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入試
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2月26日、雄英高校一般入試当日。
校門を潜って説明会場に向かう。毎年倍率300を超える雄英の試験は1日で終わる、なんてことは無い。験者の数がえげつないのだ。運が良ければ1日で実技と筆記の両方終わらせることが出来るが殆どの受験者は日にちを区切られる。
ちなみに私は今日が実技で明日が筆記だ。
実技試験説明会場への案内図に従って進んでいくと広い会場に出た。座る順番は決まっているらしい。指定席に座って鞄を机の下に押し込んだ際、肘が隣の男子生徒にぶつかってしまい「悪い」と謝るとカラスのような頭をした生徒に「大丈夫だ」と言われた。
カツカツと音を立て、会場のステージに設置された教卓にプレゼント・マイクが立つ。
『今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』
シーン
プレゼント・マイクの馬鹿でかい声音に応える客は居ない。緊張感MAXなこの状況で応える心の余裕だって皆ないだろう。
『こいつぁシヴィーーー!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!? YEAHHH!!』
シーン
……このシラけ具合、凄く痛い。
物音1つ発てずにいたからこそ、どこからか聞こえてきたブツブツ声が会場によく響いた。
「ボイスヒーロー プレゼント・マイクだ、すごい…!!ラジオ毎週聞いてるよ。感激だなあ雄英の講師は皆プロのヒーローなんだ」
「うるせえ」
『入試要項通り!リスナーはこの後!10分間の模擬市街地演習を行ってもらうぜ!!持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!」』
スカートのポケットに入れてた受験票を取り出して、指定会場を見るとAと記載されていた。
『演習場には仮想敵を三種・多数配置してあり、それぞれの攻略難易度に応じてポイントを設けてある!!各々なりの個性で仮想敵を行動不能にし、ポイントを稼ぐのがリスナーの目的だ!!もちろん、他人への攻撃等アンチヒーローな行為はご法度だぜ!?』
なるほど。つまりぶっ壊せばいいんだな。相手が集めた仮想敵を奪う作戦もありなわけだ。推薦入試とはやはり内容が違うが一般入試にしては簡単すぎる気がする。仮想敵がどんなものか知らねぇけど、この阿呆みたいに多い人数の受験生を蹴落とすんだ。
なんか、ありそう。
机の上に置かれたプリントに軽く目を通す。仮想敵の説明書きには四種の敵が記載されている。
「質問よろしいでしょうか!?」
『!』
1人の男子生徒が立ち上がった。
「プリントには四種の敵が記載されております!誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!!我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!ついでにそこの君」
斜め後ろの男子生徒を指差し、その生徒に皆の視線が寄せられる。
「!?」
「先程からボソボソと…気が散る!!物見遊山のつもりなら即刻ここから去りたまえ!」
「すみません…」
クスクスと笑い声が会場に広がる。注意された生徒は血の気が引いたような顔色で肩を縮こませていた。
『オーケーオーケー。受験番号7111くんナイスなお便りサンキューな!四種目の敵は0P!そいつは言わばお邪魔虫!スーパーマリオブラザーズやったことあるか!?レトロゲーの。あれのドッスンみたいなもんさ!各会場に1体!所狭しと大暴れしているギミックよ!』
ゲームかよ。
「有難う御座います。失礼致しました!」
眼鏡が頭を下げ、サッと席に着く。
『俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校、校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!【真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者】と!!
Plus Ultra!(更に向こうへ!)
それでは皆、良い受難を!!』
*****
プレゼン後はプレゼント・マイクの指示に従って動き始め、指定会場Aに向かうバスに乗って移動。普段ジョギングする際に愛用しているジャージを着こなしてA会場のスタート地点に降り立つ。
それにしても会場が馬鹿デカい。模擬市街地っていう割には本格的すぎる…まるで街一つ丸々持ってきたみたいだ。これが雄英クオリティか。怖ェ…幾らすんだろ……
軽く準備体操をしながらボーッと市街地を眺めていると肩にトンッと衝撃が走った。
「すまn 「てめェ!どこ見てんだブス!!気ぃつけろやレイプ目女!!」 は?」
「あ″あ″?」
「一々怒鳴らないでくれる?うるせえ。唾飛ぶ。下品。汚い」
爆発したようなトゲトゲした頭に赤いツリ目、タンクトップを男子生徒が眉間に皺を寄せ、こめかみに血管を浮かばせた。
「んだと能面レイプ目がぁ……殺す…!てめェをとことん上から捩じ伏せてブッ殺すッ!!!」
「うっせぇわクソ爆発頭。それから私は能面でもねえし、レイプ目でもねえわ」
死んだ魚の目だっつーの。言い方には気をつけろ。
ギャンギャン騒ぐ爆発頭を無視して準備体操を続ける。相手にするだけ疲れんだこういう人は。
チラリと時計を見ると実技スタート時間を過ぎていた。どういうことだろうと首を傾げ、考え始めた頃にプレゼント・マイクの声が会場全体に響き渡った。
『ハイスタートー!』
その声に釣られるように会場出入口前に屯う受験者達を振り切って1人会場内を駆け出す。
「俺の前を行くんじゃねえ!!能面レイプ目ええ!!」
ボンボンと掌を爆発させて後ろを付いて来る爆発頭。頭同様に個性も爆発とか見た目に表れすぎじゃない?
出入口前に屯う受験者達は唖然としてこちらを見ているのを確認して前を向くとプリントに記載されていた3P敵が目の前に立ちはだかった。
ロボットなんだ、凄い…雄英クオリティ。足を止めたくなかった私は右足に黒い炎を纏って走る勢いのままロボを蹴り飛ばして粉々にした。
「まずは3P」
「てめッ」
「じゃあねクソ爆発頭。お前と会うことが2度とないことを祈ってるよ」
そう言い捨てて丁度差し掛かった十字路で右に曲がった。
『どうしたあ!?実戦じゃカウントなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!賽は投げられてんぞ!!?』
カウントダウンは初めっからなかったんだ。そうだと知っていればこんなロスはしなかったのなぁ。次々と現れる仮想敵を殴り飛ばしながら考える。気づけば周りにチラホラと受験生が居た。
個性を使って情報収集するやつ、周りの状況を冷静に把握して判断するやつ、仮想敵までの距離を素早く詰めて沈黙させるやつ。見たことない様々な個性を持った受験生らがそれを駆使していた。
この試験、戦闘における立ち回りの勉強になるかもしれない。2P敵を踵落としで沈めてながら周りを観察していると現在地から真逆の場所でボンッボンッと止まない爆発音が聞こえた。
仮想敵は標的を捕捉して近寄ってくるからあのド派手な音はわざと敵を誘い込んでると考えたら中々の判断力を備えた持ち主だ。
だがしかし、私の知る中で爆発するような個性を持った人なんて……さっきの爆発頭しかいない。
あんなクソみたいな性格しといて意外と繊細な奴なのかも。
「きゃっ」
短く小さな悲鳴が聞こえた。Pを稼ぐことに集中して騒音が響き渡る中、聞き取るのが難しいくらい小さな声だ。
悲鳴に反射するよう振り向くと女の子が地面に座り込んで仮想敵に狙われている場面だった。左手から勢い良く炎を噴射して一瞬で仮想敵との距離を詰め、回し蹴りで女の子と仮想敵との距離を開け、次は炎を纏わせて殴り粉砕した。
「大丈夫か?ケガは?」
女の子に駆け寄り、膝をつく。
「大丈夫です…ちょっとヘマしちゃっただけなので」
えへへっと可愛らしく笑顔を浮かべるが顔色は良くない。
「あまり無理はしないでね」
「ありがとうございます!お互い頑張りましょうね!」
そう言って立ち上がり、仮想敵を探しに駆け出していった。彼女の後ろ姿を見送ってから私も仮想敵を探しにその場を離れた。
「1P撃破。今…何Pだ…?」
殴って蹴ってと繰り返している内に今自分が何P持っているのか分からなくなってしまったが実技試験が始まってから滞りなく順調に破壊し続けているから合格ラインは超えていると思う。
はぁ、と息を吐いたのと瞬間。地震のような地の揺るぎと、ボォォォン!!と何処からか聞こえてきた建物が倒壊していく音。異変に気付いた受験者達の手が止まり、皆して同じ場所を見つめていた。
「なんだ…あれ。雄英すげえ…」
ドォォォン!!
目の前のビルが倒壊して姿を現したのは試験会場に建てられたどんな建物よりも大きい0P敵だった。あれがお邪魔虫とかどこまで金掛けてんだこの学校。
0P敵の頭部を見上げると目が合ったような錯覚に陥った。あれを破壊する必要はない、意味もない。普通なら避けてPを稼ぐ方が効率がいい。でも正直言って私にはアレが鉄の塊にしか見えないのだ。お邪魔虫として見るものならば馬鹿デカいから関わらないようにして行動するのが最善だろう。でも立ち塞がる物として見るならばただの鈍。
ああ、本当に試験の邪魔だ。
お邪魔虫はお邪魔虫らしく
「ご退場願おうか」
両手を後ろに炎を噴射して宙を浮かび、0P敵の頭上に留まる。浮遊を右手で維持し、左手を前に翳して炎を溜める。溜めて溜めて溜めて中心部がほんのり青白くなった黒い球体を浮かせ、左手に纏う炎を凍りつかせ球体を軽く殴った。
ドッ
ボォォォォン!!
炎が暴走したと表現できる大炎上は0P敵の上半身を丸々消し去った。器用にも0P敵だけに襲いかかり、建物には傷一つ被害がない。0P敵だったものは黒い炎を纏わせてズドォォンと豪快にひっくり返る。
パチパチと鉄が焼けるような汚臭が漂う中、ゆっくりと地面に着地して何事も無かったかのように黒い炎を見つめる。
黒い球体を爆発、炎上させて敵を消し去るこの個性の使い方は間違っている。相手を殺すためだけに存在しているようなものだから。
全て消し去ることが出来ずに残ってしまった部分に移る黒い炎の解き方を私は知らない。ただただ対象を跡形もなく燃やし尽くすまで燃え続ける黒い炎は己の内に飼い慣らしている憎悪そのものに見えた。
「よく燃える……」
お邪魔虫を視界に入れてから戦闘不能にするまでの時間は10秒も掛からなかったと思う。それだけ早かった。
私が成長するにつれて恐怖心が死んでいく。0P敵を見て何とも思わなかった。何とも思えなかった。
自分より後ろにいる受験者達は逃げる準備をしていたのだろう体勢を保ったまま唖然とした表情で私を見ていてる。その視線を鬱陶しく感じながらも『終了〜!!!!』と会場中に声が響き渡り実技試験は終了した。
「終わった…」
結局自分が何P稼いだのか分からなかった。ちゃんと覚えていればよかったなとボーッとしてたら何時の間にかやって来た雄英の屋台骨、リカバリーガールが目の前にいた。
「おやまぁ随分と派手にやったねぇ。ハリボーお食べ」
「ありがとうございます」
手渡されたハリボーを食べる。結構美味しい。もぐもぐと食べてたら後ろから「オイてめェ能面レイプ目!!」と暴言が飛んできた。
ズカズカと歩いてくる彼をジト目で見る。
「なに」
「てめェの個性はなんだ!?」
「教えない」
「んだと?! (こいつあんだけ派手に個性使って汗一つ掻いてねえ…!!)」
「教えを乞うのなら言葉は選べよクソ爆発頭」
「チッ。腹立つなクソッ!……爆豪勝己、個性は爆破。てめェもさっさと言え!」
「(やっぱあの爆発音はこいつか…) 黒冷焔。個性は炎魔。お前の戦略凄かったよ」
「勝手に見てんじゃねえ殺すぞ!」
「見てねえわ。音で判断した」
「(音でだと?実技始まる前にパッと見た受験者の中で頭一つ二つ飛び抜けて見えただけあんなこの女…それにさっきのも実力は俺より……) ハッ、腕が鳴るわ」
「なに、いきなり」
「てめェ入試落ちたら殺す!!!合格しても殺す!!!」
訳分からない事を宣言して爆豪は会場の出入口に向かって歩き出した。
出来れば2度と会いたくなかったんだけどな…彼の策略は本当に効率のいいものだと思うし、生半可な体力じゃ出来なかったものでもあるだろうし、それを評価しない雄英でもないだろう…
彼はきっと合格する。
にしてもどっかで見たことあるような……あっ
「あいつ、ヘドロん時の」
「うるせぇえ!!」
ボォン!と爆発させながら遠くで叫ぶ声が聞こえた。