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プロローグ 一歩ずつ、幸福へと進む
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真綿で包まれているような心地の良い温かさに気づき、私は重く閉じられていた瞼をゆっくりと動かし、目を開く。
すると、すぐに見知らぬ天井が私の視界に飛び込んできたため、私は軽い驚きから何度か瞬きを繰り返してしまった。
―――あれ、どこだ…ここ…
私は、必死になって起き抜けの頭を動かし、私は自分の記憶を手繰り寄せて行く。
確か、私は呆気なく一度目の人生を終え…親友が書こうとしていたバッドエンド要素しかない夢小説の主人公として転生をしてしまったのだ。
そして、彼女が思い描いていた物語の冒頭のように、私はストーカーに親を殺され、更には自分も殺されそうになったため、必死になって逃げた先には変態ロリコン野郎と遭遇すると言う最悪な状況に追い込まれる。
幸運にも何とか、その場も命からがら逃げることができ、更にはハッピーエンドに必須な救世主、『織田作』に出会えることが出来たのだ。
――そう、だ…それで、安心し過ぎた挙句、その場で気を失ったんだ
ようやく、手繰り寄せた記憶が気を失う前までの記憶を取り戻したことで、ずっと霞が掛かったかのようにぼんやりとしていた頭が晴れ、脳が正常に動き出した。
恐らく、私が倒れた後、私は織田作の自宅のベッドへと運ばれたのだろう。
彼と出会った時に嗅いだどこかホッとする匂いが辺り一面に広がっているのが、その証拠だ。
そうなると、私は、彼の普段使っているベッドで眠らされていることになる訳で…
―――まずい、迷惑を掛けた上、ベッドを占領してしまった!!
私の中に沸いた疑問が徐々に解決されるにつれ、今、自分がどれだけの無礼を働いているのかを理解した私は、慌てて、体を起こそうと力を入れた…その時だ。
「ぃ、ったぁ…」
重く鈍い痛みが体全身を駆け巡る。
そのため、私は完全に体を起こすことが出来ず、また体をベッドに沈めてしまった。
はて、動かす度に感じる、このどこかで経験した時のあるような鈍い痛みは…なんだろうか?
私は、不可抗力ながらまたも彼の匂いと温かく柔らかい布団に身を包まれながら、痛みの原因について考え出す。
ストーカーに襲われそうになったものの、別段、大きな怪我をした訳ではない。
でなければ、私はストーカーや変態ロリコン野郎から走って逃げ切ることなど出来はしなかったはずである。
――そうよ、捕まらないように全力で走ってたんだから怪我じゃ…
そこまで思考を巡らせた瞬間、私の中でとある答えが浮かび上がってくる。
それを確認するために、私はわざと足を動かして見た。
すると、足は上半身よりも更に重く鈍い痛みを訴え、動かすことを強く拒んできたため、私は、浮かび上がった答えに確信をする。
―――うん、あれだけ全力疾走で駆け抜ければ、そりゃあ、筋肉痛にもなるよね…
どこか、経験した時があるような痛みだと感じたのは、そのせいだったかと変に納得をしてしまった。
そして、同時に筋肉痛だけで済んだことにホッと胸を撫でおろす。
無事に生きていることにじんわりと感傷に浸りながらも、この部屋の主の行方が気になった私は、感傷に浸っていたのを止め、痛む体をゆっくりと起こし、周囲を見渡すことにした。
真っ先に私の視界に入ってきた情報は、必要最低限の物しか置いていない実にシンプルな部屋と部屋の主の不在の二つ。
別の部屋にでも待機しているのかと耳も凝らしてみたが、私が寝かされている部屋の向こう側からは一切、音がしないため、部屋の主はどこかに出かけているらしく家を留守にしていることがわかる。
――織田作は、どこに行ったんだろう?
素朴な疑問を抱いた瞬間、突然、部屋の向こうから扉の鍵を開け、中へ人が入ってくるような音が聞こえてきた。
同時に、ビニール袋のカサカサと言う音も聞こえてきたので、もしかしたら、織田作は買い物をしていたのかもしれない。
食料品の買い出しか、はたまた消耗品の買い出しか。
そんな音だけの情報を必死に収集し、現状を正しく理解しようと集中していれば、私がいる部屋へ向かう足跡が聞こえてきた。
きっと、彼が私の様子を見に来たのだろうと、すぐにわかった私は、固く閉ざされた部屋の扉へと視線を向け、織田作が入ってくることを待つ。
そうしてれば、ドアノブが下げられたかと思えば、すぐに扉が開かれ、私が思い描いていた赤毛の青年が姿を現した。
「起きたか?」
そして、起き上がっていた私を見た青年は微笑みを浮かべながら、私の声を掛け、ベッドの横へと歩み寄ってくる。
その優しさが滲み出る動きに、つい顔が綻び、彼と同じような笑みをしながら、私は話し始めた。
「はい、つい先程。
そんなことより、織田、さん…すみませんでした。
ベッドをお借りしてしまって」
「ああ、別にそんなこと気にしなくていい。
体の方は大丈夫か?」
「あ~…えっと、全身が筋肉痛って、こと以外は大丈夫です」
「そうか、それは大変だな。
あまり無理はするなよ…お前、随分と疲れてたみたいで倒れてからほぼ一日、寝てたんだからな」
終始和やかな雰囲気のまま、話を進めて行けば、普通に話すことが出来る私を見た織田作がどこか安心したと言うような表情を浮かべ、頭を優しく撫でてきた。
その表情から、彼が1日眠り続けていた私を心配してくれていたことが伺え、それがわかった途端、不謹慎ながらも私の心が一気に温まる。
そんなポカポカと温まる心が自分を穏やかにしていくのを感じながら、私は、大きく温かな手の心地よさに目を細め、子供扱いされていることに怒るわけでもなくただ、その優しい彼の手を受け入れた。
「心配を掛けてしまって、すみません。
…あと、安全な場所まで運んで貰って、いえ…助けて頂いて、ありがとうございました。
あの場で、織田さんに助けて貰えなかったら、今頃、どうなっていたことか…」
そして、私は忘れない内にと助けてくれた御礼をすぐに伝える。
ちゃんと、痛む体に鞭を打ち、深々と頭を下げて、精一杯の感謝の意を示す。
「大げさだな…
別に、俺は困っている奴を助けたと言う当たり前の事をしただけに過ぎない。
だから、そんなに畏まって感謝されなくていいぞ」
「なら、私も困っている所を助けてもらった人に御礼を言う当たり前の事をしているだけに過ぎませんよ。
ですから、私の感謝の気持ちは受け取って下さい」
だが、彼にしたら、至極当然の事をしたに過ぎないから過度な感謝は受け付けられないと感謝の気持ちすら受け取ってもらえそうになかったため、私は慌てて、彼の言葉を利用し、少し強引ながらも彼への感謝の意を押し付けた。
すると、自分が付き返そうとした感謝が突然、押し返されたことに驚いたような表情を浮かべた織田作は数回程、瞬きを繰り返した後、真顔で言葉を掛けてくる。
「お前…、切替しが上手いな」
「え、そうですか?
別に普通だと思いますけど…」
「いや、上手かった…まさか、自分より年下の子供に言い包められる日が来るとはな。
…お前、本当に12か?
年齢のわりには、大分、落ち着いているように見えるが…」
その掛けられた彼の言葉に、最初は、適当に流そうとした私だったが…次の彼の発言があまりにも図星を付くものだから、ギクリとし、笑顔のまま表情を固めてしまう
本来なら、慌てて弁解をし、何とかその場を取り繕うべきなのだが…自分が記憶喪失であると言う設定にしている以上、余計なことを言って、墓穴を掘るわけにもいかないので、私はただ黙って、少し困ったように笑う事しか出来なかった。
「まあ、襲われても冷静に逃げることを選べたぐらいだ。
元々、頭が切れる子供なんだろうな」
ただ黙って苦笑を浮かべていれば、織田作は、記憶が無くて何も言えないのであろうと私の都合がいいように自己解決をしてくれたようであまり詰め寄ることなく、その場で話題は終了してくれた。
その事にホッと、胸を撫で下ろし、私は自分に都合が悪い話題が出てこないよう即座に話題を変えてしまう。
「あはは、何か、そう言われると照れちゃいますね…
と、それより、織田さんはどうして、私の年齢が12だって、わかるんですか?
私ですら、自分の年齢をわからないのに」
私が変えた内容は、彼が先程、私の年齢について知っている発言をしたことに対する追求。
彼には、名前しか明かしていないと言うのに、私の年齢を言い当てられると言うことは、ある程度の情報を彼が調べ、知っている可能性がある。
それならば、彼からある程度の、『この世界の私』と言う人物の情報を聞き出し、自分の身の振り方を考えるのが得策だ。
そんな思いから、私は、彼を食い入るように見つめ、情報を聞き出そうとした。
すると、彼は、私の追及に対し、どこか申し訳なさそうな表情をしながら、口を開いてくる。
「ああ、それは…悪いとは思ったんだが、何もわからないと今後について話すこともできないから、お前が寝ている間に、調べさせてもらったんだ。
…ただ、緊急を要したからとは言え、お前の許可なく、勝手に調べるようなことしたのは、本当にすまなかった」
どうやら、勝手に私の個人情報を調べたことに後ろめたさを感じていたらしい。
私の追及に答えた後、すぐ彼は軽く頭を下げて、謝罪をしてきた。
その突然の謝罪に、私は、驚きに目を見開きながら、彼に慌てて手を差し伸べ、頭を上げるように促す。
「あ、いいえ!
謝らないでください!
逆に、何もわからない所から、調べるのは大変でしたでしょうに…私の代わりに調べて下さってありがとうございました」
そして、私の代わりに厄介なことを調べてくれたことに感謝した。
彼の根回しのおかげで、すぐに今後を考えることが出来るのだから、謝ってもらう必要はない。
そんな思いを込め、罪悪感に駆られている彼に視線を送る。
そうすれば、彼は、私の思いを察してくれたのか、小さく笑って、答えてくれた。
「いいや、幸い、お前が自分の身分証明書を身に着けていてくれたから、すぐお前の情報を手に入れることが出来たから、調べるのはそんなに大変ではなかったさ」
「そうですか、それならよかったです」
「ああ、だから気に病むな」
彼の表情に仄かな笑みが戻った事でどこか重い空気だったのが、終始穏やかになった。
こうなれば、すぐに第二の追及をしても何も問題ないと判断した私は、臆することなく、更に切り込んだ質問を織田作にぶつける。
「…あの、不躾なお願いをするようで申し訳ないのですが、織田さんが調べた情報を包み隠さず『全て』私に教えて貰えないでしょうか?」
「…全て、知りたいのか?」
「はい」
「もしかしたら、お前が思い出したくもない辛い記憶を思い出すかもしれないんだぞ?
それでも、知りたいのか?」
「はい…知りたいです。
私がどんな親の元で育った人間なのか、何故、記憶を無くしてしまったのか…そして、どうして、あの時、襲われたのか…知っておかないと私は、このまま前に進めませんから。
だから、どんなに辛い話であっても教えて欲しいです」
そんな私の切り込んだ質問に、織田作は少し表情を曇らせ、話すことを躊躇った。
その様子から、あまり私の耳には入れたくない情報が含まれていることが伺えたのだが、私は彼の気遣いを無視し、私の気持ちが伝わるように言葉を選びながら、真剣な瞳で彼の目を見つめ、無理に話してくれるように頼み込む。
「そうか。
お前は、強いな…わかった、話そう。
あっちの部屋に詳しい資料があるから、あっちで話す…っと、そう言えば、筋肉痛だったな。
動けそうか?」
そうすれば、織田作は、私の並々ならぬ想いに観念したと言う表情を浮かべ、話すことを承諾してくれた。
それに、パッと笑みを浮かべ、小さく頷きながら、私の体を労る言葉に返事をする。
「あ、ゆっくりであれば、動けないわけじゃないので、大丈夫ですよ」
「そうか…じゃあ…」
すると、私の返事を聞いたと同時にベッドの横に座っていた織田作がいきなり立ち上がり、掛けていた布団をめくり上げてきた。
彼の突然の動きに、疑問しか浮かばず、首を傾げ、ただ見つめていれば…
「ん? 織田さん…って、きゃあ?!!」
腰と膝の裏に彼の腕が回され、軽々と私の身体は持ち上げられた。
所謂、お姫様抱っこと言うやつだ。
それを、何も前触れなくやられた私は、当然ながら驚きの声を上げてしまう。
「悪い、痛かったか?」
「あ、いえ…痛くはないです」
「そうか、よかった。
じゃあ、このまま連れてくから、しっかり捕まってろ」
その声を聞いた彼は、乱暴に抱き上げてしまったのかと勘違いをしたらしく、心配そうにこちらも見つめ、私の体を心配してきたため、うっかり私は質問にだけ素直に答えてしまった。
そうすれば、私の答えを聞いた彼は、少し安心したような表情を浮かべたかと思えば、すぐにしっかりと私を抱きかかえ直し、前を見据えて、ゆっくりとした足取りで歩き出す。
そんな彼のどこか流れるような動きに、私は少しだけ見惚れ、呆けていたのだが…ふと、我に返り、慌てて、抗議の声を上げた。
「あ、はい、よろしくお願いします…って、そうじゃなくて!
お、降ろしてください、織田さん!」
「?? 何故だ?
この方が、お前も痛い思いをしないで移動できるからいいじゃないか」
「いや、それはそうなんですけど…ただ、私、重いから…」
「そうか?
重いと言うより、寧ろ、軽いぐらいだぞ。
それに、すぐ隣の部屋に行くだけなんだから、そう気にするな」
私の講義の声など気にも留めない彼は、止まることなく前へと進み、寝室なのであろう部屋の扉を開け、リビングへとやってくる。
―――いや、気にするでしょうが…天然か!
あまりにも、気にしなさすぎるマイペースな彼に、呆れてしまい、思わず、心でツッコミを入れてしまったのだが…
彼は、元々こういう少し天然を拗らせている人なのだろうと察することが出来た私は、何を言っても無駄であることが分かったため、抵抗することを辞め、大人しく彼に自分の身を預けてしまった。
私が抵抗をしなくなってすぐ、リビングに設置されている大きなソファまで彼に運ばれた私は、そこへと座らせられ、そっと膝に彼の上着を掛けられる。
「これが、お前に関する情報が記された書類だ」
そして、ソファの前にあったローテーブルに置かれていた少し分厚い書類を織田作が手に取り、私へと渡してきたので私は、手を伸ばし、それを受け取った。
「これが、私に関する情報の書類…随分と、分厚いんですね。
普通、こんなに情報って集まるもの何ですか?」
「ああ、それは…お前が、警察の保護対象として認定されてたからだろうな。
通常であれば、役所や警察に言って貰える書類は本人の名前と親や親族ぐらいの情報しか集まらないから書類の枚数は数枚で収まる」
「警察の…保護対象?
私、が…ですか?」
「そうだ。
お前は、小さな頃からよく誘拐をされたり、襲われそうになっていたみたいで警察の保護監視対象になっていたみたいだ。
そのおかげで、お前の情報が事細かに書かれてる」
手渡された書類の厚さに、つい疑問を織田作にぶつければ、書類を渡したと同時にキッチンの方へと行ってしまった織田作が簡単にではあるが理由を話してくれた。
その理由を彼から聞いた途端、私が警察の保護対象になったのも私の異能が原因であること納得させられたため、私は、それ以上は追及せず、渡された資料へと目を通すため、ページを開く。
すると、そこにはびっしりと文字がひしめいており、内容は過去、私がどれだけ被害に合ってきたのかが事細かく記されていた。
その内容をざっくりと目で追っていく内に、既に数え切れない程の被害内容が書かれていたものだから、思わず、引き攣ったような声が漏れ出てしまう。
「…すごい、今までの被害内容がびっしり…
と言うか、その前に、私、こんなに被害に合ってたんだ…」
「ざっと、見させてもらったが…今まで誘拐が未遂も含めて、23件。ストーカーのような奴に襲われたと言う被害は、それよりも多くて39件だな」
渡された書類の衝撃に、軽く顔を青ざめさせながら、未だ読み終えていない被害の欄の経歴を見ていれば、キッチンの方へ行っていた織田作が温かな飲み物が入った二つのマグカップを両手に持ち、私の横へと座ってきた。
そして、その片方のマグカップを私にさり気無く渡してきたので、私はそれをありがたく受け取り、マグカップを両手で持ちながら、一口、口に含んだ。
瞬間、口の中に強い甘みを感じたかと思えば、後味にほんのりと苦味が広がる。
どうやら、彼はココアを淹れてくれたようだ。
―――うん、この甘さ…ホッとする
じんわりと染み渡り始めた糖分が、突き付けられた厳しい現実に少し荒くれていた気持ちを落ち着かせていく。
そのおかげもあり、書類を読むスピードが先程よりも数段も上がった。
そのため、私は最後の被害報告である昨日の両親が殺害された件まで読み終わった段階で一通りの感想を口に出す。
「よく、こんなに被害に合って、私、生きて来れましたね。
寧ろ、そこに驚いちゃいますよ」
「確かに、そうだな」
「ん~…昔から、そう言う変な人に襲われる体質だったと言うことですね。
だから、今回、両親が私の代わりに殺されてしまった訳、か」
「……」
自分の中で、解決するためだけに口に出しただけの言葉は、思いの外、事実を淡々と述べてしまったため、隣に座る織田作の顔色を曇らせてしまい、更には口まで重くさせてしまった。
どうやら、私の両親の死の原因が『私自身』であると思われないようにしたかったようだ。
それが表情から見て取れた私は、自分の配慮の無さを叱責しながら、すぐに彼が気に病まないような声を掛ける。
「あっ、あんまり、気にしないで下さい!
この資料を見ても、私、何も思い出せないですし…記憶がない以上、現実味が沸かないので落ち込みたくても落ち込めませんから。
それに、落ち込む暇があるなら、次に自分がどうするべきかを考えるべきですしね」
「そうか…、そうだな。
今後についてを考える方がずっといいよな…悪い、変に気を遣わせた」
「いいえ。
幾ら、自分の情報を整理するためだとは言え、私の言葉に配慮がなかったのは事実ですから、織田さんが謝ることは何もないですよ。
それより…頼る親戚もいない天涯孤独になってしまった私の今後について、織田さんにご相談させて頂きたいんですが、いいですか?」
何とか気にしないようにしてくれた織田作の表情を確認した私は、すかさず『私の今後』についての話題に変更してしまった。
「そこまで、目を通したんだな。
ああ、構わない…俺も、それについて話しておきたいことがあったからな」
「ありがとうございます。
では、まず、織田さんのお話を聞かせて頂けませんか?」
「俺が話しておきたかった事は…
天涯孤独になったお前を引き取りたいと申し出てくれた人がいることを伝えたかったんだ」
「え、…私を引き取りたいって、言う人がいる?
それ、本当…ですか?」
そして、親戚と言う頼れる場所もないと言う大きな問題にぶち当たり、今後をどうするべきか話し始めて早々。
まさかの天涯孤独となった私の身を引き取りたいと申し出てくれた優しい人がいる言う朗報が耳に飛び込んできた。
だが、あまりにもタイミング良く、自分の都合が良すぎる情報が飛び込んできたものだから、思わず、疑うような視線で織田作を見つめ、聞き返してしまう。
そんな疑っている私の様子を見た織田作は、その疑ってしまう気持ちを理解してか、苦笑を浮かべつつも、私を優しく宥めるように頭を撫でてきた。
「まあ、お前にとって都合が良すぎる話し過ぎて、裏を疑う気持ちもわからなくないが…
警察と役所に行って、お前の書類を貰った時に引取希望者の名前が書いてあったから間違いはないぞ」
「…警察と役所の二つに名前が書いてあったなら、さすがに間違いはなさそうですね。
ちなみに…どんな人なのか、聞いてたりします?」
織田作に優しく宥められたこともあり、私の身柄を引き取ってくれると言う良心的な人物が現れたことが嘘偽りがない事を受け入れることが出来た私は、次には、その人物がどう言う人なのかを調べることした。
やはり、自分が『バッドエンド仕様』である以上、ある程度の危険は事前に取り除くべきである。
そんな私を思いを知ってか、知らずか、織田作は私の問いを聞いた途端、聞かれるのを待っていたと言うようにソファの横に置いてあったバックから丸秘と記された書類を出し、私へと渡してきた。
「ああ、お前の身を保護した身としては、変な奴に手渡す訳にはいかないからな。
ちゃんと、聞いてきたよ。
これが、その人の情報が書かれてる資料だ」
「えっ?!
警察と役所が、資料をくれたんですか?!」
一体、何だろうと、書類を受け取り、一ページ程、開き、目を通そうとした時、織田作が驚きの事実を告げてきたものだから、驚きの声を上げ、あまり見てはいけないような気がして思わず、開いていたページを閉じてしまった。
だが、その閉じられた書類は、慌てふためく私とはかなり対照的な、飄々とした様子の織田作にもう一度、書類を開き直される。
その書類に目を通せと言う無言の圧力を掛けてきたので、私は見るのに気が引けると言う想いを視線に込め、織田作を見つめた。
「ああ、一応、今のお前が記憶がない状態を報告したら、その人の情報をすぐに渡されたよ。
相手の情報がないのは、本人も判断に困るだろうからって、な。
それと、引き受けたいと言ってくれた人には、事前に情報開示許可はもらってあるから、そんなに身構える必要はない。安心しろ」
「そう言うことなら…一安心です。
じゃあ、読ませてもらいます」
すると、私が躊躇っている意図が通じたようで、織田作は、私がすごく気にしている点を払拭してくれた。
―――相手に許可を貰ってるなら、一安心ね。
『相手の情報開示許可が出ていること』を聞けた私は、ホッと肩を撫で下ろし、改めて、視線を書類へと向け、読み始めた。
読んだ内容をざっくりと纏めると…
私を引き取りたいと申し出てくれた人は、『Lupin』と言うBarのマスターをしている人らしく、どうやら、今回亡くなった私の父親の古くからの知り合いのようだ。
齢は50を少し超えたぐらい。過去に前歴なし。
頼れる親戚がいない私達親子のために、日頃からよく目を掛けてくれていたようで…
もし、自分達親子に何か合った場合の連絡先に、その人の連絡先を登録されている程に信頼をしているようであった。
書類の最後のページを読み終えた私は、ある程度の情報を纏めるように、思わず、言葉が口から出てしまう。
「私の、父親の知り合い…なんだ」
「その資料には、載ってないが…
お前の幼稚園の送り迎えとかも頼まれて、してたぐらいだから、相当、家族ぐるみで深く付き合ってたみたいだぞ」
ただ自分の中で解決するだけに呟いた言葉が、まさか織田作に拾われるとは思いもせず、少し気まずげに視線を彼に向ければ、彼から気になる言葉が降り注がれたため、私は疑問をそのまま、ぶつけることにした。
「…随分と詳しいですね。
…もしかして、織田さん、その人に会ったんですか?」
「ああ、俺が警察にお前の情報を貰いに行って、身元引受人の資料を貰い終わって帰ろうとした時に、丁度、その人が行方不明になっていたお前の捜索願を出そうとしていた所に鉢合わせてな。
それで、事情を話したら、その人がその時に俺が貰った簡易的な資料以上の物を渡してくれと警察や役所に掛け合ってくれたんだよ…記憶がないお前がちゃんと判断できるようにってな。
…俺が会って、話した感じでは、お前の事をかなり気に掛けているようだったから、あの人は間違いなく頼っても大丈夫だぞ」
私の質問に対し、順を追って説明をしてくれた織田作は、最後に実際に見た身元引受人の人となりについての情報を付け加えて話してくれた。
恐らく、私の身の保証はされているから安心しろと言いたいのだろう。
彼の細やかな気遣いに嬉しさを感じながらも、私は『とある問題』を思い出し、表情を陰らせてしまう。
―――後見人が『いい人』なのは、わかる…だけど、それだからこそ…
「私を混乱させないようにと、身を引いて…その人からしたら見ず知らずの織田さんに個人情報が記されてる資料を渡しちゃうぐらいなので、相当、人がいいのはわかります。
それに織田さんが会って、そう感じるぐらいですから、頼っても問題ない人だとは、理解してるんですが…ただ」
「…ただ?」
「…ほら、織田さん。
私って、昔からかなりストーカーとかに襲われやすい体質じゃないですか?
そんな私と関われば、きっとその内、その人も両親みたいに巻き込まれてしまうかもしれない…そう、思うと、そんないい人を巻き込むのは嫌だな、と」
そう、私が思い出した『とある問題』…それは、私のバッドエンド要素を強めている私の『色香で人を惹きつけ、相手を思いのまま操る』異能は微弱ながらも常に発動していると言う問題。
そのせいで、私の知らぬ間にもストーカーが量産され、私の命を危険に晒すだけでなく、周囲にも大分、迷惑を掛けてしまうのである。
――そう、それこそ、私の両親が死んだように…周囲の人間にも危険が及んでしまう…
だからこそ、『いい人』であるその身元引受人の人には、自分の不幸要素に巻き込み、無駄に命を散らさせたくはないのだ。
せっかく見えた希望の光に縋りつくことが出来ず、振り出しに戻ってしまった現状に気分が沈み、顔を俯けてしまう。
「瑞希…」
「もう、頼る人は、その人しかいないって言うのは、わかってるんですけどね…
どうしても、気持ち的には頼り辛いと言うか…」
「そうか…
なら、お前の危険を取り除けるボディーガードがいれば、問題はないな?」
「え?」
そんな全てに悲観し、打開策が見えなくなってきた時だ。
突然、織田さんが意を決したかのような声を上げ、要領を得ない台詞を吐いてきたため、私は思わず、顔を上げ、聞き返す。
すると、とても真剣そうな瞳が私を捉えてきて…
「俺が、お前の危険を取り除けるボディーガードになってやる。
だから、お前は安心して、その人の世話になるといい」
はっきりと、彼は、耳を疑うような言葉を告げてきた。
あまりの言葉に私は、すぐにその言葉の意味が理解が出来なかったのだが、じっくりと言葉の意味を咀嚼していけば、驚くようなことを言ってきたのが理解できたため、私は慌てて、断りを入れる言葉を紡ぐ。
「…織田、さん。
で、でも…それじゃあ、織田さんだって危険が…」
「俺なら、大丈夫だ。
これでも、護身術と銃には心得があるし…異能力者でもあるから、お前を守るぐらい、どうってことないさ。
まあ、さすがに毎日は、難しいが…空いてる時間は、全てお前に割くつもりだから安心しろ」
「それだと、織田さんの自由な時間が無くなっちゃいますよ!
そこまで貴方が犠牲になれたら、私は、正直、気が引けて嫌です」
「だったら、俺が自由が欲しいって時は、警察に任せるようにすればいいな。
さすがに、今回の件が合ったから警察もお前の保護には協力を惜しまないって言っていたから、大丈夫だろう。
そうしたら、問題はないな?」
だが、その断りの言葉は、全て織田作の手によって、叩き落されてしまい、私はもうこれ以上、抵抗の声を上げることは出来なかった。
―――織田作は、佳奈美がハッピーエンドルートに必須な男として名を上げただけある…本当の善人過ぎる。
沸々と私の底から込み上げる何とも形容し難い感情が視界を歪ませるものだから、私はお礼を言うだけが精一杯だった。
「っ…はい、何から何まで、ありがとうござ、います」
「礼はいいさ。
…よし、そうと決まれば、早速、マスターの所に行くぞ。
お前の住む場所とか、今後の事を色々と話さないといけないからな」
「はい!」
ようやく、私が彼の申し出を受け入れたことに満足した彼は、またも優しく私の頭を撫でてから立ち上がり、広げていた資料をショルダーバッグへと仕舞いこみ、出掛ける準備をし始めた。
私は、その動きに合わせ、痛むからに鞭を入れ、ソファから立ち上がり、すぐに出かけられる意思表示をする。
すると、織田作は立ち上がった私を無言のまま、数秒見つめたかと思えば、膝掛け代わりに使われていた彼の上着を私に羽織らせてきて…
「…?
きゃあ!!? お、織田さん!!」
子供を抱き上げる要領で、腰に手を回したかと思えば、勢いよく抱きかかえられる。
またも、唐突過ぎる織田作の動きに驚きの声を上げてしまった。
「体、痛いんだから無理しなくていい。
それと全然、重くないから気にする必要はない。
ほら、動くからちゃんと俺に捕まってろ」
だが、そんな驚きの声など全く気にしていない織田作は、私が抗議の声を上げる前に先手を切って防がれ、挙句の果てには、実力行使をされてしまう。
そんな頑なに抗議することは許さないと言わんばかりの彼の様子を見た私は、小さくため息を付き、抵抗することはやめ、せめてものお願いをすることにした。
「じゃあ、せめて私に掛けてる上着だけでも羽織ってください。
織田さんが、風邪引くと大変ですから」
「…上着なんて、必要ないから、お前が使え」
「え? …どうしてですか?」
「何故って…
お前をこうして抱いてれば、俺は温かいから、上着なんて必要ないだろう」
「っ…」
―――何て言う殺し文句を平然とした顔で…やっぱり、天然だ…
私のせめてものお願いは、天然過ぎる彼によって、突き返されてしまったため、私は自然と赤くなった顔を隠すように彼の胸に顔を埋め、落ちないように彼の首に腕を回し、彼にされるがままになったのだった。
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