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さやかにほしはきらめき
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24日。クリスマスイヴにして、クリスマス礼拝の日。今年も賛美歌のソロを担当する観月。のばらはページェントもあるので今回は別の生徒が選ばれた。
しかしそのおかげで観月をのんびりと眺めていられるので特に悔しいとかそういう気持ちは無かった。
クリスマス・ページェント、最後の公演はのばらにとって本当の本番だ。ここから全てが始まる。
のばらは観月と行ったあの観劇から何もかもが変わった。本当にやりたい事が見つかった。
なぜ幼少期からバレエやダンスをしていたのか、なぜバレエを捨ててまで選んだスケートも失ったのか、なぜこの声を持って生まれたのか。何度も何度も考えて、嫌いだった容姿も全てその存在理由を理解したのばらは夢へ、新しい運命に向かって走り出さずにはいられない。
のばらは観月を信じている。信じているが、それが真実なのかはわからない。
のばらは何もない、嫌いな自分を観月が好きだと言う理由がわからず、毎日理由を求めて荒野のような時間を彷徨ってきた。
――理由が無いのなら、理由を作ればいい。わたしが望む理想の自分になって、自信を持って生きたい。
プリンシパルの夢を諦めても、金色のメダルと人々の期待を失っても、決して心から愛し愛されていたバレエはのばらを見捨てない。一緒に湖へ沈んでしまったトゥシューズはのばらをずっと見守り続けていた。
「さあマリア、喜びなさい。マリア、あなたはこの世で最も恵まれた女性。神はあなたと共におられます」
「それはどういうことなのでしょう」
「マリア、あなたは選ばれたのです。何も怖がることはありません」
神はあなたに何より美しい夢を授けることでしょう!
スポットライト、拍手、輝くたくさんの瞳。
のばらはその中に、秋のコンクールで出会った大人たちを見つける。
――観月くん、また、わたしは黙っていたことがある。言ってしまったら、今日こうしてしっかりと本気で演じきることができたかわからなかったから。
クリスマス礼拝のイベント行事を全て終え、後片付けに取り掛かると昨日あまりの人混みで間近で見られなかったクリスマスツリーをテニス部の男子が囲んではしゃいでいた。
薄茶色の髪の2年生を無理矢理肩車した赤澤に、金田と呼ばれた2年生が狼狽してうろうろ周りを歩いている。
何やらテニス部を引っ張っていけよなどと激励している赤澤に、騒ぎを聞きつけた観月が猛スピードで駆け寄り説教が始まる。
観月にへこへこと謝る赤澤と、煽るようにからかう柳沢、野村、なぜかサンタのコスプレ衣装で立っている木更津にのばらも演劇部の部員たちも笑っていた。
「この後、男子寮で打ち上げだからな!」
「演劇部、ハンドベル部の皆さんも良かったらいらしてください。もちろん教師に許可はとってありますから」
わーい、などと声を上げて片付ける手を早めると、それまでホールの隅で教師と話していた男性がのばらの名字を呼んだ。
面識があるのはのばらと演劇部の部員だけで、他の生徒たちは邪魔にならないように静かにその場からわずかに距離をおいた。
「名字さん、とても素晴らしかったよ。やはり君は恵まれた、選ばれし人そのものだ」
「ありがとうございます」
「君はもう何も学ぶことなどないかもしれないが、春から学び舎で、あるいは舞台の上、仕事の場で会えるのを楽しみにしているよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
「それでは、また」
そのやり取りを見ていた演劇部の部長がのばらの背中をバシバシと叩いて「頑張るのよー! 我が希望の星よ! きらめきとは君の存在そのものさ」と演技がかった声で言うのに敬礼のようなポーズで返事をしたところで、状況がわかっていない観月の驚いているような顔が視界に入った。
「あら、まだ彼氏さんに言ってないの?」
「うん、ページェントが終わったらと思って」
部長が頷き、のばらの横を離れる。
生徒たちの賑やかな声、作業音、かかりっぱなしのBGM。
「のばらさん、君はまた僕に隠し事ですか」
あの時とは違う、優しく寂しげな微笑に一瞬息がつまる。忘れようと、考えないようにと避けていた苦しい気持ちにのばらは強く拳を握った。
「言ったら、絶対に迷っちゃうから」
「やりたい事が見つかったんですね」
「……はじめくんと出会ってから、たくさん」
「それは、良かった」
のばらは観月のいなかったあの秋、教師から渡された紙の「いいえ」に丸をつけた。
自分で決めた答えは新しい舞台。すでに夢を掴んだ者、これから輝く者、あるいは才能という壁を前に消えゆく者たちが集う学び舎にのばらは手を伸ばす。
「はじめくん、ありがとう……ずっとずっと大好きです」
世界は優しい色で滲んでいく。溢れ出てしまった涙を止める演技など、できるわけもなく。