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ひいらぎをかざろう
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クリスマス・ページェントは学院創立以来、毎年行われている。そのため小道具は揃っており高等部に在籍する生徒の助力もあってスムーズに準備が整った。
公演初日を無事に終えて、ホールの前に設置された大きなツリーの点灯式にはじめはのばらと二人で向かった。
急いで衣装から着替えたばかりののばらはマリア像に似せるためにいつもとは違う髪型をしている。それもまた美しく、後でまた一緒に写真でも撮ろうと考えながらふわふわと浮き立つ心に表情が緩くなってしまう。
今日は23日。まずはツリーの点灯を見て、美しい光を見つめながらそっとその手を握ろうか。イルミネーションを反射するのばらの瞳はどれほど美しいのだろうか。そんな事を考えながらホールを出ると、想像よりも集まっていた生徒や来客者で人混みができていた。
ツリーが大きいので、かろうじて見えなくもないが、あまりにも人が集まっていてのばらとはぐれてしまうのではないかと慌てて振り返る。
「はじめくん」
弱々しい声。はじめはいつか電車で起きてしまった出来事を思い出し、人目など気にしている場合ではないと咄嗟にその手首を引いた。
「部室で赤澤たちとお菓子でも食べませんか?」
イルミネーションなんかよりも大切なのばらにそう声をかけると、彼女はほんのり頬を赤らめて首を横に振った。
「はじめくんと見たいなって……去年は諦めちゃったから」
「では、はぐれないように」
のばらの手首を放し、細い腰を抱いて引き寄せる。
はじめもシャンプーには気を使っているが、いつもより近いのばらの髪から香ってくる甘い花の香りに思わず目を反らす。
危害を加えられないようにと守るつもりで抱き寄せたというのに、自分が一番危ない存在なのではないかという疑念。なんとか気を逸らそうとまだ灯りのついていないツリーを眺める。
明後日の25日、デートをする約束をしているがどのタイミングでプレゼントを渡すかを決めていなかったと思い出し、静かに段取りを考え始めるとあまりの集中力に自分でも驚くほどのばらの触れる感触が気にならなくなる。
毒を持って毒で制すように、のばらでのばらから気を逸らすのはまさに名案だった。
しかしそんなものはつかの間で、のばらの声が耳に届いた瞬間に現実世界に引きずり戻され、より鮮明に蘇る甘やかな温もりに息を呑み込んだ。
「はじめくんとずっと一緒にいられたら良いのにな」
「いますよ、僕はずっとあなたの側に。もしもまた、しばらく会えない日が続いても必ず連絡をとります。起きている間はずっとあなたの事を考えます。寝ている時は夢で会いましょう」
「わたしのこと好き?」
「ええ、もちろん。愛していますよ」
人混みの中だというのにそれすら忘れてしまいそうになるほど甘い空気。胸の高鳴りに嘘などつけるわけもない。
黙っているのばらの横顔を見ると、必死にニヤけるのを我慢しているのか唇をきゅっと固く結んでおかしな表情だった。
「もー、見ないで」
「のばらさんが言わせたんですよ?」
「愛してるは反則だよ」
「思っていることをそのまま言っただけですよ」
わざと照れさせるのが楽しくなり、のばらを喜ばせる言葉を探す。この世の誰よりも幸せにしてやりたいと願う。
カウントダウンの後、一斉に輝き出したツリーのイルミネーションは想像以上に美しく眩しいほどに煌めいて、のばらの丸い硝子玉のような瞳を輝かせた。その瞳が、はじめにとってはイルミネーションなんかよりも美しくて愛おしい。
ここは輝きに満ちた世界。
この世の誰よりも、何よりものばらが輝いている美しい世界で、はじめは存在できる喜びを神に感謝した。