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第一章 土足で踏み込まれる
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自殺志願者の少年を誘い、お店の前までやってきた私は、慣れたように鍵で店の扉を開けてから、後ろを一定の距離で歩いていた少年にアイコンタクトをして、中に入るように促す。
そうすれば、促されるまま、少年は素直に店内へと足を踏み、入ってすぐに表れた階段を下って行った。
その何も迷いなく進んでいく彼を後ろから見守りながら、私も彼と共に階段を下りていく。
階段を下り終え、店の全貌が明らかになった瞬間、前を歩いていた彼が突然、足を止め、店内をキョロキョロと見渡し始めた。
「ここは…」
そして、彼は、粗方の情報を目で仕入れた後に、それでも整理しきれなかった疑問を解決するため、答えを求める視線を私に向けてくる。
「ああ、ここは、私が働いているお店。
まだオープン前で、お客さんもいないから好きな席に座って待てて…すぐ作るから」
そんなご尤もな反応を見せる彼に、どこか滑稽さを感じた私は、微笑を浮かべ、彼が知りたがっている情報を軽く口にしながら、すぐに調理を開始するためにカウンターの調理場へと向かった。
調理場へとやってきた私は、冷蔵庫の中の物のチェックを開始する。
―――えっと…昨日の余ったご飯に卵、悪くなりそうなネギ、あ、蟹の身をほぐしたのが残ってる…よし、チャーハン決定。あ、あと、作り置きしてた餃子もあるし…中華スープも適当に作れば大丈夫かな!
ざっと、冷蔵庫の中を確認した私は、食材達を冷蔵庫の中から取り出し、調理場に並べてから手早く料理が完成できるように手を動かしていく。
終始無言のまま、手慣れた手つきで食材を切り、終わった後は3個のコンロをフルで使って全ての料理を同時進行で作っていけば、約20分程で一気に3品出来上がる。
さあ、後は更に盛り付け、少年に出せば完了だと、顔を上げ、少年がどこの席に座ったのかを確認しようと視線を彷徨わせようとしたら、私のすぐ目の前のカウンターの席に腰掛けている少年が目に入ってきた。
どうやら、少年は私が料理している間、邪魔をしないようにずっと無言のまま、私が料理する姿を見守っていたようだ。
「出来たの?」
案の定、目が合ったと同時に、タイミング良く声を掛けてきてくれた。
何とも空気を読むのに長けた子である。
これが、さっきまで死ねなかったと嘆き、面倒そうな奴だと認定していた子なのだろうか…
―――これは、少し彼の見方を変えないとだね
私は先程、安易に彼に対して『変な人・面倒くさい人』と認識してしまったことを反省し、自分の中で切り替えを行ってから、器に料理を盛り付け、目の前に座る少年に料理を提供する。
「はい、お待たせ」
「おお~…すごいね、これ!
全部、今、作ったの?」
カウンター越しから、チャーハン、餃子、中華スープを順番に彼の目の前に並べ、最後にスプーンと箸を渡せば、忽ち少年は目の前に並ぶ料理に目を輝かせ、喜びを露わにし、私に世辞を投げてきた。
それが不思議と悪い気がしなかったため、私は素直に受け取りながら、スプーンを握り締めたまま、目前の料理に感動している彼に料理を食べるように促す。
「うん、即席で作れるものなんて、そんな時間は掛からないし…餃子は作り置きしてたやつだしね。
さあ、冷めないうちに食べた食べた」
「じゃあ、遠慮なく…頂きます」
私に促され、ようやく、食事に手を伸ばした彼は、チャーハンを味わうように何度も咀嚼し、飲み込んだ。
その瞬間、少年が目を輝かせ、私の顔を見つめてきたので、思わず、笑いながら、聞くまでもない感想を求める。
「どう?」
「うん、美味しい!」
「そう、それは、よかった」
私の問いかけに少年は予想通りの言葉と笑顔をくれた。
それに少し、ホッと胸を撫で下ろした私は、彼の食事の邪魔にならないよう会話をある程度の所で終わらせ、終始無言のまま、今日の賄い飯であるカレーの準備に取り掛かる。
材料をまた冷蔵庫の中から取り出して来た私は、じゃがいも等の皮を剥き、適当な大きさに材料を切り刻んでいった。
そうすれば、店内には私が材料をリズミカルに切る音と少年がご飯を食べる音だけが響き渡る。
本当に、驚くぐらいの静かな空間…通常であれば、自分以外の人が同じ空間に居て、何も話さないでいるのは気まずいと感じてしまうのに、彼にはその気まずさを感じなかった。
寧ろ、こうして、無言のまま、お互いに同じ空間にいることが居心地良くて…不思議な感覚が私を襲う。
――こんな、無言で居ても気にならない人なんて、佳奈美以来だな…
この不思議な感覚を味わうのは、こちらの世界に転生してからは一度も無く、随分と久しぶりであった。
私の命を救ってくれた、あの作之助でさえも、未だに無言で居続けると少し落ち着かなくて、適度なタイミングで会話を挟むようにしていると言うのに…
目の前に座る少年は、まるで幼稚園の頃からずっと共に過ごしてきた親友と同じような気持ちにさせられるのだ。
そんな久しく感じることができなかった感覚に、少し嬉しさが込み上げ、口元が無意識に上がる。
だが、このままだと何かあった訳でもないのに笑っている怪しい人になりかねないため、私は必死で平然とした表情に戻す。
そうして、自分の芽生える感情と格闘していれば、最後の食材を切り終えていたので、私は食材を炒める工程へと取り掛かる。
私がフライパンを取るため、下に向けていた視線を上げたと同時に、チャーハンを頬張る少年と目が合う。
さすがに、目が合ったのに会話をしないのも失礼かと思い、何か話題を話そうかと考えた瞬間、目の前の少年が私より先に口を開いた。
「……ねえ、今度は何を作ろうとしているの?」
「今日、店で出す予定のカレーだよ」
「ふーん…毎日、こうして何か作ってるの?」
「基本は、そうかな。
偶に、作ってない時もあるけど」
「…ここBARだよね?
それなのに食事系も用意してるの?」
「飲みに来るお客さんの中には、空きっ腹にお酒を入れたくないから食べるものはないかって言われる時があるからその時用に準備してるだけだよ」
「へえ~…随分と気が回るんだね」
「そう?
別にお店をやっている以上、普通のことだとは思うけどね」
「そっか」
少年が口を開いた瞬間、私と少年の間に弾むような会話が生まれた。
それも少年が私の動きを随時把握し、話の内容もちゃんと理解しているからこそ、的確な話題振りができているのだろう。
私が話題を考えるよりも先に彼が話題を振ってくる所を見ると…目の前の少年は私よりも遥かに頭の回転が速い人であることは明白だ。
そんな人と話し出すと、永遠と話が止まらなくなってしまうのは目に見えていたので、私は、ある程度の所で話を切り上げるために空になった少年の皿へと視線を向け、下げる動きに入る。
「あ、もう食べ終わった?」
「うん、御馳走様。
すごく美味しかったよ」
「それは、よかった。
じゃあ、お皿下げちゃうね」
「うん…ありがとう」
カウンター越しから、少年の食べ終わった食器を下げ、洗い場に食器を置けば、またも沈黙が店内に訪れる。
恐らく、私がカレーの下準備に入りたいのを察した彼が会話を自粛してくれたのだろう。
私は、彼の小さな心遣いに感謝しながら、遠慮なく、次の作業へと移させてもらった。
肉や野菜をフライパンで炒め、ある程度、火が通った所で水の入った鍋へ炒めたものを入れ、煮込む。
後は、沸騰する頃に灰汁を取り除き、更に煮て、味付けをし、整えた上で煮詰めれば、カレーの完成だ。
とりあえずは、目の前の鍋が沸騰をするまでは手が空いてしまったので、何か違うことをやろうかと視線を彷徨わせた…その時だ。
「ねえ…」
突如、目の前に座る少年から先程の終始和やかな声音とは打って変わった神妙そうな声が上がった。
その事に驚いた私は、すぐさま、目の前の少年に視線を戻し、彼が話しやすいように小さな微笑を称えながら、彼の言葉を促す。
「ん? 何?」
「ずっと、聞きたかったんだけどさ。
何で、君は…僕が死のうとしたことに対して何も言わないの?」
「…?」
「大概の人は、自殺未遂をした人に『何故、死にたい?』と尋ねたり、『死ぬのは良くない』と注意してくるものだよ。
だけど、君は一切、そんなことを言わない…どうしてだい?」
そんな私の促しに、勇気をもらったかのように彼は、ずっと自分の中に溜めていた疑問を何も迷うことなく、私へとぶつけてきた。
その躊躇いの無い質問に、最初は困惑をしたのだが…彼の飄々とした口調とは裏腹に、瞳がかなり真剣だったのが見えたため、私はどうしたものかと頭を悩ませる。
―――何か…このまま話を進めていくと深く関わり合いになっちゃいそう…だよね
正直、私は、自分の異能のことがあり、マスターや作之助以外の人間と慣れ合うつもりはなかった。
いつも、関わる人、全て上辺だけの会話でその場を終わらせ、踏み込んだ話をしないように心掛けてきたのだ。
目の前の少年とだって、これ以上、踏み込んだ会話をし、深い関わりを持つもりは私にはない。
「どうしてって…君は、言われたいの?」
「え?」
「『え?』じゃなくて…
君は、知り合って間もないような人に、そんな自分の領域に土足で踏み込むようなことをされたい訳?」
「…いや、されたくはないけど」
「じゃあ、別に気にするようなことでもないでしょう」
だから、私は、踏み込んだ会話を避けるため、わざと清々しいまでの笑顔でキッパリと、これ以上の質問に対し、答える気はないと言う雰囲気を醸し出しながら、質問返しをした。
恐らく、相手の意図を読み取るのに長けている彼ならば、私が質問返しをした意図を正しく理解してくれるはずだ。
そうすれば、彼は、すぐに私の意図を理解したようで、彼の瞳の奥が酷く残念そうな色に変わり、見るからに残念そうな表情へと変わる。
その様子から、これはすぐに身を引いてくれると確信した私は、変な達成感を味わえたことで満足気に微笑みを称えたまま、次の話題へと思考を巡らせた…その瞬間。
「そうかもしれないけど…僕としては、気になるんだよ。
…君が初めてなんだ。
何も聞かず、何も言わず…何事もなかったように接してくれたのが。
だから、教えて欲しい…どうして、君は、何も言わずにいてくれるんだい?」
どうやら、彼としては、どうしても私が彼に何故、『死んではいけない』や『何故、死にたいのか』と言わないのかが気になるようで、私がこれ以上の追及を拒否しているのにも関わらず、念押しのように質問をし直してきた。
それも、神にでも縋るような瞳をしながら、だ。
――参ったな…こんな、捨てられた子犬のような瞳をされると変に切り捨て辛い…
通常であれば、粘られた所で無視をしてしまうのだが…殊の外、私は、困っているような瞳をしている人を無視することが出来ない性分なのだ。
それこそ、そんな捨てられた子犬のような瞳をされてしまっては、手を差し出さないと言う選択肢は私の中で消え去ってしまうわけで…
―――本当、損な性分よね…
自分でも嫌になる、この性分に小さく溜息を付き、もう、この際、頭の中で『これ以上、踏み込んではいけない』と鳴る警報を無視し、私は彼が求めた質問の答えを口にすることにした。
「…別に、私が何も言わない訳に、深い意味なんてないよ。
ただ私は、他人が『人』の人生にとやかく言う権利は元々ないと思ってるだけ。
まあ、お互いに仲が良い人に口を出すのは、その人への気持ちがあってのことだから、別にしても…まだ知り合って間もない人間が『死を望んでいる人』に『死んではいけない』と軽々しく説教する権利なんてある訳がないもの」
「……」
「それに、『生きる』って、結構、大変なことでしょう?
それを人に強要するのは、自分勝手過ぎて如何なものかと思うし…誰しも、生きるのに疲れて…辛くて『死にたい』って、思うことってあるから、仕方がない感情だと思うの。
だから、その『死にたい』と言う君の思いを完全否定するつもりが私にないから何も言わないだけ」
なるべく興味をもたれないよう全く飾らず、有りのままの正直な自分の思っている全てのことを口にした。
そんな私の想いを聞いた彼は、最初は驚いたような表情で言葉を失っていたのだが、最後の私の言葉を聞いた途端に突如、カウンターのテーブルへと体を突っ伏し、どこか肩の力が抜けたような笑みを浮かべ…
「…そっか…、そっか」
私の言葉を何度も噛みしめるかのように、納得したような言葉を繰り返しながら感慨深そうな声を彼は上げた。
その様子から、彼が満足する回答をしたことがわかり、私は呆れたような表情を浮かべながら、喜びを噛みしめる彼に声を掛ける。
「こんな答えで、満足?」
「ああ…ああ、十分だよ」
「…それはよかったね」
すると、私が掛けた言葉に、どこか幸せそうな、憎み切れない笑顔を浮かべる彼が返事をしてきた。
その姿を目にした瞬間、やらかしてしまったと言う思いが私の心を一気に占める。
――ヤバイ…これ、絶対に懐かれたよね…
懐かれてしまったと言うことは…間違いなく、興味を持たれたと言うことで…
つまり、彼は、今以上に私と関わりを持とうとしてくるはずだ。
そうなれば、私が最も恐れていた他者との深い関わりと言うのが生まれやすくなってしまう。
それだけは、何としても避けたい私は、これ以上、彼が話し掛けてくる隙を与えないようにカレー作りに専念をすることにした。
ずっと彼に向けていた視線を沸騰し始めた鍋へと移し、灰汁取りを開始する。
こうすれば、その場の空気を読む事に長けている彼は余計な声を掛ける事はないだろうと…思った、矢先。
「ねえ、君の名前を教えてよ」
先程の絶妙な空気の読み方をしてくれていた彼が空気を読まず、私に名を訪ねてきた。
これは、間違いなく…彼の興味を引いてしまい、その結果、彼が空気を読むよりも己の知りたい欲求を満たしたいと言う想いが勝ってしまっての行動だろう。
―――甘かった…察してくれは、通じない、よね…
自分の見通しの悪さに心の中で溜息を零しながら、私は最後の抵抗を見せるため、彼の質問に答えないようにした。
「…知る必要、ある?」
「ある」
「……何で?」
「僕が、君に興味があるからだよ」
「…私は、君に興味はないんだけど」
「じゃあ、興味を持ってよ」
「え、人の話聞いてた?
興味がない人がどうやったら、興味持つのよ」
「だから、興味を持つために、まずはお互いのことを知るべきでしょう?
お互いを知っていけば、何かしらの興味は生まれるものだよ。
さあ、それが、わかったら、君の名前を教えてよ」
だが、そんな私の抵抗は無残にも、どうしても私の情報を手に入れたい彼の手によって散った。
こうも、言葉巧みに翻弄し、追い込まれてしまっては、口を開かない訳にはいかないだろう。
それに彼は、私なんかよりも一枚も二枚も上手だ…絶対に、口を閉ざしていたとしてもするりと口を割らせるに違いない。
そうなれば、抵抗し、時間も体力も無駄にするよりは彼のペースに合わせてしまった方が幾分も時間も削られず、体力も無駄にならないので早々に抵抗を止め、彼のペースに合わせることにした。
「…はあ、瑞希よ…」
「瑞希か…素敵な名前だね。
僕は、太宰。 太宰治、よろしくね」
彼のペースに乗り、自分の名を名乗れば、早々に互いの自己紹介が終了してしまった。
そして、互いの名を知ったと同時に、私は驚きの事実を知る事になる。
―――太宰治って…あの、異能力無効化の太宰治よね…絶対。
そう…目の前の自殺志願者である少年こそが、佳奈美の推しであり…私の救世主になるかもしれない重要人物だったのだ。
どうやら、初めて見た時に、変に見覚えがあると思ったのは、死ぬ直前に見た漫画で姿を覚えていたからだろう。
――記憶の中にある彼のイメージより幼いし、覚えている風貌と少し違ったから、すぐに思い出せなかったのか…って、そんなことより、彼とどう関わって行くのか考えないと!
私は、彼を見た時に感じた違和感を拭えた事で少しスッキリした気分になったのだが、すぐに目の前の少年が自分の人生の鍵を握る重要人物であることを思い出し、早急に今後の彼との関わり合いについて考える。
彼の異能力無効化は、かなり魅力的であるし、先程のやり取りから彼は頭の回転も速いのは明らかなため、味方にしておくのも手なのかもしれないが…正直な所、私の心は、彼とあまり関わり合いになりたくない気持ちの方が勝っていた。
それもこれも…彼自身が自殺志願者であると言う、かなり厄介な思考の持ち主だからである。
ただでさえ、私は、自分の異能で大変だと言うのに…自殺を図るような人と関われば、更に面倒事に巻き込まれる可能性が増えてしまう恐れがあるのだ。
それならば、危険が身に降り掛かる前に、危険を取り除くべきであろう。
だが…
―――彼の異能力無効化は…私にとって、無くてはならないもの…
自分の異能が通じず、ましてや抑え込むことが出来る彼の力を面倒だからと言って手放すのは惜しい。
それだけ、両手を上げて手放すことが出来ない程に、彼の力は『魅力的』なのだ。
――はあ…、リスクに比べてリターンがあまりにも大きすぎる…これは、彼とはそれなりの関係でいた方が無難か…
未だ、自分の中で関わり合いになりたくないと言う気持ちは残っているものの、目の前の『利益』を手放すにはもったいないため、私は自分の心を宥めながら、彼と向き合うことを決め、当たり障りのない返事をし、他愛のない話をし始める。
「そう…、太宰、さん…ね。
よろしく」
「名前で呼んでよ」
「ごめん。
私、自分にとって特別な人じゃない人は名前呼びしないようにしてるの。
だから、知り合って間もない人を名前で呼べない」
「ふぅ~ん…じゃあ、仲良くなったら、呼んでくれる?」
「う~ん…それは、わからないよ。
自分で言うのも何だけど、結構、特別と認識するのは厳しい方だから…下手したら、このままかもね」
「そうか…じゃあ、それは僕の頑張り次第って訳か」
「あ、頑張らなくていいよ。
私は、別にこのままで十分だから」
「僕が、十分じゃないんだよ。
まったく…本当、君は僕に興味がないんだね。
まあ、でも、その靡かない雰囲気も魅力的ではあるんだけど」
「…そりゃあ、どうもありがとう」
「じゃあ、次の質問だけど…瑞希の年は?」
「13歳よ」
「へぇ~、僕と同い年なんだ。
ここで働いてると言ってたし、落ち着いて見えたから、てっきり、僕より上だと思ったよ」
「一応、お店の見栄えもあるから…お店に来たお客さんには年齢は誤魔化してるよ」
「いくつで通してるの?」
「17歳で通してる…見える?」
「うん、十分、見える。
寧ろ、もっと盛っても大丈夫だよ!」
「そう?
じゃあ、太宰さん的には、どれぐらい盛れる?」
「そうだな…、18って言っても問題ないかな」
「あははは、何それ。
一つしか盛れてないじゃん」
話し始めてからすぐに、ぽんぽんと話が弾み、終いには笑い声が零れる程までになっていた。
それなりに距離を詰められないようにそっけなく話していたと言うのに…
やはり上手の彼には、叶わないようで上手い事、乗せられ、会話を楽しんでしまった。
「っ……」
「あー…本当、可笑しい…って、あれ、どうしたの?
顔、赤いよ?」
「君が悪いんじゃないか…」
一通り笑い終え、薄らと涙が滲んだ目尻を拭いながら、彼へと視線を向ければ、頬が薄らとピンク色に染まっていたので熱でもあるのかと心配をし、声を掛けた。
すると、小さな声で何かぼそりと呟いたのだが、何を言われたのか聞き取れなかったため、すぐさま聞き返す。
「え? 何?」
「うぅん、なんでもないよ。
そんなことよりも、瑞希。
瑞希は、どういう自殺方法が楽に死ねると思う?」
だが、彼は先程のことなど何事もなかったかのように違う話題で話を逸らしてしまう。
しかも、大分、パンチのある話題を投げかけてきたことから、相当、彼が顔が赤い事に触れられたくはなかったのを察した私は、深く考えず、流された話題に黙って乗ることにした。
「…急に、話が飛ぶね、別にいいけど。
えっと、楽に死ねる自殺方法ね…、睡眠薬飲んで練炭が楽そうかな?」
「随分とオーソドックスな答えだね、理由は?」
「え、だって、私、薬に耐性がないから睡眠薬を飲めば、途中で目を覚ますってことはないから意識がないまま、死ねるし、死んだ後の遺体も綺麗だろうから、私はその方法を選ぶよ」
「すごいね、そこまで自分の体質を理解して、最善の自殺方法を考えるなんて…
あ、もしかして、瑞希、自殺をしたことが「ないからね」え、そうなの?」
「いや、そうでしょうよ。
もし、自殺してたら、ここにいないから」
「あ…それも、そうか。
じゃあ、どうして、そんなに詳しい自殺方法が答えられるわけ?」
「…友達の影響だよ。
私の友達に、物書きの人が居るんだけど、その子が、自殺志願者の人に詳しく取材をしたことがあって…
その取材した内容を聞かされた挙句、勝手に私の自殺方法まで考えてくれたから言えただけ」
「随分と、素敵な友達だね。
是非、これは一度会って、その話を聞かせてもらいたいな!
一晩中でも自殺方法について話し合える自信があるよ」
「あははは、確かに、あの子と太宰さんなら何日でも話せそうな気がする。
でも…ごめん、それは出来ないんだ」
「? …どうして?」
「その子とは、二度と会えない。
もう、その子は手の届かない世界にいる人だから…会わせられないんだ、ごめんね」
他愛のない話で済ませるはずが、いつの間にか深い話になってしまい、次元の違う世界にいる親友の話になってしまった。
そのため、私は、少し懐かしい思いに駆られたと同時にもう二度と彼女と会う事が出来ない寂しさから苦笑を漏らしながら、期待の眼差しで私を見つめる太宰さんを見つめ、断りを入れる。
その瞬間、とある想いが私の頭の中を過ぎった。
―――ああ、可哀想な佳奈美…次元の壁がなかったら、推しと一晩中、話せたのにな…
そう思えた瞬間、先程、私の中に生まれた寂しいと言う感情が一気に消え、小さな笑いが生まれる。
更には、この状況を味わう事が出来ない次元の違う友の悔しがる顔さえも思い浮かび、私は人知れず、寂しさや悲しさを打ち消す事が出来た。
――大丈夫、ちゃんと佳奈美は、私の中で生きてる…
「…ごめん、嫌な事を思い出させたね」
そんな呪文を唱えるかのように自分の心に言い聞かせながら、寂しさを打ち消した時だ。
突然、目の前の彼が伏し目がちに謝ってきた。
「え? …あっ、気にしないで!
別に私は、何とも思ってないから」
最初は何について謝られているのかわからず、直近の会話内容を思い起こした瞬間…今までの会話から彼に、佳奈美は亡くなったと勘違いをさせてしまったことに気づき、私は、慌てて平気だと言葉にした。
だが、そう言う私の言葉を信じてはくれなかった彼は、非常に深刻そうな表情をしながら、私へと問いかけてくる。
「…辛くないの?」
「随分と踏み込んだ質問をするね。
さっきも言ったけど、別に私は何とも思ってないって」
「でも、その友達、瑞希にとって『大事な人』でしょう?」
「……」
「何でわかったのと、言いたげな目だ。
でも、瑞希を見ていたら、すぐにわかるよ…君、その友達の話をする時、すごく嬉しそうに話してたからね。
そんな顔で話してるのに、大事じゃないって言う方が可笑しいよ」
「そっか…私、そんな顔で話してたんだ。
自分じゃあ、わからないものだね…そう、確かに彼女は、私にとって一番、大切な人だったよ」
「…それなのに、辛くないって言えるのかい?」
「確かに辛くないって、断言は出来ない、ね。
やっぱり、もう会えないって思ったり、話せないって思うと寂しい気持ちにはなるからね…
でも、寂しくても…彼女のことを思い出すと心と心が繋がってるように思えて、不思議と寂しさが紛れちゃうの。
だから、私は平気」
どの問いかけもかなり私の領域に深く踏み入るような質問ばかりであったが、ある程度の距離を置く言葉を紡ごうと言う気が起きなかったため、私は彼が領域に踏み入れるのを見て見ぬ振りをし、問いかけに全て誠心誠意、答えていく。
「…そこまで大事な人を亡くしていると言うのに、何で君は死にたいって、思わないの?
死んで、その人が存在する黄泉の国で会った方が苦痛から解放されるんだからいいでしょう」
すると、最後の問い掛けに対する私の答えを聞いた彼は、酷く驚いたような表情をしながら、不躾にも更に私へと踏み込んだ質問をしてきた。
そのことに少し、ピクリと眉が動き、表情が不機嫌そうになりそうになったのを寸前で我慢し、何事もなかったように振舞う。
「思わないよ…私は、彼女に『この世界』で頑張る所を見せたいもの。
だから、私は、まだ死にたくない…生きていたいよ」
「…そこまでして、生きる理由って、あるの?
君もさっき、言ってた通り、『生きる』って、大変なことの連続だし…苦痛しか伴わないだ。
そんな地獄しか訪れない『生』に何の価値があるって言うんだい?」
「……」
だが、その私の我慢が、どうやら裏目に出てしまったようだ。
何も反応を示さない私に何を言っても問題ないと判断した彼は、無神経にも私の心の中に踏み込み、剰え、前世で長く生きることが出来なかった分を『必死になって今、生きようとしている私自身』さえも否定してきた。
瞬間、全身が身を焦がす様に熱くなる…これは、間違いなく『怒り』だ。
―――もっと踏み込んで来られたら、私…
間違いなく、これ以上、彼が私の心の領域を犯せば…自分でも何をするかわからないぐらいになっていた。
願わくば、彼が、私の様子に気づき、踏み込んでこないことを祈ろうとした…その時だ。
「生きた先にあるのは、『苦痛』と『退屈』だけ…そんな結末しかない『生』に価値なんてあるわけがない。
だったら、何にも捕らわれない自由が生まれる『死』の方が酷く魅力的で価値があるとは思わないか(パチン!)…え?」
彼が躊躇うことなく、私の心の領域に土足で踏み込んできたため、私は、一気に血液が頭に上ってしまい、感情のままに右手を振り上げ、彼の頬へ平手を食らわせていた。
もう、限界だった…『生きたいと願う自分』を真っ向から否定されるのは。
――前言撤回よ…、どんなに利益が出る相手でも、ここまで自分を否定してくるような人と私は関わり合いになんてなりたくない…
目の前がチカチカと光るような感覚を覚えながら、私は、彼と関わらないことを心に決めた。
そして、彼の頬を叩いた手がジリジリと痛みを帯びたのを、握りしめて誤魔化し、怒りで震える声を絞り出しながら、短く彼を突き放す言葉を零す。
「私は、貴方の考えを否定したり、私の考えも強要もしたりしない…のに、貴方は、平気でするのね」
「あ…」
言葉にすると、更に否定された事への怒りが込み上げてきて…私は、自分の感情のままに動き始める。
まずは、目の前の少年を私の目の前から消すため、彼が座る所まで速足で向かい、座っていた彼の腕を引いて、無理矢理、椅子から立たせた。
それから、狼狽えている彼の背中を強く押し、出口へと向かわせる。
「出てって、もうお腹も満たされたでしょう」
「っ、待っ」
「出て行って!
もう二度と顔を見せないで」
「ご、ごめ…」
そして、出口まで彼を押し進め、お店の扉を開け放ったと同時に最後の力を振り絞って彼の背中を突き飛ばした。
その反動で、その場に倒れ込んだ彼だったが、すぐさま、顔を私へと向け、慌てて自分が仕出かした非を謝ろうとしてくる。
だが、そんな姿すらも見たくなくて、私は勢いよく、店の扉を締め、彼がもう二度と入ってこないように鍵を閉めたのだった。
―――ああ、本当…気分が悪い…
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