
一足先に推薦入試を終わらせた焦凍から「受かった」と短く電話が掛かってきた。入試内容を聞いたら実技は個性使った3kmマラソンだったという。意外と普通だったのが印象的。筆記は余裕だったと聞いて焦凍が余裕なら私もいけるんじゃね?と心に余裕が出来てその日は通話を切ったが次の日久々に焦凍と放課後を過ごした。
そこで今まであった話を聞いた。中々にハードで聞けば聞くほど「エンデヴァーって親バカなんじゃ…?」と思うようになり始めたがこれを言ったところで受け入れることはないだろうから口を閉じた。
話が終わったあとは一緒に行けなかった海でこっそり遊んだ。スマホで撮った写真がまた増えた1日だった。
また時は流れて、2月。
雄英高校一般入試当日を迎え、私は聳え立つ校門前に立つ。