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さくらんぼのガヴォット2
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困惑する観月の顔は何度見ても楽しく、それを肉眼で直接画面を通さずに見ることができたのばらの寂しさを忘れさせてくれる。
パンプスとスカートだからレジャーシートに座ってお茶でも飲んでいてと意気込んでいた弟を無視し、運動着やスニーカーを大喜びで貸してくれた彼の姉たちに感謝してもしきれない。
さすがは観月家というべきか、二人の姉も末っ子の彼と顔の作りが似ていて美しい。声も仕草も何もかも、DNAレベルで好意を感じざるを得ない。
好きな人の姉の衣服と靴に思わずドキドキしながらビニールハウスに戻ると、いつの間にか観月も作業用の格好になっていた。
いきなり訪ねてきたのばらを笑顔で歓迎し、素人に商売道具の木と大切なさくらんぼを触らせてくれるなどあまりにも人が良すぎるのではないか。
のばらは観月家が好きだ。好きにならざるを得ない。
「脚立がなくても届く範囲のものではだめなんですか? 怪我でもしたらどうするんです!」
慌てる観月と黄色い声を上げてくれる義姉たち。のばらは脚立に乗るなんてこれまであまり経験が無かったが、スケートやバレエで鍛え上げた体幹、バランス能力を持ってすれば大したことはないし、舞台セットの中にはもっと安定の悪いものもあった。
「片足でも立てるよ」
「ちょっ……振り向かないで! 前を見てください! 絶対に落ちないでくださいね!」
「これくらいの高さ平気だよ」
脚立の上から見る景色は、地上に立っていた時とはやはり違っていた。近くで見るさくらんぼは今まで目にしてきたものとは違い、一箇所からいくつもぶら下がっているシャンデリアのようだ。
見渡せばまるで銀河の星のように、ルビーのような果実がたくさん元気そうな緑色の木を飾りつけていた。
――あのクリスマスツリーも、こんなふうに綺麗だったな
最後にルドルフで過ごしたあの冬の日を思い出して思わず口元を緩める。これまで忘れたことなどなかったが、こうして改めて思い出す機会が減っていた事に気が付く。
のばらにとって、たくさんの幸せを思い出させてくれるだけでなく、新たに楽しさや嬉しさといった気持ちを実らせてくれるさくらんぼの木はまるで幸せの象徴だ。
暖かな空気は季節だけでなく、観月の一家が作り出すものでもあった。
笑顔が耐えない幸せな家族とさくらんぼの木。望む未来の形がまた少しのばらの心の中に彩りを与えた。