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登校
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実技、筆記共に終えて1週間が経って現在リビングのソファでゴロゴロしていた。
筆記は焦凍が言ったように余裕だった。自己採点しなくても合格してる自信しかない。敢えて不安要素を挙げるなら実技…Pを数えてなかったという所ただ一つ。
恐らくこれも大丈夫だろう。結局雄英側の企みには気付けなかったが。
〜♪〜♪
突然の着信音に腕をテーブルに伸ばす。表記を見ると《轟焦凍》と出ていた。
「はい」
『急にわりぃ』
「暇だったし大丈夫だよ。どうした?」
『聞いてなかったな…と思って』
「? 何を?」
『お前の受験先』
「あっ、あぁ……」
そう言えば誤魔化してなかった。
『どこ受験するんだ?』
「ん〜、その辺を適当に」
『受験日は?』
「1週間前に終わった」
『……聞いてねぇぞ。なんで言ってくんなかったんだ』
「言ったら受験先まで付いて来る所か終わるまで待ってそうだったから」
『当たり前だろうが』
「当たり前なのかよ」
そこまでしなくていいから。
『合格通知とか来たのか?』
「んー、そろそろ来ると思うけど」
『……そうか。結果分かったら教えてくれ』
「ん」
『それから明日の放課後は蕎麦食いに行くぞ』
「また蕎麦………」
『じゃあまた明日』
「うん。また明日」
通話が切れてテーブルにスマホを置く。 ココアが飲みたい気分になってキッチンでお湯を沸かし始めた時、玄関から「ただいま」と叔父さんの声が聞こえた。
「おかえり。お疲れ」
「ありがとう、ほむ〜〜。あっそうそう、雄英から手紙来てたよ」
来た。
「合否通知かい?」
「そ。叔父さんも見る?」
「見る。コーヒーもよろしく」
「わかった」
コーヒーとココアを入れてリビングに向かう。叔父さんにコーヒーを手渡す代わりに手紙を受け取ってココアをテーブルに置く。ボフッとソファーに座って手紙をゆっくり開けると中には何枚も重ねられた分厚い紙と円型の投影機が入っていた。
「なにこれ」
投影機に触れると映像が映し出され『私が投影された!!!』とオールマイトがデカデカと飛び出した。
「うわっ!!」
「なにやってんだオールマイト」
叔父さんが驚いて大声出すからコーヒーが零れてズボンに掛かり「あっつ!」なんて言いながらティッシュで拭いてる姿を横目に投影機を置いた。
『焔ちゃん!久しぶりだね!!まさか君が雄英を受験するなんて思ってもみなかった!!』
私もだよ。
『君の詳しい話は根津校長から伺った。雄英を受けるのに沢山悩んだんだね。受けてくれてありがとう。実はモニタールームで実技試験の様子を観ていたんだ。君の姿が映った時は驚いて変な声が出てしまったよ!HAHAHA!』
オールマイトとは7年前の事件でお世話になったことがある。何しろあの事件で一番最初に助けに来てくれたヒーローがオールマイトだったから。
事件が起こった当日、オールマイトは父とある事件の計画を練る予定だったらしい。いざ集合時間になっても来ないし、連絡もつかないものだから嫌な予感がして家を訪ねたら血の海だった、という訳だ。
彼と父は定期的に連絡を取り合う仲だったらしい。それほど友人関係がよかったようだ。今では叔父さんと連絡を取り合っている。
『君は無駄話が嫌いだからね、結果を言えば焔ちゃん……合格だってさ!おめでとう!』
「……はぁ」
「おめでとう、焔!!」
「ありがとう。叔父さんのおかげだよ」
「ほむの実力だろう?」
肩の力が降りた。やっと安心出来る。
『将樹くんとは頻繁に連絡を取り合っているけど焔ちゃんとは全くだからね、今度君の口から直接話が聞きたいから話し相手になってくれると嬉しいな!』
私もだよ。
『話は戻して筆記91点!実技77点!よってヒーロー科の入試2位通過だ!!1位の受験生とは筆記で1点差だった!』
2位か…結構いい感じ。でも1点差は悔しい。
『鋭い君なら違和感を感じていただろう実技試験、実は敵Pだけではあらず!救助活動P!!しかも審査制!!敵P43と救助活動P34で合計77Pっていう仕組みだったのさ!!』
そうか…救助か。日本最高峰のヒーロー養成校が人助けした人間を無視するはずなんてなかったんだ。何かあるとは分かってたのに…盲点だった。
『雄英で待ってるぞ、黒冷少女』
ニカッと歯を輝かせた笑顔が眩しすぎて、住んでる世界が違うと客観的な感覚で彼の笑顔を見つめた。投影が消えてから同封されていた手紙を手に取ると同意書とか被服控除とか個性届に身体情報やら沢山のプリント。
これ全部やんのか。めんどくせえ。叔父さんにプリントを渡して中身を確認してもらう。
「戦闘服どうすんだい?」
「テキトーに描くよ」
「要望ナシは無しだからね?」
「流石にそれは分かってるよ…」
叔父さんにそう言ったものの、正直要望は何も無い。
私の個性は黒い炎を体内から生み出す。身体のどこからでも出せて消すことも出来るが実際自分自身詳しく個性が理解出来ていなかったりする。
炎魔は心の影響が強い個性なのだ。
最初は真っ赤で美しかった炎も、憎悪が心を埋め尽くしてからは真っ黒に変わってしまった。
父の個性、爆炎は太陽の光を身体で吸収して体内から外へ放出する仕組みをしていた。光の吸収を制御して火炎温度を操作することも出来るがマイナスに下げることは不可能。
それが元の炎魔は酸素を吸収して体内から外へ放出出来る。感覚で火炎温度を調整して低温度が限界突破すると炎が氷になる。本来普通の炎ならこんなことは出来ないはずなのに私には出来てしまう。だからこの個性の名前に「魔」を入れた。
使いすぎた時のデメリットは2つ。1つ目は体力の消耗。全く使えなくなるわけではないが出力と温度調整が安定はしなくなる。2つ目は指先から肌が黒く変色し始めて変色した所から動かなくなっていく。この危険信号を無視したらどうなるのかは分からない。昔やったことがあるようだが記憶にはないし、叔父さんもオールマイトも誰も教えてくれなかったから知らない。
個性の特訓は昔からずっとやってきてたおかげでそう簡単に2つ目のデメリットは出ないから心配することもない。
ここまで自分の個性を思い出して戦闘服の要望を考えるもやっぱり何も出てこない。
でも口元を隠したいな。インカムとかで情報交換等した時に敵に内容がバレたら不味いし…読唇術使える奴なら厄介だ。あとフード欲しい。頭隠すと落ち着く。
腰に薬品とか詰めておきたいな。怪我した時にすぐ対応できるように。それから人混みに紛れやすいようにヒーローって感じがしないデザインがいい。
要望書に戦闘服の絵を描き込んでいく。目の前に座る叔父さんが覗き込むように見ていた。
「できた。こんなんでいいや」
「ほむがめっちゃ好きそうなデザイン」
「そりゃね」
「あとこのフード付いた上着、黒じゃなくて白にしたら?」
「なんで?黒の方が目立たないじゃん」
トントンと上着を指で叩く叔父さんに首を傾げる。
コーヒーを飲みながら「だって焔、普段から黒ばっかでつまんない」と言った。
確かに黒は好きだけど、つまんないとか知るか。
「たまには普段使わない白にしてみたら?戦闘服っていうのは普段着ないようなものにするもんだよ。その方が心の持ちようが変わるからね」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの」
ニコッと笑う。現役ヒーローがそう言うんだから…きっとそういうもんなんだろう。
上着に塗り込んだ斜線を全部消して、矢印を横へ引っ張り「上着の色は白」と付け足す。ココアを1口飲み込んで次のプリントに手を伸ばそうとしたとき横から別のプリントが舞い込んだ。
「……戦闘服…要望書…」
先程書いた要望書とはまた別のものプリントだ。
「それは俺が所属してる警察の専属サポート会社のね。学校用の戦闘服とは別に警察用のも作ってもらうから」
「幾らなんでも気が早くない?」
「雄英体育祭、知ってるだろう?」
「当たり前じゃん」
いつもとは違う、ニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべて私を見てくる叔父さんに目を合わせる。
「雄英体育祭が終わると次は職場体験があるんだ。将来有望だと思われれば全国のヒーロー事務所からドラフト指名が多数寄せられる。俺は焔が体育祭に参加しようがしなかろうが君に指名するつもりだ。もちろん警察官としてではなく、ヒーローとしてだ」
「待って待って!体育祭……私、出てもいいの…?」
「いいよ。焔の名前が中継されても即座にピンッとくる敵は早々いないと思う。そもそも義兄さん達の本名は警察が管理してるから大丈夫だろう」
「そうなんだ…次、警察官としてではなくヒーローとしてってどういうこと?世間には出ないんじゃなかったの?」
「出てないよ。ヒーロー戸籍登録は一応してあるからそれで君を指名しようと思ってる」
「なるほど?」
黒冷家ってなんなんだろう。なんで両親の名前が警察に管理されてんだろう。父さんヒーローなのになんでだろう。全部隅から隅まで警察が関わってくるのはどうして?なんで?
全然教えてくれないし、全く検討もつかない。黒冷と警察ってどんな関係なの?なんで私は自分のことも家族のことも知らないの?
押し殺していたはずの不安が広がっていく。
「少し難しかったかな…」
「いや、うん。大丈夫……」
「……そう、あとヒーロー名。これも2つ作っておいてね。飾りと真名」
「わかった…考えるだけ考えとく」
「いい子だ」
いつか必ず、絶対に、全部教えてもらう。その時まで自分に出来ることを…後悔、しないように。
ギュッと力強く手を握っているとパンッと手を叩く音が耳元で聞こえて驚いて肩が浮き、目を丸くして弾けるように横を見ると叔父さんが困ったような表情をしていたそこに居た。
不安はいつの間にか消えていた。
「さてと、将樹さんカルボナーラ食べたいな!」
「私ロールキャベツ」
「じゃあ一緒に買い物行こっか!」
「ええ…めんどくさい…」
「久々に一緒の買い物だよ?途中スタバとか寄り道しながら行こうよ」
「ん〜〜茶碗蒸し」
「買う買う」
「……しょうがねぇなあ!」
着ていた服をぽんぽんと脱ぎ捨てて引き出しから服を取り出す。後ろで「女の子の自覚持って!」とか騒いでるけど、しーらない。
服着替えてトレンチコート羽織ってマフラー巻いて準備OK。
「できた」
「俺もできた」
久々に見た私服姿の叔父さんが玄関の扉を開けて待っていてくれたみたいで私を見てニコッと微笑む。
叔父さんと久々にした買い物はそれなりに楽しかった。途中で買い物中の焦凍とお姉さんの冬美さんの2人と遭遇して4人で回ったり、受験合格したこと言ったり(雄英受けたことを言わないように口止めした)、叔父さんが「合格祝いと焔がお世話になってるお礼」なんて言い出して焦凍にプレゼント買ったりと騒がしかったけど、また一つ思い出ができた。
いつも通り変哲もない日々が流れて中学卒業を迎えた。
叔父さんはわざわざ有休取って見に来てたけどエンデヴァーの姿はなくて、代わりに叔父さんが焦凍を実の息子のように接してどうしたらいいのか分からないと助けを求めるような顔で見られたが無視しといた。
「記念に2人で写真撮りなよ!撮ってあげるから!」と言い出した時は焦凍が「俺のスマホにもお願いします」と即答してて驚いたし、撮り終わった後は「焔を頼むね」「はい、義父さん」なんて会話をしていて
「なに2人で意気投合してんの」
「男同士の秘密ってやつさ」
「そんなもんだ」
「??」
意味わかんなかった。
「うちの子鈍いから…」
「存じております」
「???」
やっぱ意味わかんなかった。
卒業式が終わってからは引っ越し先のマンションに帰って片付けを始めるも転々として過ごしてきたから元から荷物は少なく、すぐに終わって夕飯の支度に取り掛かる。
買い物から帰ってくると何故か家に焦凍が居て「さっき偶然見つけたんだよね〜」とマイペースな叔父に溜息が零れたがその日は3人で夕飯を済ませた。
雄英の入学式までの休日はあっという間に過ぎ去り、登校日がやってきた。
「制服よし。カーディガンもよし。ネクタイよし。スカート…短すぎる気がするけどカーディガン着てるからしょうがないとしてピアスもおっけー」
鏡の前で制服の確認を済ませ、黒いリュックを背負って紫色のハイカットスニーカーを履く。
クラスはAなのかBなのか分からないが雄英で焦凍と会うのが楽しみで、どんな驚いた顔をしてくれるだろうか…想像したらワクワクしてきた。
「……行ってきます」
玄関に飾られた写真立てを撫でて家を出る。いつか2人でサボって見た雲一つない青々とした晴天が広がっていた。