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荒野の果てで、また会いましょう※
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25日。それはクリスマス当日にして冬休みの始まりの日である。
昨晩遅く……を通り越してほとんど朝方までアルコールの入っていない炭酸飲料を飲み、仲間たちと踊り明かしたのばらは一応予定通りの時間に最愛の人、観月はじめによって起こされた。
すでに散らかっていた男子寮をさっと片付けていた観月に寝癖なんてものはもちろん無い。
慌てて女子寮に一度帰って軽くシャワーを浴びたのばらは、今日のためにと用意した新しい服に身を包み、髪も仲の良いクラスメイトに教わった通りに整える。
まだ卒業まで時間はあるというのに、もう終わりのような切ない気持ちだった。
次に行く学校も都内で、実家の両親よりもよっぽど観月の方が近くにいる。決して二度と会えなくなるというわけではないのだ。
それでも時々、本当にこの選択は間違っていなかったのか悩んでしまうことがある。
制服の時とは違うコート、ほんの少し背伸びをしたブーツ、両親から贈られたクリスマスプレゼントのバッグ。少し急いで玄関を出る。
「お待たせ」
女子寮のすぐ外で待っていた観月に駆け寄ると、ドアを開けてからずっとのばらを見つめてくれていた目が優しく細められた。
「綺麗ですね」
何も迷いもなく、自然に観月が褒めるのにまだ準備の足りていなかった心臓がキュンと高く跳ね上がる。
「はじめくんも素敵、かっこいい、いつもだけど」
ふふっと笑いあって繋いだ手から、幸せな気持ちが二人の感覚を伝わって心が温かくなる。
街はクリスマスの音でいっぱいだ。
優しい音、幸せな音、楽しい音。そして観月の声に、のばらは何度も嬉しくなって笑みを浮かべる。二人でいたならば、きっと笑顔は絶えることなどないだろう。そう、二人でいたならば。
日が暮れて電飾が輝き出した街。終わりの時間が近付く中、二人は混雑した街を抜け出て学校へ向かった。
教室とは違い、クリスマスの今日はホール……もとい教会のドアは開いている。
つい昨日、あれほど人が集まっていた教会の中に人はいなかった。
昼頃まではのばらと観月のように、ここで愛を囁きあった恋人たちがいたに違いない。どこの学校にでもあるような噂話によると、この学校の関係者であればここで挙式を行うことができるらしい。
まだ創設から間もないのに誰がそんな話をしだしたのかは不明だが、今の二人にここ以上に相応しい場所は無かった。
「はじめくんにプレゼントがあるの」
長椅子に腰掛けて、繋いでいた手を放す。カバンから取り出したラッピングされた箱を差し出すと、あの夏休みに花束を渡した時のように目を輝かした観月が大切そうに両手で受け取った。
くしゃくしゃにならないようにと別にたたんで持ってきた紙袋を取り出しながら、笑みが溢れだして止まらない観月を見つめる。
「開けても?」
「もちろん」
名入りの、ペン先にバラの刻印の入った万年筆。永く使えるものをと考えた結果だった。
来年、再来年とまたこうやってクリスマスを迎えることはできないかもしれないが、せめてこのひとときを覚えていてほしい。
「こんな素晴らしいものを……ありがとう、一生大切にします」
ペンの入った箱を大切そうに抱く観月に精一杯の笑顔を向けると、今度は彼の方がのばらの目をじっと見つめて立ち上がる。
「ボクも君にクリスマスプレゼントを用意したんです」
一旦長椅子を離れて聖具室へ向かった観月が、バラの花束を持って戻って来たのにのばらは驚愕して思わず口を両手で覆った。
「うそっ、いつ準備したの?」
「昨晩、片付けの間に」
受け取った10本のバラの花束に鼻を近付けると、観月と同じうっとりとするような香りがした。観月に触れた時にいつも感じる、落ち着くようで胸がドキドキする匂いだ。
「それから、これも」
まるで王子がシンデレラに靴を差し出すように、やうやうしく差し出した箱を観月が両手の塞がっているのばらの代わりに開いた。きらきらと光をランダムに反射する繊細なチェーンと、こぶりなバラのあしらわれたネックレスが顔を出す。
「香りが記憶に残っても、花束はいつか枯れてしまいます。貴金属は香りませんが、形は残りますから」
鼻も、目も、耳も何もかも全て、心でさえも奪われてしまったようだ。
観月も永く残るものを選んだということは、きっと同じ気持ちに違いない。のばらはこみ上げる喜びと切なさに思わず熱くなっていく目頭を隠すように俯いた。
「はじめくん、わたしはずっと好き。ずっとずっと、いつまでもはじめくんが大好き。本当ははじめくんの側を離れたくない、毎日会いたい」
「……ボクも、君の事をずっと、ずっと愛していますよ。君と同じ時間を、同じ場所で過ごせたらと思ってしまう時もあります」
俯いているのばらの首の横を観月の手が通り過ぎていく。首にひんやりと冷たいネックレスが触れて、またドキドキと胸が高鳴っていく。
切ないのと嬉しいのとが交互に脳を奪い合って思考はぼんやりと、とてもまともな状態ではない。じわりと溢れ出た涙を観月の指が優しく拭い去った。
また観月に優しい手付きで奪われた花束を長椅子に置かれ、追いつかない思考のまま頬に手を沿えられる。
口付けの予感に目を瞑ると望んだ通りの感触が唇に与えられ、その何よりも甘い刺激を忘れぬようにと心に刻みつける。
強く抱きしめられながら、のばらもまた観月の体にしがみつく。この世の誰よりもきっとのばらに優しい手のひらが、赤子にするのと同じように背中を撫でて気持ちを落ち着かせてくれる。
「いつかまた、ここで君とキスをする時……ボクを君の夫にしてくれますか?」
「うん、絶対、約束」
この日のこの約束をのばらは強く、強く忘れまいと神に誓った。大人になってしまう喜びは時として恐怖を与える。
これはまだあまりにも若すぎる二人には、少し辛く悲しい恋の物語。