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第一章 死にたがり屋との遭遇
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瞼に仄かな優しい光を感じ、私の意識が少しずつ、浮かび上がる。
心地よい温かな温もりが私の体全体を包み込んでいるせいで、まだ眠りに付いていたいと言う欲求が瞬時に私へと襲い掛かってきたのだが、僅かに残った思考が起きるように告げてきたため、私はゆっくりと瞼を開けた。
そうすれば、私の視界いっぱいに広がる…『誰か』の胸。
覚えの無い光景に、何度か瞬きを繰り返し、はて、誰のものかと起き抜けの頭で昨日の意識が途切れる前までの出来事を思い出して見る。
―――ああ、そう言えば、昨日は夜遅くまで、作之助と一緒に本を読んでて…そのまま一緒に寝ちゃったんだ…
すぐに昨日の眠る直前の記憶が蘇り、目の前の胸板が私の知らぬ人のものではないことがわかったため、心でホッと息を付く。
そして、安堵したと同時に、起きて彼が傍にいてくれることの幸福を更に噛み締めたくて、私は彼の胸板に顔を埋め、温もりを求めた。
「ん…?
ど、うした…瑞希?」
彼の腕の中でモゾモゾと動いていれば、当たり前ではあるが、眠っていた彼を起こしてしまい、眠たげな声を上げながら、彼は私に声を掛けてきた。
そんな最高潮に眠そうにする彼に起こしてしまって申し訳ないとは思いつつも、彼が私に構ってくれたことが嬉しくて、満面な笑顔を浮かべながら、つい本音を零してしまう。
「うぅん、何でもない…ちょっと、甘えただけ」
「…そうか」
その本音は、あまりにも子供染みた我儘なものであったのにも関わらず、彼は嫌な顔一つせず、小さく笑い、いつものように頭を優しく撫でてくれた。
しばらくは、彼が与えてくれる心地よい手を堪能していた私だが、そろそろ起きて朝ご飯の準備をしなくてはいけないことを思い出したため、細めていた目を開け、夢の世界へ足を踏み入れている彼の顔を見上げながら声を掛ける。
「昨日、遅かったのに…起こして、ごめんね。
まだ、作之助が起きるには早いから、もう少し寝てて…
ご飯出来たら、起こすから」
「そう、か…す、まない…もう、少し…寝、る」
「うん、おやすみなさい…作之助」
そうすれば、私の睡眠を促す言葉を聞いた途端、もう頑張って意識を引き留めなくてもいいと思った彼は目を閉じたと思えば、すぐに夢の世界へと旅立ったようで規則正しい寝息が聞こえてきた。
何とも素早い寝つきに微笑ましさを感じ、少しの間だけ、気持ち良さそうに寝る彼の寝顔を見つめていたのだが、今日の午後からは、彼に仕事があるため、名残惜しい気持ちを抱えながらも私は、ゆっくりと彼の腕からすり抜け、遅めの朝食を作るために台所へと向かう。
そして、台所に付いた私は、すぐに冷蔵庫の中身を確認し、適当に材料を取り出しながら調理を開始する。
とりあえず、包丁とまな板を取り出し、一連の作業のように材料を切り始めた。
そうすれば、つい、思考が廻り出してしまい、私は物思いに耽り出す。
―――それにしても、もう…この世界に来て、一年か…
淡々と材料を切りながら、私は、こちらの世界に転生してから今までのことを思い出す。
あれから、一年の時が流れていた。
こちらの世界に転生した直後は、生死が関わるようなことに巻き込まれることが多かったのだが、今は、全く、私に実害はない。
それもこれも、作之助が自分の休日のほとんどを私の家に泊まって、私の警備をしてくれたり、外に出掛ける時にはずっと傍にいてくれるおかげである。
きっと、作之助が私の傍に居てくれなかったら、私は今、こうして心穏やかな状態で日々を過ごすことはできなかっただろう。
本当に、平和な日々を与えてくれる彼には、感謝の気持ちでいっぱい…なのだが、私には、常日頃から、ある不安があった。
――私としては…ほとんどの時間を私に割き過ぎてるから、もうちょっと、自分のために時間を使ってもいいと思うんだけどね…
それは、私が平和な日々を過ごす度に作之助の『自由な時間』が犠牲になっていることだ。
転生直後は、私が遠慮していたこともあり、彼の泊まり込みの警備は月に1・2度程度だったのだが…
私の遠慮がなくなった時から、彼は休日の日には必ず私の部屋を訪れ、警備してくれるようになっていた。
私としては、身の安全が保証されているため、すごく嬉しいことではあるのだが…彼は、18歳と言う年頃の男の子だ。
それぐらいの子なら、友達と遊んだり、好きな子などと共に時間を過ごす自由な時間を欲しても可笑しくないと言うのに…そんな様子が彼には全くない。
寧ろ、彼は自ら進んで自由を捨て、献身的に私の元へとやって来てくれているように見えるのである。
―――正直な所、父や兄のように慕う人の足かせになってるようで、私としては気が引けるんだけど…
作之助は、嫌な顔一つせず、少しの不自由が当たり前だと言わんばかりの雰囲気で絶対に私を『迷惑』だと切り捨てたりはしない。
そうなると、彼にとって現状はまだ『迷惑』な域に達していないと言うことなのだろうが…
――だとしたら、人がかなり良すぎ…こんな私に時間を割いてたら、自分の恋の一つや二つ出来ないじゃないのよ…
そんな、あまりにも不自由な生活を送る作之助の未来が心配になる。
だが、考えた所で彼が厚意でやってくれていることは事実なので、私にはどうすることも出来ないのが現状だ。
そうなると私に残された選択は、諦めて、彼が与えてくれる優しさを受け取ることのみなので、私はこれ以上、考えることを放棄し、目の前の朝食の準備を進めることにした。
ただ無心になり、目の前の食材を調理し、料理へと変身させていけば、あっという間に朝食を作り終えてしまう。
あとは、器に料理を盛り付け、ご飯を食べるだけになったのだが、時間を確認すれば、起きてからまだ30分程度しか経っていなかったため、まだ作之助を起こすのには時間が早いと判断した私は、別の家事に取り掛かることにした。
今日の作之助が着て行く服にアイロンを掛けたり、ゴミ出しの準備をしたりと慌しく動き回る。
そうすれば、すぐに30分程の時間が経過し、作之助を起こすのにはいい頃合いだと判断した私は、料理の盛り付けをし、いつでも食べれる準備をしてから、未だ寝室で眠る作之助の元へと向かった。
すぐに寝室へと辿り付き、部屋の中に入った私は、気持ち良そうに眠る作之助がスムーズに起きれるように朝日をシャットアウトしていたカーテンを開けてから作之助が眠るベッドへと近寄り、彼を優しく揺すりながら声を掛ける。
「作之助、時間だよ~」
「ん~…、…」
「お~い、作之助、起きて~」
「…ん~…」
だが、今日の作之助はいつもより目覚めが悪いらしく、私の声に反応はするものの、すぐに起き上がってくれない。
それどころか、まだ気持ち良さ気に寝息を立てている始末なので、これではいつまでも置きそうに無いと判断した私は、小さな溜息を付き、彼がすぐに起き上がる魔法の言葉を掛けることにした。
「ねぇ~、作之助」
「……」
「いつまでも寝てると、カレー、無くなっちゃうよ」
「…ダメ、だ」
彼の大好物である『カレー』が無くなるという魔法の一言で、作之助は固く閉じていた目を見開き、勢いよく起き上がった。
そんな大好物が無くなると言う一言だけで起きてしまう子供っぽい彼の一面に、私はつい笑いを零しながら、寝起きの彼に朝の挨拶を掛ける。
「おはよう、作之助。
もう、ご飯の準備は出来てるよ」
「おはよう、瑞希…ありがとうな」
「うぅん、気にしない…んっ」
私の挨拶の言葉で、ようやく意識がはっきりした彼は、すぐ状況を飲み込んだようで感謝の言葉を紡ぎながら、私の頬へと手を伸ばし、自分の方へと私を手繰り寄せ、毎朝、恒例になっている口付けを私に注いできた。
こうして私に口付けをするのも、彼が私の色香に当てられないようにするためなので、私は拒むことなく、彼が与えるキスを甘んじて受け入れる。
そして、唇を互いに重ねて数秒…何度か、作之助が角度を変えながら、私の唇を堪能した所で彼の唇が名残惜しそうに離れて行き、視線が絡み合う。
もう何度もしている習慣だと言うのに、未だ、気恥ずかしさが勝ってしまい、私はすぐに彼から視線を逸らしてしまった。
恥ずかしがる私を見た作之助は、未だ慣れない私を可笑しく思ってか、小さく笑い、私の気持ちを宥めるように頭を撫でながら、私に『もう少し慣れろ』と言う視線を送ってくる。
そんなご尤もな気持ちが込められた視線に、私は、微笑を浮かべながら小さく頷いてみせた。
そうすれば、彼の気が少しは済んだようで、私の頭から手を放し、一つ大きく伸びてから気恥ずかしい雰囲気を一変させる話題を振ってくる。
「…カレーは?」
「もう、準備は出来てるよ。
早く顔洗って、食べよう」
「ああ、わかった」
「じゃあ、私、先にテーブルで待ってるから、早くしてね」
「大丈夫だ、すぐに行く」
彼の思惑通り、話題が朝食へと変化した事で私達の間に流れてた気恥ずかしい雰囲気は一変し、心地よく穏やかなものへと変わる。
それを肌で感じ取った私は、すぐに彼が作り出した流れに乗り、朝食を済ませるためにダイニングへと向かう。
そして、朝食が用意されてあるテーブルへと座り、作之助が向側に座るのをテレビをぼんやりと見ながら待っていれば、数分と立たず、作之助が席へと腰掛けてきた。
「悪い、待たせたな」
「うぅん、大丈夫。
じゃあ、食べようか」
「ああ、そうだな。
いただきます」
「いただきます」
互いに腰を落ち着かせることが出来たのを皮切りに、私と作之助は両手を合わせ、食べる前の感謝の言葉を述べながら、私が用意したそれぞれの朝食に手を付け始める。
作之助は、カレーを…私は、チーズとハムをのせて焼いたトーストを、口に入れた。
お互いに何度か食べ物を咀嚼し、飲み込んでから他愛のない会話を始める。
「うん、うまい。
この間よりも、カレーに深みが出てて美味くなったな…何か、親父さんのカレーに似てきたか?」
「えへへ、この間、ようやくフリイダムの親父さんからレシピを教えてもらえたからね!
親父さんのよりは、まだまだコクと香りが足りないけど…前のカレーより断然美味しくなってると思う」
「だから、似てるのか。
美味いよ。これなら、『Lupin』で出しても恥ずかしくないレベルだな」
「本当?
じゃあ、今日からお店で出そうかな」
「いいと思うぞ。
きっと、売り切れになるぐらい人気が出るな」
「いやいや、うちに来るお客さんは一応、ご飯を食べに来てるわけじゃないから、それはないでしょう」
「そうか?
俺なら、こんな美味いカレーが食えるならBARであっても、通うぞ」
「それは…作之助だからでしょう」
「おいおい、カレー好きが美味いって、太鼓判を押してるんだぞ。
これが売り切れない訳がないだろう」
「あ~…はいはい、カレー好きさんから太鼓判を押して貰えて光栄ですよ。
じゃあ、とりあえずは、週1で様子見をさせてもらうよ」
「よし…じゃあ、今日から作ってお店に出すってことでいいな?」
「…本当、カレーになると作之助は、貪欲かつ強引よね。
わかった、今日、作っておくよ…あ、一応、作之助の意見で作るんだから、今日、お店に食べに来てよね?」
「行くに決まってる…当たり前だろう。
あ、それと、お昼の弁当「は、ちゃんと、保温弁当にカレーを詰めておくから安心して」なら、いい」
「ねえ、作之助…すごい愚問なことを聞くけど、一日三食カレーって…飽きないの?」
「いいや、全く。
寧ろ、理想的で幸せな食生活だよ」
「……やっぱり聞いた私が悪かったよ。
作之助、おかわり、まだあるからいっぱい食べな…」
「ああ、それなら遠慮なく食べさせてもらうよ。
って、お前、もう飯食べ終わったのか?」
「うん、朝は元々食欲沸かないし、まだ洗濯物洗ってないから」
いつものように、他愛のない話をしていく内に、作之助のカレー愛に呆れてしまった私は、ただ目の前の食事を口に運び、急いで朝食を終わらせ、まだ終わっていない家事を終わらせてしまおうと動き出す。
「そうか。
なら、皿は俺が洗っておくから、流し台に置いたままにしておいてくれ」
そんな忙しなく動き出した私に、作之助はまだカレーを口に運びながら、『いつもの一声』が掛かったので、私は小さく笑いながら、流し台に使用した皿を置き、そのまま、流し台から離れる。
もちろん、離れるついでに手伝いを申し出てくれた作之助にお礼の言葉を述べることを忘れない。
「いつもありがとう、作之助。
じゃあ、遠慮なく…あ、それと、ゴミの準備しておいたから、ゴミ出しもお願いね」
「ああ、わかった。
それと、いつもスーツにアイロン掛けてくれてありがとうな」
「いいえ…どういたしまして。
それじゃあ、あとは作之助に任せて、洗濯物洗ってきちゃいまーす」
「いってらっしゃい」
いつものように、互いがしてもらったことに感謝し合い、笑い合いながら…私は今日も小さな幸せを噛みしめていくのだった。
――――――
作之助と朝食を食べ終わり、作之助を仕事へと送り出した私は、普段と変わらず、午前中に全て家事を終わらせ、お店の開店準備をする時間まで小説やらゲームを楽しんでいた。
夢中になってやり込んでいれば、すぐに時間は過ぎ、あっという間に開店準備の時間がやってきたため、私は仕事着である黒いワンピースに袖を通し、フリルの付いた白いエプロンを身に着けた後、大判のストールを羽織り、部屋から出る。
部屋から出た私は、すぐに扉へと振り向き、何重にも鍵を掛けてから下のお店へと向かおうと足を踏み出した時だ。
「…あれ、は…人?!」
視線を少し外へと向けた瞬間、路地裏の方で人がうつ伏せになって倒れているのが目に入ってきたため、私は慌てて走り出し、倒れている人へと駆け寄った。
駆け足で倒れる人の元へと辿り着いた私は、すぐさま、息をしているのかを確認する。
そうすれば、息はしているのがわかったため、私は、小さく安堵の息を漏らし、次に意識が有無の確認へと移った。
「あ、あの!
だ、大丈夫ですか?」
私は、自分とそう年の変わらない、全身の至る所に包帯を巻いている少年の肩を軽く叩きながら、声掛けをした。
すると、少年は意識を戻し、かっと言う効果音でも付きそうなぐらいに目を見開いたかと思えば、すぐに体を起き上がらせる。
そんな反応よく動いた少年を見た私は、特に問題はなさそうだと判断し、起き上がってすぐに己の状況整理をし始めた少年の邪魔をしないように、ただ黙って、彼の様子を見守ることにした。
だが、彼が状況整理を終え、自ら口を開くまでの間、特にやることなく暇だったため、この場の状況を整理しようと私は少年の風貌へと視線を向けた。
―――余計な問いかけは、場合によっては混乱を呼ぶしね…それにしても、この子…初対面のはずなのに、どこかで見たような…
そして、私の目に右半分の顔が包帯で覆われ、左頬に大きな絆創膏を貼った美少年の姿が入った瞬間、どこか見覚えがあるような感覚が私に襲い掛かってきたため、小さく首を捻ってしまう。
はて…彼とは、どこかで会った時があるのだろうか?
――これだけの美少年なら、一度会えば、すぐに名前だって覚えるはずなんだけど…
私は必死に頭の中から、私が転生してから以降の記憶で彼に該当するデータを探した。
だが、いくら必死に探しても、すぐには彼に該当するデータは出て来てくれない。
―――ん~…こっちに転生して1年しか経ってないから、データとして出てこないって有りえない…てことは、もしかして、転生する前の記憶なのかな?
こちらの世界に転生してからの一年間をお浚いした所で彼に繋がるデータは一切なかったのを受け、私は、前世の記憶までにも手を伸ばそうとした…その時だ。
「…失敗したのか……ちぇっ……」
「…え?」
突然、目の前の包帯を巻いた美少年が、『何か』を失敗したことを非常に残念がる声を上げ、舌打ちをしてきた。
その、あまりにも唐突過ぎる展開に私は、驚いたような声を漏らし、先程まで巡らせていた思考を手放し、意識を目の前の少年へと戻す。
視線を彼に定め、真意を探るように彼の瞳を見つめてみれば…酷く憎まれたような目とかち合った。
―――え、私、何かした?
身に覚えのなさすぎる彼からの恨まれに、私はパチクリと目を何度か瞬きさせながら、考えてみる。
でも、そんなこと考えたところで答えなど出る訳がなく…私は、ただ目の前の美少年を見つめる事しか出来なかった。
そんな何も言わず少年を見つめていれば、何も反応を示さない私に等々痺れを切らせた少年が視線と同じように憎らし気に私へと語りかけてくる。
「君」
「はい」
「君かい?
首吊りをしていた僕の邪魔をしたのは…」
「え…首吊り?
何を言っているのかわからないけど…私は、君がここに倒れているのを発見して、声を掛けただけだよ」
「倒れている?
…ああ、そうか、立派な首吊りが出来そうな柱だと思っていたのに、案外、脆かったのか…とんだ検討違いだったよ」
「立派な首吊り柱って…
ああ、なるほど、君、自殺志願者って訳ね」
そして、互いに語らう内に、彼が何故、私に向かって恨みをぶつけてきたのかが分かり、思わず、納得した声を上げてしまう。
確かに言われてみれば、首に縄が括られており、彼の近くに折れた柱があるので、間違いなく自殺を図ったが失敗してしまったと言うのはすぐに理解できた。
―――うわぁ…すごく面倒くさい子と会っちゃったな…これは、軽く流すか…
瞬間、私の中でこの目前の自殺志望者と関わると碌なことがないと言う警報が鳴り響く。
大概、この警報は、経験上、外れたことはないので、私は気づかれないように溜息を付きながら、淡々と会話を切り上げることにした。
「あ、ちなみに、その柱の名誉の為に言っておくけど、その柱は幾重の自殺志望者をあの世に葬ってきた凄腕の殺し屋だったんだからね」
「なるほど…それなら、僕の『立派に僕の息を止めてくれそうな柱』だと言う見立てに間違いはなかったと言うことだね」
「ええ、そうね…
でも、柱もさすがにあまりにも多くの人を葬ってきたから限界だったんでしょう。
運がなかったね、君」
「……」
絶対に彼のやったことへのツッコミを入れず、彼への行いを否定せず…私は我関せずと言った雰囲気で彼との会話を切り上げようとした。
すると、そんな淡々とした会話の切り返しを私にされた自殺志願者は、急に驚いたと言うような表情をし、無言のまま、私を見つめてくる。
何が、そんなに驚くようなことがあったのか…皆目見当もつかない。
本来なら、初対面で、しかも、関わらない方がいい相手の顔色など窺わず、無視をして立ち去ればいいのだが…あまりにも無言のまま見つめる少年の目力が強かったため、私は、苦笑を漏らしながら、彼に質問をする羽目になった。
「…何?
私の顔に何か付いてる?」
「いや…君は、どうして、何も(ぐぅきゅるるるる)…あ」
「……ご飯、いつ食べたの?」
そして、私の質問に答えようとした彼のお腹から盛大な音が鳴ったため、私は更に質問を重ねることとなる。
――何か…この子と絶対に関わらないといけない呪いにでも掛けられてるみたい…
あまりにもタイミングよく、切り上げるタイミングを逃している現状に私は、頭痛を覚えた私は片手で頭を押さえてしまう。
「食べるのが面倒で、昨日の夜から何も食べてない」
そんな見るからに呆れ返ってしまった私の姿など気にも留めていない彼は、マイペースにも鳴った自分のお腹を手で押さえながら、無気力気味にどれだけ食事を取っていないのかを伝えてきた。
「はあ……自分の死因が餓死と言う苦しくて、惨めな死に方にしたくないなら、私に付いてきて」
その姿がやけに、寒さに打ち震える子犬のような弱々しさを彷彿させるものだから、私は盛大な溜息を付きながら、立ち上がり、彼に救いの手を差し伸べてしまう。
―――こんな面倒な子と関わるなんて御免なんだけど…作之助のお人好しが移ったのね、困ってる人を見過ごせないわ
「え…?」
「ご飯、食べさせてあげるよ。
あり合わせの材料でよければすぐに出来るし…
あ、もちろん、餓死したいなら無理にとは言わないけど」
「……行く」
「そう…じゃあ、おいで」
そして、私の救いの手を彼が握ったのを確認した私は、無言のまま、お店へと彼を誘うのだった。
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