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天国と地獄とUMAと姫事件
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秋の研修旅行は今年からサマーキャンプと変わった。去年と同様に観月を目で追い続けるばかりで観月とあまり関われず終わってしまった。仲の良い女子生徒と夜ふかしをして恋愛話に花を探したのは良い思い出だが。
夏休みはあっという間に終わりやたらと行事の多い秋が訪れる。
中高合同の体育祭、借り物競走で高校生までもがのばらを求めて走ってきたが、全て観月が紳士的かつ相手を必ず慄然とさせるような笑顔で威嚇をし返り討ちにした。
「UMAって書いてあったんだろうな……」
殺気立つ観月の横でぼやいたのばらに違うクラスだというのにフラフラと遊びに来た木更津淳が落ちていた紙を拾って笑いかける。
「良かったね、"人間"だって。クスクス」
「人間なら何ものばらさんを選ぶ必要はないじゃないですか。次に来る人には淳くん、君が付いていきなさい」
「初対面の人じゃないといいな」
次の走者がスタートして障害物を突破しお題の書かれた紙を拾う。その中にいた柳沢がまっすぐ走ってきたのに木更津が「おっ」と声をあげた。
「名字、一緒にゴールまで走ってほしいだーね」
困った様子で声をあげる柳沢に、それまで面倒臭そうにしていた木更津が急に乗り気になって柳沢を迎えうつ。
「ごめんね柳沢、観月に俺が名字の代理って言われてるから」
やたらと笑顔の木更津が柳沢の手をしっかりと握る。木更津は柳沢をからかったりして遊ぶのが好きだ。
「いやいやいやいややめるだーね、手を握らないでほしいだーね、誤解を招くだーね」
「誤解? 誤解とはなんです? それに何て書いてあるんですか、見せなさい」
柳沢の握る紙を半ば強引に奪い取った観月が不機嫌に眉をひそめる。が、まんざらでもないような、少し嬉しそうにも見える顔にもなってのばらは狼狽して瞬きを繰り返す。
「UMA? 本当にUMAって書いてあるの?」
恐ろしくなって覗き込むとお世辞にも綺麗とは言えない文字で「姫」と書かれていた。
「まあ僕ののばらさんはまさにプリンセスですが」
「名字なら誰も否定しないだろうけど」
「もう観月で良いだーね! 走るだーね! ビリになったら赤澤にカレー奢らされるだーね!」
「は?」
木更津の手を振りほどき、無理矢理観月の手首を掴んで走って行ってしまった柳沢を、普段はあまり大袈裟に笑わない木更津がクスクスではなく普通に笑う。
のばらも珍しく他人にズルズル引きずられて行ってしまった観月の顔に抑えきれず笑っていると、柳沢がゴール地点で審判に紙を見せて何やら説明をし始めた。
「おーっと、中等部3年柳沢くんのお題はどうやら"姫"らしいですが、連れてきたのは同じく中等部3年の男子生徒のようです! 彼は果たして姫なのか!? これより中高の体育委員長による審議が始まります!」
放送委員の生徒のナレーションの後、ゲラゲラ笑いながら出てきた赤澤に観月が遠目に見てもわかるほど怒っている。
高等部の体育委員長も赤澤の肩をバンバンと叩いて笑い、柳沢がバンザイのポーズをした。
「どうやら彼は中等部3年テニス部の姫こと観月はじめくんだそうです! 赤澤委員長によりますと、彼は趣味がティータイムで花柄の服の似合う姫、だそうです! 柳沢くん1等です! おめでとうございます!」
グラウンド中が笑いに包まれるが、観月だけが鬼のような形相をしている。
柳沢とたまたま近くにいたのであろう野村も一緒にニヤニヤと笑いながらのばらのもとへ歩いてきた。それに対して木更津がいつものポーカーフェイスで「おかえりなさいませ、姫様」などと言うので観月の機嫌はさらに悪くなりムスッと黙ってしまった。
「はじめくん、わたしの代わりに走ってくれてありがとう」
のばらのフォローに、観月は前髪を少しいじって少し表情を和らげた。