-
希求してスケルツォ
-
若さと観月懸命な世話、もといお節介と説教のおかげで予定よりも完治が早まった。
夏休みが始まり、山形へ里帰りをすることになった観月に合わせてのばらも共に山形に帰ることを決める。
実家にはいくつも服があるうえに必要なものはほとんどある。普段の日とあまり荷物の量が変わらないのばらは、大きなキャリーケースとカバンを持って待ち合わせ場所に来た観月に驚いた。
「重たそう」
「おや、君はそれだけですか?」
「何か忘れ物してるのかな」
「まあ、君はボクのように姉たちにいろいろ略取されないのでしょう。姉というものは勝手にいろいろ使ってしまうんですよ」
せっかく松葉杖から卒業できたというのに、観月が大荷物では手も繋げないじゃないか。残念に思って口を尖らせていると、観月はふわりと花が咲くような笑顔を浮かべた。
「何か言いたさそうですね」
「観月くんと手繋ぎたかったなぁって」
「荷物、郵送すべきでしたね」
新幹線でぴったりとくっつくように座って念願だった観月の手のひらを握り、観月の焼いた菓子を口に詰め込まれながらあっという間に楽しいラブラブ移動時間が過ぎていく。
なぜ、どうしてこんなに新幹線は早いのだ。これからカラオケへフリータイムで観月と二人で行きたい。わざとらしくぷくーっと頬を膨らませて不機嫌に駅のホームに降り立つ。
「今日はずいぶんとご機嫌斜めですね」
「家なんか帰りたくないよう」
「全く困った人ですね」
早くまた新幹線に乗って帰りたいなと願望を抱きながら改札口を出ると、笑顔でひらひらと手を振る父親の姿が目についた。
昼間にかっちりとしたシャツで髪をきっちり撫で付けた男は一目で自分の父親だとわかる。
「お父さん!」
帰りたくないと言っていたのに仕事の合間を縫って迎えに来てくれた父親に嬉しくなって思わず飛びついてしまう。父親はもう中学三年にもなるのばらを映画のワンシーンのように抱き上げて、二人で再会を喜び合った。
「観月さん、娘のお供をしてくれてありがとう」
「いえ、のばらさんのおかげで道中とても楽しかったです」
憧れのような眼差しを送る観月に、父親が優しい笑顔を浮かべて「重たかっただろう」とキャリーケースを自然に受け取ってしまう。
ピョコピョコと足取りが軽くなったのばらは狼狽える観月に笑いかけて、父が車を停めているだろう場所へ指を指した。
「お父さんだから送ってくれるよ」
「そ、そんな、悪いです」
「僕の運転だからちょっと怖いかもしれないけど」
「そんなことないです! お言葉に甘えさせて頂きます」
のばらが幼かった頃の話や、観月の家のさくらんぼを使ったケーキ屋の話、学校の話をして楽しく過ごしているとあっという間に観月の家の付近まで着いた。
車を停めてキャリーケースを下ろす父親に、観月はヘコヘコと頭を下げ、キャリーケースを開けて菓子折りの入った紙袋を手渡した。
「これはご家族へのお土産だろう? ドライブに付き合ってくれたお礼をしたいのは僕の方だから」
「もともとご挨拶に伺う予定でしたので」
「そうなのかい? じゃあお言葉に甘えて……今日会えて良かった。実は明日から妻と泊まりで会食なんだ……のばらもごめんね」
父親のひだまりの様な笑顔が少し陰ったのに、のばらはぶんぶんと顔を横に振った。
再び車に乗り込み、窓を開けたのばらと父親に、観月はまた頭を下げる。
「奥様にもよろしくお伝えください」
「ああ。お土産本当にありがとう。いつでも遊びにおいで、君なら大歓迎だよ」
母親はともかく、父親が観月をかなり気に入っているのに安心してのばらは安堵した。誰にでも分け隔てない態度で接するようで、自宅に来てもいいと父から言う相手は実は少ない。
「はい、是非」
「じゃあね、観月くん」
「ええ、また」
発進した車に、見えなくなるまで頭を下げていた礼儀正しい観月をミラーでチラチラ見て笑う父親の後ろ姿にほんわかと温かい気持ちで深呼吸をする。
「素敵なボーイフレンドだね」
ボーイフレンドと言われたのも、観月が褒められたのも嬉しく思わず口元が綻んでしまう。ふにゃふにゃの笑い顔で眺めた外は、都会にはなかった透き通るような風景が広がっていた。