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番外編 特別に変わる瞬間
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太陽が海の底へと沈み、月が優しく夜の街を照らし始めた頃。
私は、心が穏やかになるような、ゆったりとしたジャズ調のメロディーに乗せ、今日もBar『Lupin』のステージで心を込めて歌を歌っていた。
その私から紡ぎ出された歌は、店中に響き渡り、店内でお酒を嗜むお客さんの肴として楽しまれているようだ。
歌いながら見渡した席に座るお客さんの表情は、どこか幸せに満ち足りた笑顔ばかりである。
そんなお客さんの笑顔を作り出すことが出来た事に達成感と小さな幸せを感じてしまった私は、つい感傷的な気分になり、こちらの世界に来てからの現在に至るまでの経緯を思い出してしまう。
――本当、こんな平和な日々を過ごすために、色々なことを諦めてきたなぁ…
私が不慮の事故で一度目の人生を終え、親友が描こうとしていた文豪ストレイドッグスの夢小説の世界へと転生をしてから早3ヶ月の時が流れていた。
その、長いようで短いその3ヶ月の間に、私は、前世の時の状態と現在の状態に差が生じてしまったことに悩まされ、不自由な生活を強いられた。
その差と言うのが…私の異能力である『色香』の強度の違いである。
どうやら、前世の時よりも少しだけ『色香』が強く出ているようで、私が外を歩いただけで必ず、誰か一人は惑わしてしまうのだ。
ただ、すぐ狂ってしまう程の強い『色香』ではないため、襲われると言う心配はないが…ストーカー程度には、狂わせてしまっているので後を追いかけられる。
つまり…私は、現状、歩くストーカー量産機と言う訳だ。
こんな自分では、他人様のご迷惑でしかない。
そのため、私は、己のルールとして、不便ではあるものの外出は極力避けることにした。
なるべく、外の世界に触れないように…お店の手伝い以外は、部屋に引き籠り、暇があれば、歌の練習をしたり、体を動かしたり、小説や漫画、ゲームで気晴らししたりして日々を過ごしている。
―――まあ、さすがに買い物に出かけないって、言う訳にはいかないから、その時は織田作にお願いしてるんだけど…
それだって、あまり織田作に頼り過ぎないように月一で済ませている。
だから、私が出歩けるのは、お付きの人がいる状態で月に一度だけ。
そんな不自由な生活であるが故、当時はかなり自分の自由にできないことへ仄かな苛立ちを覚えていたのだが…
それをやることで、自分の身に危険が降りかからなくなったため、私は、その不自由を受け入れざるえなかったのである。
――でも、不自由の代わりに平和が手に入ったし…、こうして好きな歌を人前で歌えて、平和で暮らせることがどれだけ幸せなことなのか、わかったんだから、よしとするしかない。
そう、今にも自分が不幸であると嘆きそうな己を宥めながら、私は、曲の最後の詩を歌い終える。
今日も自分が満足行く歌が歌えたものだから、程よい達成感のようなものが私を包み込む。
程なくして、ピアノが曲を締めくくる音を奏で、鳴り止み、同時に温かな拍手が私とピアノ奏者に向けられたため、拍手に答えるように少し長く一礼をしてから、私はステージから降りた。
そして、歌い出してからずっと少し離れたカウンターで私を見守っていてくれていた『あの人』の元へと向かおうと歩み出したのだが…
「瑞希ちゃん、今日も最高だったよ!」
「ねえ、もう一曲だけ歌ってよ」
「あ、歌うなら、ちょっとロック調なヤツがいいな」
向かう途中、私の歌を肴に飲んでいた人達の横を通るため、お客さん達からの賛辞の声やアンコールを望まれる声が掛かり、引き止められてしまった。
「ありがとうございます。
それと、皆さん、ごめんなさい!
今日は、ピアノの関さんがこの後、用事があるから、アンコールは受けられないんです。
だから、また、今度にでも」
普段は、お褒めの言葉を貰えるのは、非常に有難いので、真摯に受け答えをするのだが…今日は『あの人』がここに来てくれているため、失礼がないように笑顔を絶やさぬまま、少し流し気味に会話をする。
「えぇ~…そんなぁ…」
「次は、いつ、歌ってくれるの?」
「えっと、次の関さんの都合だと…一週間後の予定ですね」
「そうか!
じゃあ、一週間後にまた来るから、その時は、リクエスト答えてくれよな!」
「はい、お待ちしております。
では、失礼します」
そんな流し気味の会話をしたおかげもあり、ある程度の所で話が切れたので、その隙を狙い、会話を早々に切り上げる。
そして、カウンターで一人座りながら、お酒を楽しむ『あの人』の元へと歩み寄り、声を掛けた。
「織田さん、いらっしゃい!
4日ぶりですね、最近、お仕事忙しいんですか?」
「ああ、ちょっと、色々な仕事があってな」
私の声掛けに、『あの人』改め、私の命の恩人である織田作之助は、苦笑を漏らしながら、言葉を濁してきた。
その様子から、彼が所属している組織のポートマフィアのボスがまた何か変なことを仕出かしたのだろうと察しが付いたので、私は、彼が座る隣の席に座りながら、労いの言葉を掛ける。
「…最近、織田さん所のボス、ご乱心ですもんね。
上がそんな状態だと、下はかなり大変ですよね…本当、今日もお仕事、お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう。
それより、今日の瑞希の歌、心が籠もってて、すごくよかったぞ」
「本当ですか?
今日の歌、結構、練習してたので…そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。
あ、ウイスキーのお代わりは?」
「いや、お前の歌で大分、酒が進んだから、もう十分だ」
「あはは、嬉しい事言ってくれますね。
じゃあ、今は、お水の方が良さそうですから、準備を…」
そんな私の労いの言葉を受け取りながら、世間話を織田作が開始してきたので、私も彼の意向に合わせるべく、彼が快適に話せるよう喉を潤すためと同時に、少し酔いを醒ます意味合いも込め、水の準備をしようと席を立とうとした…その時だ。
「はい、瑞希ちゃん。
これを織田君に…」
ずっと私達の会話をマスターは聞いていたようで、私が動くよりも早くミントと水が入ったピッチャーと氷入りのグラスを私の前へと出してきた。
「ありがとうございます!
さすがです、マスター」
「どう致しまして…じゃあ、織田君の接客は任せたよ」
「はい、任せてください!」
その絶妙なタイミングに、舌を巻きながらも私は感謝の述べ、お冷セットに手を伸ばし、織田作に出すための水を汲み始める。
手元が狂い、少しだけ水を零してしまったが、すぐに台拭きで拭き取り、雫がグラスに付いていない状態を確認してから織田作へと手渡しをする。
「はい、織田さん」
「ああ、ありが…」
そして、水が入ったグラスを受け取るために手を伸ばしてきた織田作の手と私の手が触れ合った瞬間…織田作が言葉を途中にしたまま、何かに驚いたような表情をし、固まってしまった。
「突然、固まって…どうかしましたか?
織田さん」
そんな彼の突然の動きに、驚かれるようなことをしただろうかと首を傾げながら織田作に問いかける。
すると、彼は、私の問いなど一切、聞こえないと言うように私の手から水の入ったグラスを奪い取り、すぐに自分の近くに置いたかと思えば、私の額に手を当ててきた。
その彼の手が私の額に触れた瞬間、額に程よい冷たさが広がったため、つい心地よさを感じ、目を細めてしまったのだが…すぐに怒ったような表情の織田作と目が合ったことで、私の心地よさが一気に消え去り、彼が怒るようなことを自分がしている自覚があったため、かなり居た堪れない気持ちでいっぱいになり、そっと視線を逸らす。
――はあ…やばい、これは、間違いなく、気づいちゃったよね…
無言のまま、私を責めるような目で見つめてくる織田作を横目で見ながら、私は内心で溜息を漏らす。
そう…、私は、今、彼が怒ってしまうようなことを仕出かしているのだ。
その仕出かしたことと言うのが…今朝から熱が出ていたのにも関わらず、お店の手伝いをしていることである。
「…気づかなかったのか?」
「えっと…それは」
「…その、歯切れの悪い反応からして、お前…今日、体調が悪いって、気づいてて無理してたな。
瑞希…、前に『無理はしない』って、俺とマスターで約束してたよな?」
「ご、ごめんなさい。
で、でも、ちょっとだるいなってぐらいで喉とかに違和感があったわけじゃないから、大丈夫かなって、思って…」
「『ちょっと、だるい』…ね。
そりゃあ、これだけ、頭を熱くさせてたら、だるくもなるだろうな」
「う゛…そ、れは…その」
そんな自分の身を顧みず、労働をしていた私に当然ながら怒ってしまった織田作は、いつもの優しい物言いとは打って変わり、責めるような口調で語り掛けてきた。
その容赦の無い言葉ばかりを浴びせられた私は、どう返答したらいいのかわからず、しどろもどろな受け答えをしてしまう。
何とかして織田作に心配を掛けず、更に怒らせないようにするため、熱で上手く働かない頭に鞭を打ち、糸口を探ろうとしたのだが、そんな逃げ腰の私の魂胆など、見え見えのようで織田作は、逃がさないと言わんばかりに私を窮地へ立たせる核心の質問をぶつけてくる。
「…熱、何度だ?
ちゃんと、測ったんだろう?」
「……」
「瑞希」
そして、その核心を付く『熱の温度』を確認する質問には、私を押し黙らせるには十分な力があったため、私は口を閉ざし、顔を俯いてしまった。
それは、そうだろう…
何故ならば、私の熱が高ければ高い程、織田作を怒らせてしまう可能性が秘められているのだから…俯きたくもなる。
だが、そんな気まずくて口を閉ざしたまま、俯いている私のことなど気にも留めない織田作は、私に質問の答えを催促するかのように、名を呼んできた。
その催促する声すらも、仄かな怒りが込められていることから、さすがに、これ以上、無言で抵抗するのにも限界が来たのを察した私は、俯きながら、小さな声で更に彼を怒らせてしまうであろう質問の答えを紡ぐ。
「…いいえ、その…熱があると思うと本当に具合が悪くなると思ったので、測って、ないです」
「……」
質問の答えを発した瞬間、沈黙が私と織田作の周りに流れる。
―――うわっ、絶対、織田作、怒ってる!!
私の答えで、何も物を言わなくなってしまった織田作が等々切れてしまったのを空気で感じ取った私は、慌てて、顔を上げ、織田作に謝罪の言葉を述べ、なるべく怒らせないように自分の言い分を話し出す。
「っ、ご、ごめんなさい!
で、でも、本当に体がちょっとだるいって思う程度なんです!
だから、そんなに酷い訳じゃ「水も上手く注げなかったくせに、酷くない訳ないだろうが」きゃあ!??!」
しかし、その見苦しい私の言い分は、途中で私の体を俵のように担ぎ上げた織田作の行動で遮られてしまった。
その突然過ぎる動きに、私は驚きの声を上げ、目を白黒とさせながら状況を必死に理解しようと思考を巡らせようとした次の瞬間…急に視界が歪み、全身から力が抜ける感覚が私を襲ってくる。
「あ、れ…?」
――これは、もしかしなくても…結構な熱が出てる?
自分の思い通りにならなくなった体を前に、私はようやく、自分が限界を迎えていたことに気づいてしまった。
情けなくも動くことさえ出来なくなったため、私は織田作に全てを委ねる形となる。
「ったく、ようやく高熱があるって、自覚したのか…
すみません、マスター。
コイツを部屋に寝かしつけてきます」
「ああ、すまないね、織田君…もし、必要なものがあれば、何でも言ってよ。
あ、あと、今後、無茶しないように瑞希ちゃんには、キツイお灸でも据えてやってね」
「はい、わかりました。
じゃあ、後のことはよろしくお願いします」
そして、体を全て織田作に委ねるがまま、私は、強制的に自分の部屋へと担ぎ込まれるのであった。
―――――――
それから、無事、織田作に部屋へと運び込まれた私は、優しくベッドへと下ろされた。
「着替え、一人で出来そうか?」
「はい…大丈夫です、出来ます」
「そうか。
じゃあ、とりあえず、ストーブが付いてから着替えを…」(ピー、ピー)
ベッドに私を下ろした織田作が、私の看病をするため、まずは部屋を暖めようとストーブへと近寄り、スイッチを押した時だ。
ストーブから、灯油切れを知らせる音が無常にも部屋中に響き渡った。その音が鳴り終わると同時ぐらいに何かを察した織田作は、感情を押し殺したような表情をしながら私の方を向いてきた。
―――あ、まずい…。
私と彼の瞳が交わり合った瞬間、彼の瞳の奥で静かな『怒り』の炎が燃え上がっているのが見えた私は、居た堪れない気持ちになり、視線を逸らしてしまう。
そんな、あからさまに何かを仕出かしていると言うような私の態度に織田作は、苛立ちが込み上げてきたのか、ベッドに腰掛けている私へと無言のまま、近寄り、私の両頬を両手で包み込んできたかと思えば少し乱暴気味に私の視線を自分の方に向けた。
「瑞希…まさかとは、思うが、余計な手間を俺に掛けさせたくないからって言う理由で、こんな真冬に灯油が切れていたのを我慢してたなんて言わないよな?」
「……」
そして、彼が『私の風邪を引いた原因』を物の見事に言い当てて来るものだから…私は、何も言う事が出来ず、ただ彼の瞳を申し分けなさそうに見つけることしか出来なかった。
そうすれば、何も答えることが出来ない私の心情など全てお見通しだと言わんばかりの織田作は、かなり呆れたような表情で溜息を付き、重たい口を開く。
「はあ…無言は肯定とみなすぞ」
「……ごめん、なさい」
「…いつから、灯油、切れてた?」
「4日、前から…です」
「4日間も我慢したのか…。
…それなら、風邪を引いたのも頷けるな」
「す、みません」
その開かれた口から飛び出してきた言葉は、不器用ながらも私の身を気に掛ける言葉ばかりだったため、私の中で罪悪感だけが膨れ上がり、ただ謝ることしか出来ない。
そんな、ずっと謝り続けるのも厭わないと言う姿勢になった私を見た彼は、何を言っても謝られるだけになり、無駄だと思ったようで、怒っていた表情から諦めたような表情に変え、少し優しい声音で話題を変える問いをしてきた。
「…なあ、瑞希。
この際だから、聞かせてもらいたいんだが…」
「はい」
「お前は、何故、そんなに人と深く関わることを恐れてるんだ?」
「……」
だが、その問いは、彼の優しい声音とは打って変わり、かなり鋭く、私を切りつけるような質問で…
私は、またも言葉を無くし、ただ真剣でかつ優しさが込められた瞳で私を見つめる織田作を見つめることしか出来ずにいた。
しかし、しばらく見つめ続けていれば、その私を見つめる彼の瞳が、何故か私が奥深くに仕舞いこんだはずの『甘えの感情』を刺激し、溢れ出そうとするから、慌てて、視線を外してしまう。
―――ダメ、だ…今、彼の瞳を見つめていたら、私…とんでもないことに彼を巻き込もうとしちゃう…そんなのは許されない…私の不幸に他人を巻き込むのなんて、言語道断。
その思いから私は、織田作の質問に答えないまま、ただ静かに手を強く握りしめ、私の感情を揺さぶろうとする彼の優しさを拒絶した。
「…自分の体質のせいで他人を不幸に巻き込み傷つけるのが怖いからか?」
「……」
「だから、ある程度の距離を置いて、他人が自分の不幸に巻き込まず、傷つかないよう…そして、自分が傷つかないようにしてる…そうだな?」
「……」
でも、その拒絶すらも許さないと言わんばかりに、織田作は強く握りしめた私の手にそっと己の手を重ねながら、核心を突く質問を畳みかけてくる。
――やめて、やめて…
今にも溢れそうになる感情を必死で抑えながら、私は彼の質問に答えないまま、無言を貫き通した。
そうでもしないと、目の前で優しさで私を包もうとする彼に縋って、取り返しのつかないことになり兼ねいないのだから…
我慢だ、我慢。
私は心の中で何度も唱えながら、目の前で優しさを広げてくる織田作を無視し続けた。
「…お前の、その他人を傷つけたくないと言う優しい気持ちはすごくいい事だとは思うし、間違いではないさ。
だけどな、お前は…他人を傷つけないようにしようとすればする程、他人を傷つけていることに、そろそろ気づくべきだと思うぞ?」
「え…?」
そんな意固地になって、優しさを拒絶し続けていた私に等々痺れを切らせた織田作は、私の頭を鈍器で殴るような衝撃を与える一言を紡いできた。
―――私が、気づかないところで人を傷つけている? そんな、まさか…ありえない。
私は、織田作の言葉を反芻しながら、今までの行動を振り返ってみる。
だが、いくら考えた所で誰かが私の迷惑を被ったと言う人は思い至らないため、真っ向から織田作の言葉を否定するような表情を浮かべながら、彼を見つめた。
そうすれば、織田作は、自分の言葉が私に全く理解されていないことに苦笑を漏らし、答え合わせをするかのように言葉を紡いでくる。
「信じられないって顔だな…
だけど、現に、お前は今も人を傷つけてる」
「…そ、んな…わけ…
じゃあ、私は一体、誰を傷つけてるんですか?」
「『俺』だよ」
「ぇ?」
「だから、お前は、俺の『お前に頼ってもらいたい、甘えてもらいたい』って言う気持ちを踏みにじり、無視し続けて、俺を傷つけてる。
お前は、自分の感情を他人に決めつけられて、自分を無視されることがどれだけ辛い事なのかわからないのか?」
「…っ!?」
そして、優しくも厳しい答え合わせの彼の言葉は、今まで見えていなかった現実を私に見せつけてきた。
瞬間、私は息を飲んで、絶句し、ずっと彼から逸らしていた視線をそっと戻す。
そうすれば、彼は、ようやくわかってくれたかと言う表情を見せながら、小さな子供をあやす様に頭を撫で、私に語り掛けてくる。
「なあ、瑞希。
俺は、お前に、迷惑だと言ったか?」
「……」
「瑞希」
「…ってない」
「ん?」
「言、ってない…。
寧ろ、織田さんは…頼れと、甘えろって、いつも、言ってくれてました…」
「そうだな…。
それなのに、お前はいつも遠慮して、碌に頼ろうとも甘えようともしてくれなかった。
それがどれだけ、傷ついていたかわかるか?」
「っ…ごめ、んなさい…私」
「いいさ。
お前が頼りたくても頼れない性分なのは、わかってる。
だから、少しずつでいい…10の遠慮があったら、その内の2つでいいから、頼ってくれないか?」
「っ…」
彼は、自分の本音を語りながら、最後に私への願いを口にしてきた。
だが…どうしても迷惑を掛けてしまうことを恐れる私は、その願いを素直に承諾することが出来ず、言葉を詰まらせてしまう。
「なあ…瑞希。
俺にとって、お前から迷惑を掛けられないように甘えられず、頼られないことの方が、迷惑だよ」
「!?」
「俺に甘え、頼れ。
大丈夫だ、ちゃんと迷惑だと思ったら、すぐに言うから遠慮はいらないぞ」
そんな尻込みをして、頷けない私を見るに見兼ねた織田作は、ダメ押しの一言を告げてきた。
―――織田作の言葉は、どうして、こんなにも…心に響く、の?
その言葉は、頑なだった私の心を解し、抑えつけていた感情が一気に溢れ出す。
そして、私は、貪欲なまでに、確かな言葉を欲し、彼に問いかけてしまう。
「…本当、ですか?」
「ああ、約束する。
だから、もっと我儘になれ」
「…我儘に、なってもいいんですか?」
「ああ、今以上に我儘になったって、俺は別に構わないさ」
「危険だって、あるかもしれないのに?」
「もちろんだ、お前が一人、問題を抱えて、苦しみ、潰れていくよりはずっといい」
「……」
淡々と私が欲する全ての言葉を彼の口から聞いた瞬間、強烈なまでに目の奥が痛みを覚えたと同時に頬に雫が伝う感覚が襲う。
――もう、限界…だ
張りつめていた心が緩んだのと同時に、私の涙腺もどうやら緩んでしまったため、私の目からは取り留めなく涙が溢れでてきた。
「…ようやく、泣いたな。
辛かっただろう?
誰にも頼れず、自分一人で抱えるのは…」
「っ…お、だ…さん」
「もう、これからは、お前一人で抱えなくていいんだ。
俺に、お前の問題の半分を背負わせろ」
「っ~………」
すると、ポロポロと静かに泣く私を織田作はそっと、抱き寄せてきた。
私の身体全体に彼の温もりが広がった途端、私は居ても立っても居られず、目の前の温もりに縋りつき、ただただ静かに涙を流す。
そんな抱き着いて、泣いてしまった非常に面倒な状態の私であっても、彼は面倒そうな素振りは一切見せず、優しく私の背中を摩ってくれた。
―――この人になら…
その彼の優しい仕草を感じた瞬間、私の中で一気に彼が安心を与えてくれる特別な存在へと変わる音が響く。
そして、彼に対して作り上げた壁が壊れたことで、私の中の礼節がどこかへと飛んでいってしまう。
「…ねえ、『作之助』」
「?! …何だ、瑞希」
「貴方に、見てもらいたいものがあるの。
でも…、最初に注意しておくけど…それを作之助が見てしまったら、きっと私は、貴方に頼りっきりになるかもしれないけど…それでもいい?」
「愚問だな。
とっくにその覚悟は出来てるよ」
「ありがとう…作之助。
じゃあ、これを」
ようやく、涙が止まった私は、抱きしめられた彼の腕から逃れ、本棚に飾ってある両親が残してくれた私の『異能』について記されてある本を取り、彼に手渡した。
それを受け取った彼は、すぐにそれに目を通し、数分で全てを読み終える。
読み終えてすぐに、私に何とも憐れむような瞳を向けてきたので、恐らく、私の異能についての概要を全て理解できたのだろう。
「本当…大変だったな」
その証拠にすぐ、私に労いの言葉を向けながら、頭を優しく撫でてきてくれた。
「うん、大変…だった。
でも…これからは、作之助が助けてくれるでしょう?」
「ああ、そうだな。
じゃあ、手始めに俺はマスターから灯油を分けてもらいに行くから、お前は大人しく布団で暖を取って、待ってろ」
「わかった。
ありがとう…作之助」
それを、今度こそ素直に受け入れ、私は、少しずつ、目の前にいる『大事な存在』に甘えていくのであった。
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