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君と花のワルツを1
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いつでも遊びに来ていいと言われたものの、はじめはまさかこれほど早くのばらの家に遊びに行くことになるとは思ってもいなかった。
祖父から受け取ったさくらんぼの箱を手にバスを降りると、のばらが初めて見た薔薇柄のワンピースで立っていた。
「理想の女性像そのものですね、綺麗です」
「似合うかな? わたしにはちょっと派手じゃないかな? お母さんがたくさん服を買ってて……」
「よくお似合いですよ。髪型も可愛らしい……あなたは全てが完璧です」
箱を片手に持ち直して空いた方の手を差し出すと、のばらはぽっと頬を赤らめて上目遣いにこちらを見てくる。
そのまま両手ではじめの手を包み込んで横にぶんぶんとブランコのように振るので、それがおかしくなって笑うとのばらも楽しげな笑みを一層眩しく輝かせた。
「家に誰もいなくて寂しかったの。来てくれてありがとう」
早く早くとはじめの手を引くのばらに連れられて、どこにでもあるような住宅街を抜けると、それまで和風な外観の家が建ち並んでいたというのに洋風でまだ新しくも見えるモデルハウスのような家が建っていた。
はじめも生まれたときから大きな家で暮らしてきたが、あの温和で洗練された父親が建てただろう家はまさに憧れや夢を包み込んだような形をしていた。
「お邪魔します」
玄関に飾られた視覚的にも美しい花は、芳香剤の役目をしっかりと果たしていた。将来はこの家を参考にのばらと暮らす夢のマイホームを建てたい。
なぜかもてなす側に代わって紅茶を煎れている間、ベタベタと背中に抱きついて顔をスリスリと擦りつけてくるのばらに内心ドキドキしているとうっかり砂糖が多めに入ってしまった。
自慢のさくらんぼを洗い、のばらが適当に出した皿に移して、ひらひらと揺れるスカートを追って彼女の部屋の前へとたどり着く。
ドアを開けただけだというのに、甘いのばらの香りが鼻腔をくすぐってはじめの中の理性を激しく揺さぶった。
――頭がクラクラしそうだ
家具、照明器具、細かい小物類までも全てが愛おしく感じる。すぐ側に感じるのばらの温もりを少し甘すぎる紅茶と焼き菓子、さくらんぼを口に入れて気を紛らせる。
当然味わう余裕などなく無心で食べていると退屈させてしまったのばらが半ば強引に視界に潜り込んでくる。
「なにを見てるの?」
「いえ、素敵なお部屋だと思いまして」
「お母さんが選んでくれたんだよ。観月くんと気が合うよね」
のばらが未だに学校以外では名字を呼んでくるのが気になって、ティーカップとソーサーをローテーブルに戻す。
「のばらさんは淳くんや柳沢くんとも仲がいいようですね」
「うん!」
「それは良かったですね。で、淳くんや柳沢くんとのばらさんは何をして遊んでいらっしゃるんです?」
「カラオケとかボーリング行ったり……淳くん歌上手いんだよ! 慎ちゃんはものまねが面白くて〜、あ、ノムタクは合いの手とかオタ芸とかすごくて楽しいんだよ」
「アツシクン……シンチャン……ノムタク……」
「観月くんも今度行こうね」
「のばらさん」
「なに?」
「のばらさん」
「はい?」
「のばらさん!」
「観月くん?」
「名字 のばらさん」
「はい! 元気です!」
ダアアアそうじゃない、そうじゃないんだと心の中で叫び項垂れるはじめに、まっすぐ姿勢良く手を上げたままののばらが体ごとストレッチするような体勢で頭をかしげる。
「どうしたの?」
嫉妬をしているのが恥ずかしくて口に出せない。他のみんなは名前やあだ名で自然に呼んで貰えるというのに、あまりにも惨めで切なくてため息しか出てこなかった。