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なでなで/大谷吉継(無双)/甘
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やわやわと、熟れた果実のようなやわ肌を撫でてみる。娶ってから既に何度かこうして褥を共に過ごした事があるが、まだ慣れぬのであろうなまえは少し怯えているような顔をして縮こまる。
女子(おなご)として産まれ、娶られた後は必ずや男子(おのこ)を産むのだ。そう幾度となく言われているのであろうなまえにとって、この行為は義務であり使命なのかもしれない。そう気付いたのはここ最近のことだ。
気持ちは言わねばわからぬと、親しき人にも何度か注意をされたことがある。しかし褥を共にするということは好きだということだと考えていた吉継にとって、言葉にせずとも愛情は伝わっているのだろうと誤解をしていた。
これではいけないな、そう思ったのはつい先日、行為の最中に口吸いを求めて頬に手を伸ばした際になまえがびくりと驚きぎゅっと瞼を閉じたのを目にした瞬間だった。
娶る前に何度かせせらぎの美しい小川やら、美しく花咲く野へと連れ出した時は控えめながら幸せそうな微笑を浮かべて見つめてくれたというのに、思い出してみれば娶った後からあまりその笑顔を見ていないのだ。
了承を得てから祝言を挙げたつもりだが、なぜなまえが結婚後から笑わなくなってしまったのか吉継には理由がわからなかった。
流れに身を任せていればそのうちまた蕾が綻ぶように笑みを浮かべてくれるだろうと初めのうちは特に危ぶむことをしなかったが、笑わぬだけでなく怯えた顔をして萎縮している妻の姿に流石に何か解決策をと思ったのだ。
まぐわう時、優しく触れていたつもりだがやはり痛かったのだろうか?
初めこそ耐えるような顔をするなまえだが、じきに慣れてくると熱い息を吐き出して可愛らしい声も聞かせてくれる。しかし初めのうちが苦痛が大きいならばこうして怖がるのも無理は無いのかもしれない。
か弱い女子の身、痛むのは可哀想だなと同じ褥で横たわっているなまえの頭を撫でていると恐る恐るというように可愛らしい瞼が開いて瞳が吉継の目をとらえる。
それもまた可愛いらしく、なでなで……と頭を撫で続けていると徐々になまえの強張っていた表情が緩み、小さく身じろいで距離を縮めてきた。
もっと頭を撫でて欲しいのか。そう思い、辞めずに頭を撫で続け、やがて頬のあたりに手を沿える。先日はこれに驚いて目をぎゅっと閉じていたが、撫でる延長線だからかぱちぱちと瞬きをするものの特に怯えたりしているようには見えない。
本当ならばこのまま唇を合わせて舌を吸い出し、長襦袢を暴いて一晩中愛してしまいたいがそれではこれまでと何ら変わらず、また悚慄する体を一方的に抱く事になってしまうので耐え忍ぶ事にする。
それに、たまにはこうして向かい合って穏やかに時間の流れに身を任せて眠りにつくことも良い事だと思ったのだ。
こめかみや目尻、頬と、そっと撫でながら何も言わず見つめていると花びらのような薄桃色の唇が何か言いたげに開かれた。しかし悩むようになまえはまた口を閉ざしてしまう。
自分と似てあまり何か言葉にして主張しないなまえが言いたい事ならば一言一句逃さず聞いてやりたいと、「どうかしたか」と囁きかける。
悩むように視線がちら、ちらと吉継の瞳と別の場所を行き交った後、ようやく決心したなまえが眉をひそめてもの寂しそうな顔をした。
「吉継様、今宵は、なぜお撫でになるのですか」
言わずとも、撫でる事で可愛がっていることが伝わっていると思いこんでいた吉継だったが、聞かれて改めてなまえが不思議がっていると気付いて目を少し細める。
「可愛いからだ」
なるほど、それほどわからぬものなのか。なまえにこれまで向けてきた愛情が何一つ、ほんの少しすら伝わらず、不思議で恐ろしい事と伝わっているのかもしれない。やはりこれでは、黙っているだけではいけなかったのか。
ぽっと頬に差した紅色が、あまりにも可憐で愛おしい。この気持ちも伝わっていないのだろう。
痛いうえ、愛されていないと思いながら、義務と思って抱かれるのは確かに恐ろしくて堪らないだろう。そう思うと言葉が足りなさ過ぎるのもあまり良いものではないと痛感する。
「俺はなまえが好きだ。いつも可愛いと思っている。今もそうだ」
そういえばはっきりと好きだと言っていなかった。早くに言うべきだったなと思う。なまえは真っ赤にした顔を恐る恐る、ゆっくりと勇気を振り絞るように吉継の胸に埋めた。
ぴた、とくっつかれて、いい流れにふと微笑む。
「俺のことはもう怖くないか」
「申し訳ございません……わたくしなど体以外はいらぬものと思っていたので……男子が生まれなかったらと思うと、怖くて……吉継様の事が怖いのではなかったのです」
「そうか、確かに言わねばわからない事がいろいろとあるんだな」
「わたくしも吉継様の事をお慕いしております……こんなこと改めて言わずとも、もうご存知かもしれませんが……」
はっきりと拒まれた事がないので、怖がられていても嫌われているとまでは思っていなかった。しかし夫として認められているというだけで、好かれているとまでは確かに実感したことが無いかもしれない。
なんとなく、祝言を挙げたから相思相愛なのだと半ば浮かれたような思考でいたことに反省する。しかし、それにしても――
「口吸いは嫌いか?」
怯えたようにぎゅっと目を閉じていた時の事を問うつもりだったのだが、今からしようと意味を捉えたなまえが瞼を落として顎を少しあげた。
しかし流れに逆らう事などせず、良いものは良い、したい事をわざわざ拒む理由もない。迷わずその唇に己の唇を押し付ける。
ちらりと盗み見たなまえは怯えもせず恥ずかしげに眉だけ少しひそめて扇情的に火照っている。
好かれていないのに、愛されていないのに、まるで愛されていると虚しい誤解をして自分ばかりが愛情をつもらせてしまう。そんな恐怖に慄いていたなまえの気持ちなどわからないまま、今はただ口付けが嬉しくてたまらない可愛い妻に吉継は夢中で唇を重ね付けた。
やがてそれだけで止まらずについ舌を使ってその口内をくちゃくちゃに掻き乱すと、やけに素直になまえが足を吉継の足に絡めてきたので思わず喉を鳴らしてしまう。
愛されているのだ、そう甘い確信を手に入れたなまえの体は触れても縮こまらず固まらない。
「触りたい。触っても良いか」
自分の感情も込めた吉継の言葉になまえがこくんと頷いた。
「わたしくしも、触ってほしいです……たくさん、触ってほしいです」
望み通りにくまなく隅から隅、一番奥まで触り尽くした吉継は、これからもほんの少しだけ思った事を声に出そうと決めたのであった。