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君と花のワルツを4
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東京に向かう朝、駅までのばらの両親が送りに来ているのを見つける。にこにこ笑って手を振ってくれる彼女の父親とは対照的に、ピンと姿勢の良い母親は鋭い眼光をこちらに向けた。
「お久しぶりです」
恐ろしいほどに鋭く尖った眼光を浴びるのは東京の病院でのばらの見舞いをした時以来だ。頭を深く下げると荒々しくピンヒールを地面に叩きつけながらすぐ正面まで来てしまった。
「お母さん、お願い、やめて」
後ろから追ってきたのばらの言葉も無視して、はじめは目の前で足を止めた恋人の母親に顔をあげて愛想笑いを浮かべる。母親はそれすら気に入らないのか、顎を少し高く上げて見下すような視線をはじめに向ける。
「くれぐれものばらちゃんの邪魔をしないでくださいね」
一体何の邪魔をなのだろうか? あらゆる可能性を頭に思い描くがはっきりとはわからない。
「はい。お邪魔になるようなことは、決して」
「のばらちゃんも良いわね、あなたがやると自分で言ったのだから今度は最後までしっかりとやり遂げるのよ」
「うん、お母さん……認めてくれてありがとう」
「良いのよ。好きなようになさい。でもね、何度でも言うけど農家の長男だけはだめよ! 絶対に農家なんかに嫁がせたりしないから」
グサリと刺さる母親の言葉に何も返せない。いくら誇りがあったとしても、他の家の、それも娘を持つ母親ならその言い分は強く理解できた。
のばらは彼女の母親のように、美しく着飾って華やかな場所で堂々と夫を支える生き方が合っているかもしれない。
「ごめんね、お母さんちょっと変な人だから」
「いえ、そんなことよりのばらさん、何か新しいことに挑戦されるんですか?」
「うん……まだ決まったわけじゃないんだけど、演劇部の人に手伝ってくれないかって声をかけられてて」
コンクールを秋冬にも控えている演劇部は引退が遅い。中高一貫校故に高等部へそのまま上がる生徒は、実質引退がないまま3年の終わりに高等部の演劇部の練習に参加するとも聞いていた。
デートで一緒に行った観劇でも、のばらはきっとああいう舞台の上で輝ける女性だと思っていた。
バレエでトップを狙えなくても、それを活かして演劇の世界に飛び込む役者は多い。加えてのばらにはあの歌声もある。
「君なら絶対に大丈夫です」
本心から出た言葉だ。
「やりたい事を楽しんでやっている君が、幸せそうな君が、僕には一番輝いて見えるんです」
これもまた、今では本当に心からそう思う。
新幹線に乗り込み、指定の席に座るとのばらが待ちかねたようにはじめの手に自分の手を乗せたり、つついたりして微笑んだ。
その甘やかな微笑に、あの時何度も名を呼んでくれた声が頭に蘇って顔から火が吹き出しそうになる。
苦労して焼いてきたマカロンをのばらの口に突っ込んで、指がその唇にあたると思わず心臓が爆発してしまうんじゃないかと思うほど大きな音を立てた。
焦らなくとも、もうのばらとはじめを遮るものなどない。のばらはそばで笑いかけてくれる。少なくとも今だけは。
はじめは彼女を大切にできる幸せを噛み締める。
進路希望調査票のことなど、この時はじめは気になどしなかった。