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君と花のワルツを2 ※
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――観月くんがわたしの部屋にいる! いっそこのまま閉じ込めちゃいたい!
危険な思想を観月が淹れた紅茶ごとゆっくり胃へと流し込む。うっかり口に出さないように気を付けながら、先程からなぜか肩を落としてちびちびとお代わりの紅茶を飲んでいる観月を見ているとのばらまで悲しい気持ちになってしまう。
なんとか面白い事でもして元気付けてあげたいという気持ちがあるが、何に落ち込んでいるのかすらわからない#Name_#には慰めようもない。とりあえず頭の中で観月がされたら喜びそうなことを思い浮かべた。
「ちょっと待ってて!」
勢いよく立ち上がって急いで部屋を出る。観月が驚いて肩をビクンと跳ねさせたのが面白かったが今はそれどころではない。
温室に飛び出しシャキンと鋭く光るハサミを天にかざす。娘が足を痛めたり会食に付き合ったりボランティアで海外に飛んだりとしばらく忙しい母に放って置かれた花壇の薔薇はいくつかとってもバレないほど元気にボーボー咲き乱れている。
いくつか拝借した薔薇を母が人に手渡す時のように輪ゴムでまとめて包装紙で包み、仕上げにリボンを巻く。手伝わされた事が何度かあったのですぐに作業は終わった。
「おまたせ!」
背中に即席の花束を隠して部屋に入ると、スマホでメッセージをチェックしていた観月が少しだけ晴れた表情の顔を上げた。
「これを観月くんに」
うっかり顔を殴らないように距離をとっても花束を差し出すと、観月がスマホをローテーブルにおいでぱちぱちと瞬きをした。
「これは……」
「やっぱり観月くんには薔薇がよく似合うね」
そっと優しく、まるで赤子を抱くように花束を受け取る観月の姿にうっとり見惚れてしまう。何時間でも見ていたいと願う。
「素敵です……ありがとう、のばらさん」
元気を取り戻したように微笑む観月に、のばらもふにゃんと表情筋が緩んだ。素早く観月の隣に移動してピターッとくっつく。観月も首を傾げるようにしてのばらの頭に頭の側面をくっつける。
「この薔薇はどこから?」
「内緒」
「もしかして君が摘んできたんですか?」
「うん……やっぱりお花屋さんみたいに綺麗に包めないね」
「そんなことないです。ボクが今まで見てきたどの花よりも美しい、一番大切なブーケです。枯れも萎れもせずにずっとこのまま時間が止まってしまえばいいのに」
しばらく慈しむように愛おしむように花束を見つめていた観月がそっとそれを置いてのばらに体の正面を向けた。
「のばらさん……」
ついさっき、何度も何度も呼んで遊んでいたのとは違う甘い声音ととろりと熱で溶けそうな眼差しにのばらは耐えられない。目を伏せると、まるで反らすなと言うように観月の手がのばらの頬に添えられる。
「好きです、のばらさん」
「わたしも好き」
ゆっくり、お互いの位置を確かめ合うように観月の唇がのばらの唇に優しく重ねられる。
2度目は押し付けるように、3度目は啄んで、そして何度も何度も溶かし、溶かされるように重ね合わせては離れる。
頬にあった観月の手がやがて後頭部に回されて、のばらも彼の背に手を伸ばした。
ちろりと今まで感じていた観月の唇とは違う何かが唇に触れたのに少し驚いて、恐る恐る自分も同じように舌を出そうと口を開ける。
少し前へ伸ばした舌に優しく撫でるように触れられると、思わず鼻から抜ける空気に声が混ざってしまう。それが引き金となったように、直後観月が重心を傾けて自然にゆっくりとのばらを床に倒した。
後頭部を支えられていたので床に打ち付ける事もなく、勢いなどもなくそっと寝かされたのばらは目をうっすらと開けて両膝の内側同士をくっつけた。
のばらの後頭部から手をそっとどかして床につき、覆いかぶさるように上から見つめてくる観月の目は涙が透き通った膜のように覆って艶々としていた。少し苦しそうな赤い顔に、つもりにつもった愛おしさが動力となって手が動いた。
すべすべと滑らかな観月の頬に触れると、観月の眉間に皺が寄る。
「観月くん、もっと……」
自然に出た言葉に、観月がごくっと喉を鳴らした。布越しに触れる観月の体は自分のものとは違う男のものだと改めて認識して、強く脈打つ心臓からの振動に目を瞑る。
衣擦れの音にまぶたを閉じる力を一瞬強めたのばらの耳たぶに濡れた舌が触れる。間近に聞こえる舐められる音に抑えきれず声を漏らすと、観月の手がいつもより強い力でのばらの手を握った。
再び唇、首筋、鎖骨へキスを落として行く観月の与えてくる甘い刺激に耐えきれなくなって、自分でもわけがわからないままはっきりと艶めかしい声を出してしまったところで、観月は勢いよくのばらから離れてその場にフリーズした。
「……観月くん?」
「す、すみません、その……やっぱりこういうのは、きちんとした準備というものが必要ですから」
「準備?」
「ボクは君の事をもっと大切にしたいんです」
面と向かって大切にしたいと言われると感動して余計に惚れてしまう。すでに好きで好きで堪らないのにもっと好きになってしまう。あまりにも幸せすぎて顔を両手で覆って笑っていると、観月が優しくのばらを抱き起こした。
今になって襲い来る羞恥に二人で顔を真っ赤に染め上げて、しばらく独特な空気の中で沈黙する。
それは気まずいようで、とても心地よく優しい緊張だった。