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学級委員長
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ピーンポーン
家中を響かせるチャイムの音。愛用する紫のスニーカーの紐を結んで立ち上がり玄関を開けるとそこには見慣れた奴が立っていた。
「おはよう焦凍」
「ああ、おはよう焔」
轟焦凍という男は何故か家まで迎えに来る。学校から徒歩15分という近場のマンションにわざわざ足を運ぶ。帰りもそうだ。焦凍の方が遠いのにわざわざ家の前まで来る。前に一度「無理して送り迎えしなくていいよ」と言ったことがあるのだが「無理はしてない。俺が好きでやってんだ」と返されたんだっけか。
私はたまにこの男の考えが分からない。普段は分かりやすいのにどういう訳かたまに分からなくなる。深読みした所で分からないままなのだから放っておくようにはしてるけど。
家を出て玄関に鍵を掛けてリュックの小口に鍵を仕舞う。
「今日俺の弁当作ってくれたか?」
「だから作らねえっつってんだろしつこいな」
「なんでだよ」
「こっちのセリフだわ。冬美さんに作ってもらいな」
「姉さんに余計な負担がかかるだろ」
「私ならいいってか?ん?」
「ああ。焔だからな」
「それどう意味よ」
「さぁ…どういう意味だろうな」
「テキトーだな…」
ジト目で焦凍を見ると焦凍は少しだけ口角を上げて笑う。
エレベーターを降り、マンションを出て雄英に向かう間、何も変哲なく他愛無い会話を1つ2つと交わしながら歩みを進める。
何度考えてもやっぱり焦凍は分からない。正直分からないままでいいんじゃないかなって心のどこかで思っていた。
*****
「ねぇ、何、あれ」
「マスコミだな」
「なんでこんなにいんの」
「昨日オールマイトの初授業だったからじゃねえか?」
「だからってこんなに集まる?虫かよ」
「虫じゃねえだろ」
「比喩だわ察して」
雄英高校正門前に群がる大勢のマスコミの姿に圧倒されて苦虫を噛み潰す。
マスコミにはいい思い出がない。むしろ嫌なことしかない。私の嫌いなものNo.2がマスメディアだ。1位は言わずともヴィラン、ヒーローは3位だ。この大勢いるマスコミを掻き分けて門を潜らないと校内には入れないと思うと嫌になってくる。
片手でリュックのチャックを開けて中から黒いパーカーを引っ張り出してリュックの上から着る。フードで完全に頭を隠すとタイミングを見計らっていたのか焦凍に右手を握られて引っ張られる。
「ちょっ!」
「黙ってろ」
チラッと目が合った途端に逸らされる。もしかしたら私のことを庇ってくれてるのかもしれない。前に過去の話をしたから、私がマスコミを嫌っているから、そうだとしたら、そうだとすると、
ぐるぐると考えていたらギュッと握りしめる手が強くなった。
きゅん
_____きゅん?
「あれ、前にもこんなことあった気が…」
まぁいいか。
「オールマイトの授業はどんな、あれ!?君エンデヴァーの息子さん!?と、後ろの、手繋いでる!?彼女!?」
「うるせえ。目障りだ。消えろ」
「なっ!?」
俯いたままマスコミを抜けて校内に入る。焦凍は手を離してくれずそのまま校舎に入っていった。下駄箱で上履きに履き替える際「…ありがと」「……ああ」と短い会話をして教室へ向かった。
教室に着くと既に数人生徒が居てマスコミについて会話をしていた。焦凍と分かれて席に着くと耳郎が来た。
「おはよう焔」
「おはよう耳郎」
「マスコミやばくなかった?」
「ああ…あれね、凄かったな」
「つかなんでパーカー?着方変だし」
「顔隠せりゃなんだってよかったんだよ」
「パーカー常時携帯してる方がびっくりだけど。てか耳郎じゃなくて響香って呼んでよ。ウチ1人名前で呼んでるのに返ってくるのが苗字じゃ嫌じゃん」
「ごめん。分かったよ響香」
そう名前呼びすると目を軽く見開いて照れたように笑った。
「なんか、焔に名前呼ばれるとドキドキする」
「なんでよ」
「焔の声、女にしちゃ低いから落ち着くっていうか…ちょっと男の子っぽい」
「そんなに?自分じゃ分からないからなぁ…」
響香と駄弁っている間に生徒達は増えて行き、気づいたらHRが始まる直前になっていた。時間に気づいて響香に知らせると「またね」と言って席に戻る。教室の扉が静かに開いて相澤先生が現れ教壇に立ったと同時に静まる教室。
「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見せてもらった」
「「「!!」」」
「爆豪」
「!」
名前を呼ばれた爆豪がピクッと反応する。
「おまえもうガキみてえなマネするな。能力があるんだから」
「………わかってる」
「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一件落着か」
次は緑谷がビクッと肩を浮かせた。
「個性の制御…いつまでも《出来ないから仕方ない》じゃ通さねえぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ。それさえクリアすればやれることは多い。焦れよ緑谷」
「っはい!」
気を引き締めた勢いのある返事。
「さてHRの本題だ…急で悪いが今日は君らに…」
「「「!!」」」
「(何だ…!?また臨時テスト!?)」
「学級委員長を決めてもらう」
「「「学校っぽいの来たーーー!!!」」」
皆が一斉に叫んだ。
学級委員長かぁ……柄じゃないんだよなあ。面倒臭いし、パスかな。それに学級委員長なら……
聳え立つように挙手する飯田を見る。
「委員長!!やりたいですソレ俺!!」
「ウチもやりたいス」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!!」
「ボクの為にあるヤツ☆」
「リーダー!!やるやるー!!」
「やらせろ」
後ろを振り向くと焦凍は手を挙げていなかった。私も同じく手を上げずに頬杖をついて成り行きを見届ける。
「静粛にしたまえ!!」
飯田の声に皆が静まる。
「《多》をけん引する責任重大な仕事だぞ…!やりたい者がやれるモノではないだろう!!周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めると言うのなら…これは投票で決めるべき議案!!!」
「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」
鋭いツッコミを入れる切島。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ!」
「だからこそここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間ということにならないか!?どうでしょうか先生!!!」
「時間内に決まりゃ何でも良いよ」
寝袋に入って完全に寝る体勢を取った相澤先生。飯田が仕切って投票により委員長を決めることになった。前から回ってきた紙を後ろに回す。《飯田》と書いて4つ折りして回収に回ってきた飯田に手渡す。
そして始まった投票結果。紙を広げて黒板に名前と正の字が書かれて行く。
結果
「僕三票ーーー!!!?」
緑谷が驚きながら叫んだ。
まぁ、誰が入れたかは大体想像がつく。緑谷と一緒にいる事が多い飯田と麗日だろう。例え間違っていたとしても私は飯田に入れたというのに彼には1票しかない。つまり飯田が別の人に入れたのは確実だ。
「なんでデクに…!!誰が…!!」
「まーおめぇに入れるよかわかるけどな!」
「1票…!!清き1票…!!ありがとう!!誰だか分からないが本当にありがとう…!!けど落ちた…!!!」
「他に入れたのね…」
「おまえ自分に入れりゃ八百万と同票だったのに何がしたいんだ飯田」
床に膝をついて喜んでるんだか落ち込んでるんだか分からない飯田に溜息を吐く。
無駄に真面目だなぁアイツ。まぁそんなところがいいなって思って入れたんだけど。
百は2票入っていた。1票は焦凍が入れたんだろう。黒板に焦凍の名前が書かれていなかったから分かった事。
教壇に立つ緑谷と百。
「じゃあ委員長、緑谷。副委員長、八百万だ」
緑谷はガタガタと震え、百はそれを見て悔しそうに眉を顰めた。