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雄英体育祭
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「準備はいいか?」
「おけ。大丈夫」
制服を身に纏い、車椅子に座る。靴は履けないので包帯を巻いたまま素足で行く。
どうやって着替えたかは聞かないでほしい。
「リュック膝の上に置いて」
「持つ」
「いいから」
「……分かった」
渋々リュックを膝に置き、車椅子を引いて家を出た。後ろで見ていた叔父さんが「2人共気をつけてね。いってらっしゃい」とエプロン姿で見送ってくれた。
「本当に休まねぇとは思わなかった」
「動かせないけど本当に見た目だけだよ。ここまでしなくたっていいのに」
「的確な処置だろ」
「いやいやいや」
学校までの道のりを喋りながらゆっくりと移動する。雄英の制服を着た生徒らがチラチラと見てくるのが鬱陶しいが無視して前だけを見る。
学校の正門を潜り、昇降口から教室へ向かう。途中障子と尾白の2人と合流した。
「おはとどうわあ黒冷さん!?」
「なんて?」
「黒冷学校来て大丈夫なのかそれ」
「うん」
「障子、車椅子持ってくれ」
「ああ、階段か…分かった」
教室に向かう途中に立ちはだかる階段。焦凍にお姫様だっこで運ばれ、後ろには車椅子を持った障子と彼のバッグを持つ尾白がついてきた。
「助かる」
「ありがとー障子」
「ああ。幾らでも頼ってくれ」
再び乗せられ、4人で駄弁り…といっても焦凍は聞いているだけだが話しながら教室に向かう。尾白が教室のドアを開けて入ると既に集まっていた複数のクラスメイト達の目が私に集まる。
「はよ」
「「「「黒冷復帰早ッッ!!!!」」」」
「いやいやいや!はよ。じゃねえから!休めよ!」
「授業遅れんのヤじゃん」
「授業より自分の心配しろ!!」
「してるしてる」
「「「してるように見えねーよ!!!」」」
切島と上鳴と瀬呂の鋭いツッコミに感心する。
尾白と障子の2人は短く声を掛けて自分の席に戻っていった。焦凍は私を席まで押しリュックから教材を出そうとしてくれたがそこまでしてもらうのは忍びなくて「大丈夫。出来るよ」と遠慮した。
「ありがとう席戻っても良いよ。時間になっちゃう」
「けど…」
「本当に大丈夫だってば。過保護だな」
「ったり前ぇだろ…」
最後の言葉は聞き取れなかったが焦凍は渋々手を止めて自分の席に戻っていった。
時間が経つにつれ生徒は増えていき、教室に入ってくる度に驚かれる。爆豪が来た時は目を見開かれて横を通る際に「休めやクソ能面」と小さい声で言われた。
爆豪に心配された事に驚いてつい「拾い食いでもしたか?」と言ってしまいそこから少し言葉の殴り合いになった。
暫くすると生徒は全員集まり教壇に飯田が立った。
「皆ーーーー!!朝のHRが始まる席につけーー!!」
「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ」
飯田にツッコミを入れたのは瀬呂だった。飯田はブツブツ言いながら席に着くと教室のドアが開いて相澤先生が入ってきた。
「お早う」
「「「「相澤先生復帰早えええ!!!!」」」」
ミイラ姿なのは変わらず。
「先生無事だったのですね!!」
「無事言うんかなぁアレ……」
隣で飯田と麗日が言った。
「俺の安否はどうでも良い。何よりまだ戦いは終わってねぇ」
「戦い?」
「まさか…」
「またヴィランがーーー!!?」
ガタガタと震える峰田。
「雄英体育祭が迫ってる!」
「「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」」
「仲良いなこのクラス…」
確率高めに合唱するクラスメイト達を見て思う。
このままこのメンツで学校生活を続けていたら必要以上に団結力が強くなりそうだ。
「待って待って!ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」
「逆に開催することで雄英の危機管理体制が磐石だと示す…って考えらしい。警備は例年の五倍に強化するそうだ。何より雄英(ウチ)の体育祭は……最大のチャンス。ヴィランごときで中止していい催しじゃねえ」
雄英は強いな。力じゃなくて心が強い。
「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの一つ!!かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。今は知っての通り規模も人口ま縮小し形骸化した…そして日本に於いて今《かつてのオリンピック》に代わるのが雄英体育祭だ!!」
雄英体育祭の効果は絶大だ。
全国の一般人、全国のプロヒーロー達に見られながら行われるこのイベントはスカウトだけが目的ではなく、警察官にもある。
生徒一人一人の成長予想図、未来予測を立てられ危険と見なされればグレーリストに載り、自分の知らない間に監視・管理されるし、闇に潜むヴィラン達も観戦する為…素性がバレる。
だから私は絶対にこの催しには参加出来ないと思っていた。警察に管理・保護される立場にある自分が自らその型を破って出てしまうのはいけないことだと思ったから。
受験前までは叔父さんに出てもいいよと言われていたが一昨日のヴィランに素性がバレていた為、高校3年間に3回しかない体育祭への参加は全て無効となった。無しにしたと今朝言われたのだ。
それを一緒に聞いていた焦凍は「当然だろうな」と納得していた。
「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が開けるわけだ。年に一回…計三回だけのチャンス」
まあ…私はヒーローではなく警察官を目指しているから参加せずともいいんだけど…でもやっぱり一回くらいは出てみたかったかな…
前の席に座る切島がぐるんと後ろを振り返った。
「クロロンは体育祭参加出来んのか?」
「ドクターストップかかったから無理かな…」
「!…怪我はあとどんくらいで治るって?」
「2週間は絶対安静。3週間くらいしたらリカバリーガールの治癒で治しても大丈夫って言われたよ」
「そうかぁ…参加出来ないのか…残念だな…」
「ほんとね、私も出たかったよ」
参加出来ないのは今回だけじゃないけど。
切島と会話を続ける。私達の会話に爆豪が聞き耳を立てていたことには気づかなかった。
*****
4時限が終わって昼休み。
ゾロゾロと食堂に向かうクラスメイト達を見送り、教室には焦凍と私の2人が残った。叔父さんに弁当を持たされた私達は食堂に行く必要がない。
焦凍は自分の席を立つと切島の席の椅子を私の机に向け回転させて座った。片手には弁当。
トンと机に弁当を置くと続けて自分のも置く。
「体育祭…見ててくれ」
「!…どうしたのいきなり」
「親父が来んだよ」
「え″っ」
エンデヴァー会いたくない。
「ふっ…嫌いだって顔に出てんぞ」
「まぁ…そりゃなぁ…」
初めて?会った時に私を見下ろすあの目が嫌いでそれからずっと嫌いなまま。
「……俺は左は使わない。使わないで…勝つ。そしてアイツを否定する」
「………お前の力なのになぁ…」
「!」
「ま、難しいんじゃねーの?確かに皆の実力は焦凍に敵わないとしても緑谷はどうかなぁ…」
「……あいつの肩持つのか」
「まーね。あいつの個性…相性もクソもないじゃん」
それにオールマイトから引き継がれた個性だ。そう簡単にはいかないだろう。
「緑谷の奴、オールマイトに目ェ掛けられてるよな」
「!そうね」
「何度かオールマイトに呼び出されてんのを見てる」
「あー昼とか放課後とかね」
弁当を食べながらコクコクと頷く。
私も何度か見ている。焦凍にも気づかれるくらい分かりやすいってことだ…他にも知ってる人はきっといる。もう少し隠密に行動してほしいものだ。
「アイツ…オールマイトの隠し子なんじゃねえかと思うんだが……」
「ンぐッ!」
「あ、おい!」
突然の発言に驚いでゴホッゴホッと咳き込むと背中を摩られる。
コイツぅ…!天然発言久々に聞いたぞ!どうしたらそこに着地すんだよ!
「気をつけろ」
「お前のせいだろ!?」
「なんでだよ」
自分の胸に聞け!!
「焔はどう思う?」
「ない。絶対にない」
「即答かよ」
即答だよ。
うーん…と考えながら箸を進める姿を見つめる。
「そんなに気になるんなら本人に聞けばいいじゃん」
「!」
「緑谷が隠し子だろうがなんだろうが勝つことには変わりないんでしょ?」
「当然だ」
「頑張ってね。応援してる」
「おう…ありがとな」
その後はあーだこーだといつもと変わらず他愛のない会話をして食事を終わらせた。
暫くすると皆も戻ってきて午後の授業が開始された。