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愁然のアンティフォナ
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芽吹きの季節。ひらひらと円舞を披露するように薄桃の花びらが視界を行っては現れる。
希望に満ちた出会いの季節に心なしか空気は暖かく、幸せそうな眼差しがいくつもいくつもはじめの周りにはあった。
新しい制服。新しい靴。新しいカバン。
何もかも新しく清潔で清々しいはずの今日という日にはじめは心から笑顔を浮かべることはできない。
自分のクラスを確認する時、自分以外の名前をなるべく見ないようにしたのは人生で初めてだった。
誰がいてもいなくても、あまり興味がないと思ったのだ。
初めて見る顔は、恐らく高等部から入試で入ってきた生徒たちだ。初々しく、そわそわと緊張と喜びに胸を踊らせているのが見てわかる。
この中に、テニスの才能のあるものはいるだろうか?
部員が増えたらマネージャーを増やすのも良いかもしれない。
気を紛らわせてようやく教室を見渡すことができる。
中等部と変わらない教室の中、いつになく楽しげな声が響いている。
優しい春の陽。喜びに満ちた空間。はじめはふと中等部二年の秋の事を思い出す。
のばらもこんな気持ちだったのだろうか?
楽しげで退屈な世界にその愛しい姿はない。
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仲良くしよう、友達になろうと考えている生徒と、そうでない生徒。のばらにとってこの教室は舞台袖だ。他人に嫌われて良いことはあまりないので、わざわざ嫌われるような素振りをする必要はない。
のばらは案外この空間が嫌いではない。皆が同じ夢に向かっている環境に学ぶことは多い。
観月はちゃんとやっているだろうか? と少し考える。賢く真面目な彼がちゃんとやっていない時間など存在しないだろうが、彼は他人に誤解をされやすい性格だ。のばらは少しそれが気がかりだった。
授業のカリキュラムは興味のあるものばかりで、得にバレエ基礎なんて授業には胸が踊った。
――「基礎」だからついていけるよね……頑張ろう。
バレエが当たり前に身近にあったのばらは、バレエ未経験者が意外にも多く存在しているというのには気が付かない。自主トレーニングはしているものの講師をつけて練習などしていない、長いブランクのある自分に改めて気合を入れ直した。
始まりの季節は希望を表すことが多いが、同時にこの場にいる者たちは大きな不安やプレッシャーも抱えているだろう。
のばらはまたルドルフで過ごした日々と同じように、自分の好きなように、好きな人たちと笑って過ごしたいと願う。
しかし役を奪い合う争いに身を投じていく覚悟は誰にも負けることはないだろう。
――わたしは、わたしの好きな事を、好きなように、ルドルフと離れたことを後悔しないために!