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rotM:想像してごらん
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「ルリお願い、モデルやって!」「いいけど…」
両手をパン、と小気味よく合わせてマイキーが頭を下げる。その勢いに押されてルリはひと呼吸で引き受けた。
「女の子のモデルだったらエイプリルに頼まないの?」
「もう頼んだよ。でも別の人も描きたいから」
自室で椅子を準備しながらミケランジェロが答えた。アーティストを自称しているけれど、そもそも彼は何をやっているのだったか。
「ぼくは何でもやるよ。最近はライブペインティングとか、その場でパパって思いついたのを描くのが一番好き!」
「へえ。でもデッサンとかするんだ、意外」
「人の形とか動きの流れとかわかってると、描いてるときにしっくりくるんだー」
絵を描かないルリにはピンとこなかったけれども、楽しそうなミケランジェロが「できたよー」と声をかけるので話はそこで切り上げた。
これは、飽きるな。
一枚一枚は思ったより短くササッと描いてしまう(クロッキーとかいうらしい)、ポーズも難しくないし姿勢もどんどん変わるけどいかんせん長い。
まだかなー、とルリがぼんやり考えているとミケランジェロが紙をめくりながら気楽な声で言った。
「じゃあルリ次服脱いでー」
「は?」
思わず突っ込んでしまったけど、絵描きは早く早くとせがんでくる。思わず真正面から向き合って声をかけた。
「いやいやいや、ヌードはないでしょ」
「お願い! エイプリルにもそれはダメって断られちゃったから」
そら断るでしょうよ。だから私にお鉢が回ってきたのか、と理解したとてもう遅い。
うるうるおめめで見つめられたら断れないことをこの天使は知っているのだろうか。…いや多分天然だな。ずっこい。
「…誰も入ってこない?」
「うん」
「…せめて下着はつけたままにさせて」
「いいよ!」
嬉しそうな声を背中で聞きながら、ルリはゆっくりと服を脱いでいった。
今日は上下おんなじ下着を着ててよかった。
ちょっと、いやかなり恥ずかしいので顔は見ないでおく。
「いいね…もう少し腕上げて。そんな感じ」
なんというか、下着姿をじっくり見られるというのもなかなか恥ずかしいな。気のせいかさっきより一枚当たりにかける時間が長くなってる気がする。
立ったり、座ったり、ポーズを変えながら枚数を重ねていく。
やがて。
「できた〜! ありがとルリ♡」
ようやく終わった、と急いで服を着る。
スケッチブックをパラパラとめくりながらミケランジェロは満足そうだった。
「どんな感じ?」
「見てていいよ! お礼におやつがあるから持ってくるね」
着替え終わって椅子に近づくと、入れ替わるようにミケランジェロが部屋を出ていく。好きなの持って帰ってもいいよー、と言い残す声が足音とともにだんだん遠ざかって行くのを聞きながらルリはスケッチブックを開いた。
いわゆる石膏デッサンのような陰影をつけた絵のようなものではなくて、線で輪郭を捉えたような単純なイラストがたくさん並んでいる。
うまいヘタはよくわからないけれど、なんとなく姿形がわかるので面白いなあと次々ページをめくっていったのだが。
「…ん?」
下着姿になった頃から雰囲気が変わった。描き込みが多くなったのもあるが、なんだか表情がついてきたような。
恥ずかしげにしていた自覚はルリにもあったが、それにしても顔を赤らめていすぎやしないか。
何より目線が、彼を見てはいなかったはずなのに、絵の中のルリはなにか言いたげにところどころ視線を向けていた。
違和感を感じてぺらり、と最後の一枚を開くと。
(な、なにこれ!?)
ポーズには確かに覚えがあるけれども、うっとりと頬を染め、濡れた目つきでこちらを見つめてくる自分がそこに描かれているのを見てルリは必死で考える。
知らぬ間にこんな顔を? まさか。
いくつか描かれた絵の中には腰や太腿に手が添えられているものもあった。そのどれも指は3本しかなかった。
何もかも実際にはなかったものばかり。混乱するルリの頭の中で小さな絵描きの声がした。
『その場でパパって思いついたのを描くのが一番好き!』
まさかまさかあんな純朴な子が、こんな色っぽい表情を描くなんて。
必死に否定してみるけれども、最後の一枚なんてまるで絶頂を迎えた恍惚を帯びているようにすら見える。
もはやページを閉じることもできず絵の中の自分から目を離せないでいると、いつの間にか戻ってきた彼はまるで入り口を塞ぐように立っていた。
「どう? ルリのこと、うまく描けてるでしょ」