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最初の話
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体の弱い僕にも、一人だけ友達がいる。
彼女はいつも眩しい笑顔で僕を訪ねてくれる。
同じ月に同じ産婆に取り上げられたから姉弟のようなものだといって、無条件の愛を与えてくれる彼女のことを僕は一人の女の子として好意を持っていた。
家同士の仲も良好で、僕の体が丈夫に産まれていたらもしかしたら縁談も持ち上がったかもしれない。
でもこんな体では結納もまともに行えやしない。僕なんかよりももっと彼女を幸せにできる人がこの世にはたくさんいると、幼い頃から身を引いていた。
「累、とっても可愛い!」
「やめてよ名前、俺、可愛くなんてないよ」
僕が抵抗しないでされるがままなのを良い事に、名前が持ってきた切り花を簪のように髪に差していく。
「え? 今俺って言った?」
「君が、可愛いなんて言うから……ゴホッゴホッ」
咳き込む僕の背中を優しい手がさする。父や母がしてくれるように、名前も僕が苦しそうにすると優しく背中を撫でて、ゆっくりと息が出来るように優しい声で促してくれる。
咳をしたことで目尻から一滴零れ出た涙をそっと手ぬぐいに吸い取ってから、名前は落ち着いた僕をいつものように柔らかな笑顔で見守ってくれる。
まるで穏やかな風に乗った花びらのように軽く、そしてゆっくりと髪を梳くように頭を撫でてくれる手に安らぎと照れくささを感じて目を閉じる。
同世代の子供はもちろん、両親以外の親族だってこんな面倒な僕と好き好んで会話なんてしない。
こんな風に笑顔を浮かべて安心させてくれる人は世界にたったの3人だけだ。
「ちょっと横になる?」
名前は左手に掛け布団を軽く持ち上げ、右手で僕の後頭部が勢いよく落ちないようにと支えようとしてくれる。その頭に向かって、僕は自分の頭に生けられた花を一輪引き抜いて差し込んだ。
「隙あり」
「わっ」
目を大きく開いて驚いている名前の顔が可愛らしくて、少し可笑しくて笑ってしまう。
「名前の今の顔、面白い」
「もうっ! 笑うとまた咳止まんなくなっちゃうよ」
「これくらい平気だよ」
名前の手を借りてゆっくりと仰向けになって布団をかけられる。
髪に花を差した名前は可愛い。見とれてしまう。
彼女を見つめたままぼんやりしていた僕は頭頂部から額にかけてゆっくりと手のひらで撫でられて目を瞑った。そんなつもり無かったのに、思わず眠気が襲って来てしまう。
「眠っていいよ、累。おやすみなさい」
君が僕の花嫁になってくれたら、きっと次に目覚める時も怖くない。隣にいてほしい。僕のそばにいてほしい。
「またね」
鈴のような声、風鈴のような声、いいやきっともっと僕の知らない場所に彼女の声を例えるにぴったりの音の鳴るものがあるだろう。それは見たことのない鳥の声かもしれないし、この国にはない楽器の音かもしれない。
名前の声は僕にとってはこの世界で一番綺麗な音なんだ。
彼女はまた会いに来てくれる。明日も僕のところへきっと幸せを運び込んでくれる。
そして今日もまた母の優しい声が届く。
「累、名前さんが来てくれたわよ」
僕は振り返る。
大好きな君の笑顔を、もう二度と忘れたりはしない。
■おわり