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雄英体育祭7
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「1人でトイレきっつい…」
椅子からトイレへの移動ではなく衣類の上げ下げがだ。座ったまま下ろして上げるのを片手でやるには時間が掛かる。
「昼飯どうしよっかなー…」
弁当は持ってきていないので外の屋台か食堂で食べるの二択。外は混雑してるだろうからやめよう。食堂にするか。
スタジアムの人気のない通路をのんびりと移動していたら、スタジアムから外に繋がる通路を挟んだ向こう側で爆豪が隠れるように突っ立っていた。
爆豪は私を見つけると人差し指を立てて静かにしろと合図する。
それを見て外通路から身をはみ出さないように止まる。チラッと通路を覗き見れば焦凍と緑谷が立っていた。
2人から顔を逸らして正面を向き、通路の壁を眺める。
「あの…話って…何…?」
緑谷の声だ。彼を呼び出したのは焦凍だったのか。
「早くしないと食堂すごい混みそうだし…」
「………」
「えと…」
焦凍が今どんな顔で緑谷を見ているのか分からないけど、緑谷が酷く戸惑ってる事が声で伝わる。
「気圧された。てめえの誓約を破っちまう程によ」
その台詞で焦凍が何を言いたいのかが分かった。
「飯田も上鳴も八百万も常闇も麗日も…感じてなかった。最後の場面、あの場所で俺だけが気圧された」
「………それ、つまり…どういう…………」
「おまえに同様の何かを感じたってことだ」
あのフィールドに直接居た訳じゃなかったけれど、焦凍が気圧されたのは見て取れた。
「なァ……オールマイトの隠し子か何かか?」
静かに勢い良く手で口を塞ぐ。
今真剣な話してるんだよね?そうだよね?確かに焦凍天然だしズレてるけどこれ今言う?緑谷に聞けばいいじゃんとは言ったけどそれ今言うの?ねえ?
焦凍からしたらクソ真面目だもんね、そう、そうなんだよこれでもクソみたいに真面目なんだよ!これでも!
笑うな私。唸れ腹筋。
「違うよそれは……って言ってももし本当にそれ………隠し子だったら違うって言うに決まってるから納得しないと思うけどとにかくそんなんじゃなくて……」
ブツブツと言い出す緑谷。さすがにお前も戸惑うよな。ごめんなうちの焦凍が天然で本当にスマン。
「そもそもその…逆に聞くけど…なんで僕なんかにそんな……」
「………《そんなんじゃなくて》って言い方は少なくとも何かしら言えない繋がりがあるってことだな」
鋭い。
「俺の親父はエンデヴァー。知ってるだろ。万年No.2のヒーローだ。おまえがNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は……尚更勝たなきゃいけねぇ」
憎い父親を否定するために、か…
チラッと爆豪を見ると目が合う。焦凍が居る方向に親指を立ててから人差し指を唇の前に立てる。
“アイツがこれから話すことは全部誰にも言わないでくれ”
そんな意を込めると爆豪は眉間に皺を寄せて再び通路の壁を見つめた。
私も爆豪から目を離すと同じく壁を見つめる。
「親父は極めて上昇志向の強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが…それだけに生ける伝説オールマイトが目障りで仕方なかったらしい。自分ではオールマイトを超えられねえ親父は次の策に出た」
一年前を思い出す。状況は今と違うがこうして焦凍の家庭内事情を聞いたあの日のこと。
「何の話だよ轟くん…僕に…何を言いたいんだ…」
先程から戸惑いが止まらない緑谷。
「個性婚、知ってるよな」
「…………!」
「超常が起きてから第二〜第三世代間で問題になったやつ…自身の個性をより強化して継がせる為だけに配偶者を選び……結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想。実績と金だけはある男だ…親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた」
緑谷の小さく息を飲む音が聞こえた。ここまで来れば2人もさすがに分かるだろう。
「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで自身の欲求を満たそうってこった。うっとうしい…!そんな屑の道具にはならねえ」
焦凍はエンデヴァーに囚われている。ずっと、ずっと。憎しみだってそう…幼い頃に植え付けられたモノは簡単に消えたりなんかしない。
私だって、そうだ。
「記憶の中の母はいつも泣いている…《おまえの左側が醜い》と母に俺は煮え湯を浴びせた」
焦凍の火傷を思い出す。あの古傷は未だたまに痛みを持つと昔聞いた。
「ざっと話したが俺がおまえにつっかかんのは見返す為だ。クソ親父の個性なんざなくたって……いや…使わず ‘一番になる’ ことで奴を完全否定する」
今の焦凍はどんな表情をしてるんだろう。
思い出されるのは雄英推薦入試当日の彼の顔。誰も寄せ付けない…未来(さき)を見る…憎いと言わんばかりの目だ。憎悪が籠もった顔だ。
「…………」
何も言葉を発しない緑谷。
「言わねえなら別にいい。おまえがオールマイトの何であろうと俺は右だけでおまえの上に行く。時間とらせたな」
トン、トンと足音が響く。彼が外へ向かって歩いているのが分かった。
焦凍の足音とは別の足音も響いた。多分緑谷の。
「僕は…ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ…僕は誰かに救けられてここにいる」
私もたくさんの人に救けられてここにいる。
頭を過る色んな人達の姿。
「オールマイト…彼のようになりたい…その為には一番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたらささいな動機かもしれない…でも僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人たちに応える為にも…!」
緑谷は眩しいくらいに真っ直ぐだな。
「さっき受けた宣戦布告。改めて僕からも…僕も君に勝つ!」
外通路に顔を出して2人が立ち去っていくのを見届けて爆豪を見る。