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思い出のスワニルダ
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のばらはその教室では明らかに異質な存在の一つだった。
のばらは明らかにクラスで浮いた存在となっているが、決して避けられたり無視をされているわけではない。
のばらが授業で使う教室を問えば、問われた生徒は必ず正しく教えるし、彼女に対してヒソヒソ陰口を叩く者もいなければ面と向かってはっきりと脅すような者もいない。
しかし授業で別の教室へ移動する時必ず彼女は一人で賑やかな女子生徒たちの後ろを歩き、休み時間も放課後も一人のようだった。
帰りのホームルームが終わってそれぞれ荷物を持って教室を出ていく生徒たちの中、急がずややのんびり荷物をまとめるのばらに観月は笑いかけた。
「名字さん、また明日」
「うん、また明日」
声をかけられると必ず目を合わせて返事をするところも好きだと、はじめは心の中でらしくもないガッツポーズをする。
軽く手を振ったはじめに、ひかえめに手を振り返す姿はまるでどこかの城に住むプリンセスのようだ。
転入したその日から口笛でも吹きたくなるような日々をはじめは送っているが、のばらはどうなのだろうか? どことなく、気のせいだと言われたらそのようにも感じるクラス中ののばらの扱いは一体何なのだろうか。
補強組と呼ばれる編入して途中入部した部員をあまり良く思わない部員もいるだろうに、赤澤という次期部長はあまりそういった確執や派閥というものには疎いようだった。
部室で鼻歌を歌いながら上機嫌にシューズを履き替えている赤澤に、はじめは珍しくテニス以外の話題を振った。
「赤澤くん、君は1年からここの生徒でしたよね」
「おう。それがどうかしたか?」
「ボクのクラスの名字さんをご存知ですか」
「名字? ああ、柔道部の主将の角刈りか。前に牛丼一緒に食ったんだけどよ、その時」
「聞く相手を間違えました。忘れなさい」
あれだけオリンピック候補だなんだと騒がれていたのに、地元を離れた途端にここまで堕ちることなどあるだろうか?
それほどまでに東京のバレエやフィギュアのレベルが高いのか、それとも
――いや、まさか名字さんは逃げたりしない。
敗北などこの世の誰よりも似合わない。だから自分も彼女に並べるよう、決して負けてはならない。勝つ事こそが正義なのだ。
はじめは呪詛のように勝利という言葉を思い浮かべる。それが実家を出て都会で暮らす条件なのだ。愛する人に相応しくあるための条件なのだ。
はじめにとってのばらは絶対的な存在で、勝者であり、ある意味では神のようなものに等しい。
目を瞑ればいつでも、あの初めて彼女を目にしたときの光景が脳裏に蘇る。
はじめは何度でも繰り返し恋に落ちる。彼の中で完璧で唯一無二の存在に。