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プロローグ いつもの平和な昼下がり
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ヘッドフォンから儚くも心地良さが残る弦楽器とピアノの音が私の耳に広がり、幸福からか微睡みを感じ始めたとある昼下がりの時のこと。
「あ~~~!!!
くそぉ~~原稿が間に合わねぇーー!!!」
ほぼ外部の音はシャットアウト出来る優れ物のヘッドフォンを付けていると言うのに、そのヘッドフォンでも除去できなかった女の断末魔の叫びが聞こえてきたため、私は閉じていた瞼を上げる。
そして、私の真向かいに座る叫び声を上げた犯人…私の唯一の親友、佐々木佳奈美へと軽蔑するかのような視線を向け、外部の音を遮断することが出来なかったヘッドフォンを外しながら、煩わし気に声を発した。
「佳奈美…うるさい」
「だってぇ~、だってぇ~~!!
原稿が、終わらないのよ!!
いつもなら、原稿の〆が近づけば、創作の神が勝手に降りて来て、すぐに書き出せるはずなのに…全然、神降臨しないし!!」
そうすれば、この世の終わりだと言うように両手で頭を抱えながら、悲痛な表情をする佳奈美が助けてほしそうにこちらを見つめてきた。
大抵、縋りつくような視線を向けられる時は、決まって『小説のネタを寄こせ』と言う面倒なこと極まりないため、私は深いため息を付きながら、最後の抵抗とばかりに軽く彼女をあしらってみる。
「はあ…それは、可哀想に」
「全然、そう思ってないでしょう!!」
「思ってる、思ってる」
「じゃあ、ネタの提供してくれてもよくない?!
アンタ、今、巷で少し人気のYouTuber mizukiでしょ!!
何かネタになるようなこととかない訳!」
「あのね…私はそもそもエンターテインメントとしてのYouTuberじゃないからね。
ただの作曲家さん達が作ってくれた歌を大事に歌わせてもらってるだけの人だからね、面白いネタになるようなことは一切ないよ。
そんな面白みも何もない私がネタを考えるよりも、今や人気絶頂の小説家の佳奈美先生の方が私なんかよりも面白いネタがあると思うんだけど」
「馬鹿野郎!!
だから、その人気絶頂の小説家である佳奈美先生が今、まさに積んでるって、言ってんじゃないのよ!!
助けてくれてもよくない!?
てか、親友だろう?! 助けろよ!!」
「いや、それ、助けてくれと言う人の態度じゃないでしょうが…」
「うるさい!
つべこべ言わず、ネタ提供もしくは、ネタが出やすくなるような会話をせんかーい!!」
あまりにも往生際悪く抵抗を続けた私に等々痺れを切らした佳奈美は、まるで駄々っ子のように座っている椅子でジタバタし、無視するにも無視することが出来ない状況を作り出してきたため、私は諦めて、彼女を助けるべく動き始める。
「はあ…長丁場になりそうだから、お茶淹れて来てもいい?」
「っしゃ!!
あ、私、ほうじ茶ね」
「はいはい、わかったよ」
そんな観念して、ちゃんと彼女に向き合う準備をしようとした私に便乗し、仕事を増やしてきた佳奈美。
もう彼女とはかれこれ幼稚園から二十数年と言う付き合いで尚且つ、数年前から同じ家で暮らしているような仲なため、この調子良く、人を顎で使ってくることには随分と慣れ親しんでいるのだ。これぐらいのこと、どうってことはない。
そう、自分の中で割り切っている私は、別段、表情筋を動かすことなく、椅子から立ち上がり、すぐ近くにあるキッチンスペースへと歩を進め、慣れた手つきで食器棚から必要な道具や茶葉を取り出し、佳奈美の所望するほうじ茶と自分が飲む紅茶を早々に作り出す。
そうすれば、数分と経たない内に、飲み物は完成したため、私はお揃いで揃えた大きめのマグカップにそれぞれの飲み物を注ぎ、使い終わった道具を水に浸したのを確認してから、佳奈美の前へと飲み物を運ぶ。
「はい、お待たせ。
今日は宇治から取り寄せたほうじ茶よ」
「あ、この間、淹れてもらって美味しかったやつじゃん!
ありがとう、瑞希」
「どういたしまして」
そして、私から受け取った熱々のほうじ茶を何の躊躇いもなしに口にし、熱がる様子もない佳奈美を横目で見ながら、私も自分が淹れた紅茶の香りを楽しみながらそっと口を付け、ほっと一息を付く。
やはり、リラックス効果のあるカモミールティーは、少し荒くれていた心を癒してくれる。
「はあ~…何かあったかいものを飲んだおかげか、幾分か気持ちが楽になったわ」
それは、どうやら、親友である佳奈美も同じだったようで、少し頬を緩め、私はゆっくりとした口調で本題へと切り込んでいく。
「それはよかった。
それで、どうして、今回、煮詰まってる訳?
いつもなら、あんな取り乱す程に焦ることってないのに、佳奈美にしては珍しいじゃない?」
「いや~、それがさ…ほら、私って、いつも作品を作る時は、二つの作品を同時並行にバランスよく進めないと上手く書けないじゃん?
なのに、今回、作品の片方がどうしてもいいネタと言うか、主人公のキャラの設定すらも思い浮かばなくてさ。
本当、困りに困って、つい気が狂ったかのように発狂してしまったわけよ」
「ふぅーん、じゃあさ、佳奈美は何かこういうのが書きたいって、欲求はあったりするの?」
「超シリアスめで、でも、最後は真に自分を愛してくれる人と共に心中するって言うのを描きたいって言う欲求はあるよ!
あ、とある漫画のキャラを使ってね!」
「ん…?
漫画のキャラを使うって、え、その悩んでる小説のジャンルって二次創作な訳?」
「そうなんだよね~…しかも、これが『夢小説』なんだな~」
一つ一つ、彼女の悩んでいる点に近づけるように質問をしていけば、どうやら、彼女の核心を突くことが出来たようで、痛い所を突っつかれた彼女は明後日の方向を見ながら、正直に悩みの種をぼそりと呟く。
その呟かれた内容に、一瞬、理解することが出来ず固まってしまったが、すぐ頭が言葉を正しく理解し始め、私は気づかれないようにそっと小さくため息を付いてしまう。
――発狂するぐらいだから、本業の小説のネタが出てこないのかと思ったのに、まさか普段は何も心配なんていらない趣味の方だとは…
親友の佳奈美は、今が人気絶頂の小説家の『佐々木佳奈美』である。
その人気の所以は、読者が彼女の小説を開いた瞬間からその描かれている物語の中に入り込めてしまえると言う不思議な魅力と本人に書けないジャンルなどないと思う程の幅広いジャンルに精通していること。
それこそ、彼女が今まで書いてきたジャンルは、純愛、青春と言う読んでいて瑞々しい作品からホラー、サスペンスなどの狂気が孕む恐々とした作品、男女がより深く裸で絡み合う官能物、性別の壁が重く圧し掛かる同性愛物、歴史に忠実な歴史物など数多いのだ。
そして、そのどれもが映画化やドラマになる程に売れており、今や彼女の名前を知らない人はいないの知名度を誇っている…のだが、そんな輝かしい有名な小説家である彼女には裏の顔がある。
その裏の顔と言うのが、趣味で二次創作を描く小説家『Kanami』と言う顔。
この顔は、表の顔『佐々木佳奈美』で出来ないようなことを思い切り、好き勝手出来るように作られた所謂、彼女のストレス発散用に作られたものである。
だから、彼女が執筆活動をする時は、いつも本業用の小説制作と趣味でストレス解消用の小説制作の二つを同時に取り組み、作り上げていくのだ。
書きたいと言う欲求がストレスになり、本業が滞らぬよう…そして、ストレスのせいで作品の精度が落ちぬように。
趣味用はある意味、彼女が物語を作り出していくの上で最も重要なことだ。
そのため、彼女は趣味用のネタで困ったことは過去は一度もない…それは、そうだ。
だって、趣味の方はあくまで彼女が好き勝手に出来るものなのだから、困るわけがないのだ。
なのに…趣味用で発狂するとは何事か?
――いや、いくら趣味用だとは言え、佳奈美にして見れば、大事な仕事に関わってくるんだから大変なことなんだから、そんな厳しいことを言ってはダメだよね…
徐々に彼女が趣味用のネタがないことに対して発狂したことに仄かな苛立ちを覚え始めたが、彼女の仕事のためならば致し方がないと自分を宥め、私は、彼女の力になるべく、ネタが出やすくなるような話し合いを続行する。
「…なるほど、それで〆切に間に合わないって叫んでた訳か…それは大変な状況ね。
ちなみにさ、何の漫画の夢小説を書こうとしたの?」
「えっと、瑞希はわからないと思うけど…『文豪ストレイドッグス』って言う漫画」
「『文豪ストレイドッグス』?
…どんな内容の漫画な訳?」
「近代文学の大作家である文豪様達が異能力って言う、特殊な能力を持って、戦う漫画!」
「…文豪達が特殊能力?
え…って、ことは、『太宰治』とか『芥川龍之介』とかが何かしらの特殊能力を持って、戦う漫画ってこと?」
「そうよ!
さすが、瑞希、飲み込みが早い!
あ、ちなみにこれがその漫画とアニメのDVDなんだけど…もうね、文豪達の特殊能力設定からキャラデザまで最高なのよ。
そして、その最高な設定とキャラデザに動きを吹き込んだアニメなんか、圧巻よ!
アニメの戦闘シーンとかなんて、アニメーションの動きとか、あとそのシーンの音楽チョイスがすごく良くて、めちゃ文豪達にハートを奪われる。ほんと、『文豪ストレイドッグス』を作ってくれた人、神!」
そして、話し合いの最中、ちょっとした話題から佳奈美のオタク魂に火を付けてしまったようで、やけに興奮気味に作品を目の前に並べられた。
その並べられた漫画や小説、DVDのケースを軽く眺めながら、私は、漫画の1巻を手に取り、ペラリと最初のページをめくり、パラパラと数ページ流し読みをしてみる。
「…ふぅ~ん、『山月記』の『中島敦』。そのまんまの設定じゃん」
大体、一話が読み終わった所で、一度、見るのを中断し、私は簡単に感じたことをぼそりと呟いた。
そうすれば、熱く語ることを待っていましたと言う顔で目をキラキラさせながら、やや興奮気味に佳奈美は話し始める。
「まさに中島敦が虎になってるからね。
いや~それにしても山月記とかすごい懐かしいな…昔、国語のテストで李徴が発狂した理由を答えよって、言う問題で『パンツを履いていなかったから』て真剣に書いたのが今ではいい思い出だよ」
「そんな情報、文面のどこにも書いてないでしょうが…」
「え、だって、虎になったんだよ?!
普通、隠すところが隠れてなかったら、誰だって発狂するでしょうが」
「逞しい妄想力」
「伊達に小説家になってないでしょう?」
「はあ、本当ポジティブな奴だよね…アンタは。
てか、話戻るけど、『太宰治』の『人間失格』が異能力無効化とか、この世界観の中で最強過ぎじゃない?」
「あ、やっぱり、瑞希もそう思う?!
すごいよね、太宰さん! その人、マジで頭が良くてさ、こうなることは全て計算済みって言う人でね、本当、カッコイイのよ!」
「…冒頭、入水しているような自殺志願者が?」
「その生きていることに絶望をしている危うさもまた彼の魅力の一つよ!」
「…そう。てことはアンタの推しは、この自殺志願者って訳ね。
だから、最後の結末で心中するなんて言う、バッドエンドを用意したい訳か…」
「本当、察しがいいわね、瑞希は。
そういうことだから、この物語は太宰さん落ちと決めてあるから、そこを踏まえながら、夢主の設定を決めていきたいな!」
「夢主の設定が決まれば、物語は作れそうな訳?」
「もちろん!
夢主の設定が決まれば、粗方のストーリーが組み立てられて、いつも見たくスムーズに書き出せるよ!」
「ふぅ~ん、じゃあ、終わりが太宰と心中をする結末なら、夢主も生きることに絶望を覚える状況にするしかないんじゃない?」
「生きることに絶望を覚える状況…か、例えば?」
「ん~…オメガバーズのオメガみたいに人を狂わせるような色香が意図せず出てて、よく襲われてみたいな設定とか?」
「…おお!
それなら、色香は年中出てた方が更に絶望感が得られるわね…それ、頂き!
あ、てことは…文豪の世界観に合わせたら、異能力者って言う設定にして…」
彼女が興奮気味に話す内容を私なりに整理しながら、佳奈美が描きたい結末に対し、私が適当に思い付いたようなことを話してみた結果…それが彼女の創作の神を降臨させることに成功したようだ。
佳奈美は、急にノートとペンを取り出し、私が目の前にいる事などすっかり忘れて何かに憑りつかれたかのようにブツブツと言葉を呟きながら文字を書き始めてしまう。
―――ようやく、『ゾーン』に入ったわね…
そんな周囲のことが見えなくなってしまう程に集中し始めた佳奈美を目にした私は、これで彼女の仕事が進むことに安堵し、あとは彼女を放置すればいいと判断したため、自分のことをし始める。
いつもなら、絶対に目の前に置いてある中途半端に読んだ漫画を手に取り、読み進めるのだが…目の前で必死に仕事をする親友がいる手前で、自分だけが娯楽に走るのも申し訳なく感じてしまったため、私も仕事をすることにした。
確か、今度YouTubeに上げる動画の音チェックの仕事がまだ残っていたはずだと、頭のすみっこに追いやっていたことを思い出した私は、目の前に置いてあるパソコンを開き、音源のデータチェックに移る。
佳奈美の集中が途切れぬように、私がパソコンへと高音質のヘッドフォンを差し込み、耳へと装着しようと動き出した…その時だった。
「てかさ…」
突如、自分の世界に入り込んでいたはずの佳奈美が私の目を捕えながら、声をかけてきた。
その唐突な行動に最初は驚いたように目を瞬かせたが、何か言いたげなその雰囲気を察し、私は一度持ったヘッドフォンをまた机に置き、佳奈美の話へ耳を傾ける。
「ん?
どうしたの?」
「この夢主をアンタに当て嵌めるとものすごく簡単に書けることが出来るって、わかったわ。
だからさ、瑞希。私の小説の餌になってよ」
そうすれば、彼女はあっけらかんとした表情で私を更に驚かせる言葉を投げつけてきた。
さすがに、自分が彼女の物語の餌食になる可能性が出てくるとなれば、聞き流してもいられないため、私は確かめるように彼女に問いかけをする。
「…は? え、私が主人公ってこと?」
「そう、私の夢小説の主人公よ!
アンタ程、『文豪ストレイドッグス』の世界観に居ても、おかしくない存在はいないわ!」
「…ちなみにさ、私をモデルにした主人公の設定を聞いてもいい?」
「いいわよ。えっと、瑞希の設定なんだけど…」
そして、私の問いかけに対し、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた親友は、私をモデルにした主人公の概要を話し出す。
私をモデルにした主人公の設定は以下の通りだ。
主人公は、メインに『異能力者の異能を底上げすることが出来る』異能力とサブに『人を惑わす色香で相手を意のままに操れる』異能力の複数を兼ね揃えている異能力者。
パッと見た限りでは、かなり最強そうな内容の異能に見えるが…実は、この異能、使いこなすためにはある条件を満たしていないと使うことさえ出来ないと言うデメリットが潜んでいる。
その条件と言うのが、『異能力者との契り』つまり、主人公が異性の異能力者と肉体関係を持たないとせっかくの異能が使うことが出来ないと言うものだった。
しかも、その異能は一度だけの契りでは、思った程、主人公の異能力の精度が上がらないようで、異能力者の異能底上げをする力も微弱で相手を意のままに操ることもあまり出来ない仕組みなっており、主人公の異能の精度を上げるためには幾度となく異能力者と体を重ね合わせなくてはならないのだとか。
本当、制限や問題が多く、そして何とも受動的な異能である。
あと、これは余談らしいのだが…バッドエンド要素を強めるために、サブの異能『人を惑わす色香』には、更なる問題点を三つ程、追加されている。
まず、問題点一つ目は、異能力者に抱かれていない無力な状態であっても微弱ながら出ていると言うもの。
その微弱な色香は、人を惹きつけるぐらいの力があるようだ。偶にその色香だけで狂ってしまう人間がいるらしく、そういう人間はストーカーに変貌してしまい、主人公を襲うと言う設定が盛り込まれている。
次に問題点二つ目、主人公と肉体関係を一度でも持った人物は、色香が通じなくなるため、サブの異能は通じなくなると言うこと。
これは、主人公にとって人を意のままに操れる異能が通じなくなるため、その相手が主人公にとっての弱点になってしまうため、注意しなくてはならない事柄である。
そして、最後の問題点三つ目、何度も異能力者と契りを交わしていく内に、色香が人を狂わせる程の力が備わってしまうと言うもの。
それこそ、そこに主人公が存在するだけで、狂わされてしまうため、存在自身が厄災となってしまえると言うわけだ。
どう見ても、バッドエンドしか望めないような主人公の設定なのは、間違いないだろう。
そして、一通りの設定を佳奈美は言い終えた後、酷く満ち足りた表情を浮かべながら、楽し気に私に問いかけてくる。
「と、以上の設定は、瑞希の平々凡々な容姿なのに何故かストーカーによく襲われてる体質と付き合ってきた男が皆、出世していると言う事実を元に作り上げた設定なんだけど、どうかしら?」
「うん、本当、人の特徴をよく捉えてるよね…まさに私が異能力者になったら、そうなりそう」
その問いに本来は、抵抗をし、否定すべきなのだが…私の普段、疑問に思っていた謎の『ストーカーに襲われる体質』と何故か『付き合ってきた男が出世している』と言う現象をそういう異能で片付けるとすっきりとしたため、思わず、納得をしてしまった。
「でしょう?」
そんな否定することなく、納得した様子の私を横目で見た佳奈美は、誇らしげな笑顔を向けてくる。
何とも憎めない愛嬌を感じた私は、バッドエンド要素しかない主人公設定のモデルにされたことを咎める気力が削がれてしまい、何ともお手上げな状況についおどけたように降参ポーズを取り、小さく微笑んだ。
「さすがは、佳奈美先生です。
私までネタに使ったこと、怒ろうかと思ったけど…つい、納得するような設定を作られたら、怒る気力もなくなっちゃったよ」
「当たり前でしょう。
大事な親友をネタにしたんだから、最高の形で再現しないと」
「ありがたい話だね…で、ちなみにその主人公はどんな末路を辿って、心中するつもりなの?」
そして、お手上げついでにと自分がモデルになった主人公がどんな物語を辿っていくのかを興味本位に聞いてみれば、彼女は目を爛々とさせながら、楽し気に物語の概要を語り始める。
「そうね…。
まずは、主人公が12歳の頃に両親と歩いている所を主人公の微弱な色香にやられたストーカーに襲われて、両親が目の前で殺されると言う悲劇から物語をスタートさせるつもりよ」
「…おお、結構、パンチのあるスタートね」
「まだ、これぐらいパンチの内に入らないわよ。
それで、微弱な色香で狂人と化したストーカーはあろうことか、主人公までも一緒に殺そうと襲ってくるの」
「えぇ…最初からクライマックス」
「でも、そこに未来のマフィアボスである森鴎外さんと言う町医者が通り掛かって、そのストーカーを殺し、主人公を救ってくれるんだけど…森さんに拾われたのが主人公の運の尽きだった」
「…と、言うと?」
「主人公を善意で救ったように見える、この森鴎外は、すごいロリコンでね…丁度、拾った主人公は12歳と、彼の守備範囲に入ってしまっている」
「なるほど…、つまりは好みの女の子を手に入れることが出来たから、囲った、と?」
「ご名答。
しかも、ただ愛でるためだけに囲ったんじゃないわよ。
森さんは主人公を自分の性の捌け口にするために囲ったんだから」
「…うわ…最悪。
12歳の幼気な少女に手を出すとか、大人として終わってる」
「仕方がないわよ、そういう趣味なんだから。
で、話続けるけど…森さんは主人公を何度も抱いた際に、主人公が『異能力者の異能を底上げする』異能力者だと気づいてしまったため、主人公が森さんの守備範囲外になる時を見て、森さんは主人公に組織内のすべての異能力者と肉体関係を持たせ、最強の組織作りをすることを決意するの。
まあ、所謂、森さんの組織専属の花魁って所かな~。しかも、悲しいことに、森さんは一度、抱いちゃってるから主人公のサブの異能は通用しないもんだから、余計に主人公は森さんから逃げられない」
「ひ、悲惨な…え、しかも、そんな状況だったら、主人公のサブの異能は色香が強くなっているから、外に出たら外に出たで、危険なことに変わりないから…下手に外に出ることも出来ない」
「そう、だから、一生、森さんが作り上げた鳥籠の中で死ぬのを待つだけって訳」
「…そりゃあ、早く死にたいって思うわ」
「でしょ、でしょ!
で、そんな所に、主人公の異能力が通じない太宰君と出会い、お互いが生に絶望している価値観を持っていることから自然と惹かれ合って…二人は真の意味で結ばれる。
そして、太宰君の愛の告白で一緒に死のうと言う魅力的な彼の誘いに主人公は応じ、晴れて二人は死ぬことが出来ました…めでたし、めでたしみたいな?」
「うん、ものすっごく重い最期!
そして、それはめでたしとは言えないかな!」
全ての物語の流れを話し終え、かなり大満足の内容が出来たと言わんばかりの表情を浮かべる佳奈美に私もまた、清々しいまでの笑顔を浮かべながら思わず、悲惨すぎる物語に盛大なツッコミを入れてしまう。
「え~、めでたしでしょう!
真に自分を愛してくれている人と共に死ねて、しかも苦しみから解放されるのなら、最高の幸せでしょうが」
そんな突然の盛大なツッコミに、不満気に頬を膨らませ、食って掛かる佳奈美。
それは至極当然のことだ…何せ、私はこの物語の結末が『死』であることを知っていて、尚且つ、それに拍車を掛けるようなアドバイスを彼女にしたのだから。
まさか結末を知り、剰え、アドバイスをした私から否定的なツッコミが飛び交うとは思いも寄らなかったことだろう。
―――普段の私なら、絶対に彼女が考える構成に文句なんて言わないけど、『今回』は…ね。
そう、普段は絶対に文句など言わない。
彼女の考え出す物語は、どれも魅力的だ…今回の物語だって、ちゃんと彼女の趣旨に乗っ取り、結末は『死』であれ、とても綺麗な結末を迎えているとは思う。
思うのだが…、それを私は素直に受け入れられない。
理由は簡単。この物語の主人公のモデルが…『私』であるからだ。
最初は、普通に主人公を別人格として捉えた上で、物語構成を聞いていたのだが…物語に読者を引き込める力を持つ佳奈美から考え出した物語の概要を聞き進めていく内に、私は、何の救いもない主人公に同情かつ同調してしまったである。
だから、私はついつい熱くなって、彼女に異論を唱え出す。
「いや、ちゃんとわかってるよ…『生』に絶望している主人公が、『死』を迎えることが何よりも幸せだってことはさ。
でも…でもさ、救いがあまりにも極端すぎじゃない?!
もう少し、主人公に救いをあげてよ…だって、両親が自分のせいで死んだ上、変なロリコン野郎には捕まり、いいように利用されて、最後は『死』って…可哀想でしょうが」
「極端な救いだからこそ、結末が『死』であっても、よかったと思えるんじゃないのよ。
てか、何、アンタ、もしかして、主人公に同情してるわけ?」
「私がモデルになってる主人公なんだから、そりゃあ、同情もするでしょうが…
いや、そもそも佳奈美は、長年連れ添ってきた親友をこんな悲しい結末の主人公に仕立て上げて、悪いとは思わない訳?!」
「え、全然! 寧ろ、私の好みの物語を作り出す主人公になってくれてラッキーぐらいにしか思わないわよ」
私の必死の異論が佳奈美に届くようにとわざわざ同情を誘うように訴えたのだが…全く彼女には通じなかったようだ。
彼女は、何も悪びれた表情をすることなく、あっけらかんとした表情のまま、清々しくも私の同情を誘う言葉を切り捨ててしまう。
「…ねえ、佳奈美、私の事、本当は嫌いでしょう?」
そんな血も涙もない親友に、私は頭を抱えながら、つい『嫌い』の有無を問うていた。
「嫌だな、そんなことないって。
嫌いだったら、こんな同じマンションの部屋で暮らしたりしないよ」
彼女は私の問いの『嫌い』と言う言葉を即座に否定をする。
だが、否定はしているものの…どこか悲壮感漂っている私を見ながら、至極楽しそうにしている様子が伺えるため、これは完全に人で遊んでいるのがわかった。
―――コイツ、人で遊びやがって…そっちがその気なら、私だって…
「…嫌いじゃないって言うなら、さ。
それを証明するために、あまりにも可哀想な主人公が少しは、ハッピーエンドになるような物語を考えてくれない?」
私は、完全に人を使って楽しんでいる佳奈美に小さな反抗心が芽生えたため、彼女が考え出した物語の修正の申入れをした。
本来であれば、ここまで佳奈美の中で完成された物語を覆すことなど不可能なのはわかっているのだが…もし、この物語修正案が彼女の中で『有り』だと感じれば、この物語はハッピーエンドに切り替わることが出来、主人公も私も泣かずに済むことが出来るのだ。
ならば、彼女が書いてもいいと魅力を感じるように誘導すればいい。
――ぶっちゃけ、この物語をハッピーエンドに覆すのなんて、1%にも満たないとは思うけど…
でも、やらなければ、そもそも覆すことも出来ないのだから…やるしかない。
「え~~…この話は、主人公と太宰君が一緒に死んで幸せでハッピーエンドなのよ。
他のハッピーエンドなんてありえないわよ」
覆すべく、異議申し立ての言葉を上げれば、当たり前のように不服そうな佳奈美の声が上がる。
だが、めげない…この物語を穏便なハッピーエンドにするために、私は諦めるつもりはないのだから。
「まあまあ、そう言わず…、もしかしたら、そっちの方が書きたいって思えるかもしれないわよ?」
「…もしかして、何かいいネタでもある訳?」
「いいネタ…って、訳じゃないけど、私に一つ提案があるの」
私は、必死にない頭から知恵を振り絞り、たった一つだけ、彼女の興味を勝ち取り、もしかしたら、逆転を勝ち取ることが出来るチャンスを思い付いたので、早速、声に出し、提案をしてみる。
「ふぅ~ん…何?
言っておくけど、主人公の設定からの改変は受け付けないからね」
そうすれば、どことなく自信あり気な表情を見せる私に、何か秘策があることを感じ取った彼女は、満更でもない表情を浮かべ、頬杖を突き、こちらの言い分を聞く体制になった。
その姿だけ見た私は、第一の難関をクリア出来たことを理解し、心中でじっくりと達成感を味わいながら、次なる彼女の心を惹きつける言葉を間髪入れずに紡ぐ。
「もちろん! 主人公はそのままの設定でいいよ。
また一から設定するのは、大変なことだしね。
ただ、私が提案したのは、その主人公を丸々私にできないかなって思ったの」
「主人公を、瑞希に?
…トリップもの、もしくは転生ものにするってこと?」
「そう!
ほら、設定が出来ても、まだ主人公の人格まで考えて作り上げるのって大変じゃない?
だったら、ここにある自分がよく知る人格を使って、物語を書いていく方が随分と楽に書けると思うんだけど…どうかな?」
私が紡いだ言葉…それは、彼女が絶対に書く上で苦労するであろう、主人公の人格を全て私にしてしまえばいいと言うものだ。
そうすることで、彼女は人格までわざわざ考えずとも、長年連れ添った親友である私が思ったこと、行動することをすぐに書き込むことが出来るため、すぐに物語を書き進めるメリットが生まれる。
更に私が、彼女の描く主人公であると言うことから『とあること』を彼女から提案されるはずなので、よりハッピーエンドの道が開かれる可能性が生まれる事だろう。
恐らく、彼女はそのメリットがかなり魅力的なため、私の提案を断ることはない。
それが、私のハッピーエンドをもぎ取るための策だとも気づかずに…彼女は罠に嵌るのだから。
「ん~…そう言われると、アンタ自身が異能力者だったらと言う前提で考えた設定だから、性格的なものとかもアンタでと言うなら、私も想像しやすいし、書きやすいか…」
「でしょう?」
「…いいわよ、じゃあ、ここは乙女ゲーム方式でアンタが決めた選択肢でルート変更をかけていくってのはどう?
あ、それと、もしそのルート変更で私の性癖に嵌らないとか面白くないと思ったら、この話は当初通りに太宰君と主人公が『死』と言う結末の話で進むってことは許してちょうだいよね」
「うん、わかった! それでいいよ!」
―――よし、来た! 乙女ゲーム風、ネタ合わせ!
私は、待ちに待ったタイミングがやって来て、思わず、ガッツポーズをする。
そう、私は待ちわびた『とあること』と言うのが、この乙女ゲーム風のネタ合わせだ。
これは、主人公が『私』であった場合に発動されるもので、内容としてはネタ合わせをする際に、乙女ゲーム風に場面場面でどんな行動を取るか、どんな言葉を相手に掛けるのかを選択していくと言うもの。
そして、私が選択した内容で佳奈美が物語の未来を決めていき、作品を作り出していくのだ。
――これさえ、発動すれば、私がより有利にハッピーエンドをもぎ取れる可能性が出てくる。
目標は、『死』を免れる結末。これが私の最低限の条件だ。
「じゃあ、まずは…何らかの原因で文豪世界にトリップ、または転生したアンタは12歳のストーカーに襲われ、両親が殺される所からのスタートするけど…アンタならその後、どうするの?」
そんな意気込みを心に秘めているのを彼女に気づかれないように隠しながら、真剣な表情で私へと選択を迫ってくる佳奈美に私は、気を取り直し、じっくりと考えて答えていく。
「逃げる。絶対にそのイカれたストーカーに殺されたくないし…」
「まあ、中身は大人で…しかも、変にストーカーに襲われ慣れてるアンタだったら、腰を抜かして逃げられないなんてことはないか。
うん、OK…あ、でも、そうなると、助ける予定の森さんが近くにいるはずだから、多分、その人にまず、見つかると思うけど、森さんと出会ったアンタは、どうするつもり?」
「…きっと、私は昔から危険な人を嗅ぎ分けられる能力が備わってるから、きっと、その人の手を握ることはないと思うのよね…よって、その人からも逃げる」
「確かに…アンタのその、本能的な『危険な人物嗅ぎ分け能力』の高さは、毎度、私も驚かされてるからね…。
そうなると、アンタは森さんに出逢っても逃げる結末が妥当か…そうなると、ストーカーからアンタを助けてくれる助っ人を用意しておいた方が物語的にはいいな…用意するなら、ポートマフィアルート一択。
よし、ここは文豪の一番の良心である『織田作』を投入しよう! その方が、ポートマフィアに主人公を絡ませやすいし!」
一つ一つの選択肢に全神経を使いながら、最初からクライマックス過ぎる展開を解決していく私に、解決後の物語に不自然さがないかを確かめながら修正をし始める佳奈美。
この一糸乱れぬやり取りは、まだまだ続いていく。
「と、なると…織田作に助けられた主人公は、しばらくは平和に暮らしていけるけど…それは、長くは続かないでしょうね。
普段から、人を惑わす色香がどうしても邪魔をして、普通の生活は出来なくなるだろうし…恋愛だって、するにしても異能力が無駄にチラついて、まともな恋愛も出来ないしね」
「…もし、自分でもどうすることが出来ないぐらいまでヤバくなったら、自分の能力を活かせる場所を探して、自分の体を使ってでもフルで活用するよ、死にたくないし」
「自分の能力を活かす場所…か。え、いいわね、それ! 主人公のサブの異能を使えば、ある意味最強だし! どこの組織も喉から手が出る程に欲しい存在になる。
うわ、いいわね…それこそ、主人公の異能力活用方法を考え出すのが、太宰君と言う設定にすれば、私的にすごい美味しい展開が…」
「あ、それと恋愛については、一応、しない気持ちではあるけど、恋しないって絶対に言えないから、その場合は、最悪、異能力無効化の太宰治をうまく利用できないものかと模索するかな」
「太宰君を…利用する…だ、と?!」
「あ、ダメ?」
「いや、最高! 最高だわ、瑞希!!
アンタ、天才か! そうよ、膨れ上がった主人公の異能を無効化する方法を太宰君に抱かれれば、抑えることが出来るって言う設定にすれば、全てが上手く収まる!
そして、そうなる展開になると言うことは、必ず、主人公と太宰君の他に違う異能力者の存在が必要な訳で…え、泥沼化する三角関係とかいいな」
「…私的には、どうしても普通に幸せになれる選択肢がないのが悲しいけど…まあ、死なないなら、いいかな」
「あ、でも、その末にどちらかと心中って言うのもありか?」
「ねえ、やっぱり私のこと嫌いでしょう?」
「いや、そんなことない、そんなことないよ。
こんな最高な物語構成を考え出してくれた親友を嫌いになるわけがないじゃない」
「本当かな…」
「本当だって。
まあ、主人公が『生』に執着する理由が欲しいから、一度、現代で若くしてストーカーに襲われて亡くなったって言う設定を盛り込むつもりだけど」
「何だ、その必ず、死ななきゃならない設定は!?
どんな鬼畜だ…やっぱり、私の事、嫌いだよね?!」
「あははは、そんなこと気にしない、気にしない!」
あらゆる攻防の末、やはり一度、主人公は死ななくてはならないことを告げられた私は、何とも言えぬ敗北感に駆られ、机に項垂れてしまった。
そんな項垂れる私など、気にもしていないと言うように、とても愉快そうな笑い声を上げた佳奈美は、とても有意義な話になった乙女ゲーム風ネタ合わせの概要を一気に紙へ書き込み始めてしまう。
それこそ、先程の打合せのおかげで不確かな所は何もなくなったため、後はスムーズに物語構成を完成させられることだろう。所謂、冒頭の彼女が言っていた『創作の神降臨』状態だ。
こうなってしまった彼女は、こちらがいくら反論を示したとしても聞く耳を持ってくれないため、もうここは、何も言わず、ただ物語の完成を待つしかない。
―――はあ…変に頭を使ったせいか、甘いものが食べたくなってきた…
今日はいつも以上に、頭を使ったせいで脳がより強く糖分を要求してきたため、私は我慢できず、項垂れていた体を起こし、そっと椅子から立ち上がって、家を出る準備をする。
「…はあ、すぐ下のコンビニで新作のお菓子買ってくる」
部屋の鍵を持ち、ルームウェアの上から軽くロングカーディガンを羽織ってから、私は、『神降臨』モードの佳奈美に出掛けることを一声掛けた。
「ああ、気を付けてね。確か、アンタ、まだストーカーに狙われてたでしょう?」
そうすれば、ネタを書き上げるのに必死になっている佳奈美は、一切、私の方を見ることなく、どこか事務的な声で返事をしてくる。
そう、完全に仕事モードに突入した佳奈美は、人を思いやる事すらも抜け落ちる程に集中してしまっているのだから仕方がないのだ。
「この間、捕まったから大丈夫だよ」
「そう、ならいいけど、死なないでよね」
「不吉なことを言うんじゃないよ…全く。
じゃあ、私、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
そんな仕事モードになっている佳奈美と軽く会話をした後、私は、早々に玄関へと向かい、外へと繋がる扉を開けて、家を出て行ったのだった。
―――それが、佳奈美との最後の会話になるとも知らず…
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