-
レクイエムが聞こえる
-
月日があっという間に過ぎ、そろそろまた夏が始まろうとしていた。
1月後半に行われた冬季大会で表彰台に立つことができなかったのばらだったが、その容姿からニューヒロイン、プリンセス、氷上の妖精やらと妙なあだ名をつけられ一部の情報誌やインターネット記事に取り上げられた。
学院はメディアからの問い合わせへの応対、セキュリティの強化に追われ、ほんの一瞬の流行のようなものとはいえのばらは有名人になってしまっていた。
表彰台の上にはのばらよりもオリンピックに近い存在がいるにも関わらず、まるでUMAとして扱われているような気持ちになり日々ストレスが積もっていく。
そもそものばらは見た目に対して勝手に好意を寄せられるのはまだ苦手だった。
「表彰台に立てば、容姿もひっくるめて心強い武器になりますよ。応援しています。頑張ってください」
「なんでわたしだけ変なあだ名つけられて……」
「ヒロイン、プリンセス、妖精……どれも君に合ってはいると思いますが、楊貴妃や小野小町、お市の方……静御前も良いですね」
「もっと普通ののばらっぴぃとかのばらにゃんとかじゃだめなの?」
「普通というか、そっちの方が馬鹿にされている気がしませんか」
少しずつまた距離を戻して偽物の恋人から友人になれた幸せに、積み上げられたストレスがいとも簡単にさらさらと柔らかな砂のようにこぼれ落ちる。
寮生管理委員になった観月に女子寮の備品の過不足リストを手渡して、それをチェックする顔を見つめた。
手入れの行き届いた陶器のような肌、整った眉、長い睫毛、スッと通る鼻筋、ふっくらと柔らかそうな唇。
自分よりもよっぽど容姿が整っているじゃないかと見惚れていると、のばらの熱っぽい愛情いっぱいの眼差しに気付いた観月が呆れてため息をついた。
「どこの化粧水を使っているかお教えしましょうか」
「もう知ってる。淳くんが教えてくれたよ」
「アツシクン」
「そんなことより観月くん、わたし今月の大会に出るんだけど」
手帳を開きラメの入ったボールペンで印を付けられた日のマスに指をさすと、観月は「ああ」と声を漏らす。
「その日はボクも試合です」
「じゃあお互い頑張ろうね」
「あなたは特にね」
「前みたいにもっと優しく応援してほしいな」
不満を垂らすのばらに観月は呆れたような笑顔でわざとらしくため息をついた。
ため息すらついてもらえなかった日々の終止符はささやかな幸せの始まりだ。
「君なら勝てますよ。ベストを尽くしてきてくださいね」
「……もしも表彰台に立てたら、また告白してもいい?」
沈んでいく。どこまでも、どこまでもあのトゥシューズと一緒に。深く深く暗い湖の底から煌めく水面を見上げるように。
のばらが伸ばした手は届かない。暗い闇の底に光は決して届かない。
嗚呼、眩しい。きっともう届かない、あの眩しい水面には
これは終幕へ向かう少女の物語。