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ある日、いつもの様に家に戻ってサナちゃんと自室にいる時の事だ。突然窓の外を誰かが通る気配を感じた。
「誰だろう……」
不思議に思ってカーテンを開けるとそこには
黒い服を来た男の人か立っていた。目元には何故か
包帯を巻いている。
なんで包帯なんて巻いてるんだろう……前が見えなくて落ちたりしないのかな?
初めて見る人だったけど、どこか懐かしい雰囲気だった。
見ず知らずの、しかも何故2階の窓に続く屋根の上に立っているんだろうと色々疑問には思ったけれど、とりあえず泥棒なのかと問いかけることにした。
「お兄ちゃん、泥棒さんなの?」
窓をあけて問い掛けた言葉に、男は
一瞬驚いたようにこちらをみてニコッと人当たりのいい笑顔を見せる。
「えーっと、君ここの子?」
「うん」
男の言葉に私は大きくうなづいた。
「へえ……じゃあ、後ろにいる子も……かな?」
男が目元を覆っていた包帯を少しずらす。包帯の下から出てきたのは、綺麗な宝石の様な目。綺麗だけれど何処と無く鋭利さを感じるその目は、私の後ろに立つサナちゃんを真っ直ぐに見つめていた。
「お兄ちゃん、サナちゃんが見えるの?」
私の背後には、いつの間に現れたのかサナちゃんがいた。彼女はまるで威嚇するように目の前の男を見据えている。
「うん。バッチリ見えてるよ」
「……っすごい! 学校のお友達も先生もみえなかったのに、お兄ちゃんはサナちゃんが見えるんだね!」
よかったねサナちゃん、と彼女を振り返る。だけど、サナちゃんは私と同じ様に喜ぶどころかお父さんとお母さんを殺した時のように、酷く冷たい目をして目の前の彼を睨んでいた。
「……ねぇ、君はどうしてその子と一緒にいるの?」
「え?」
「その子、呪霊だよ」
「じゅれい……? 知ってるよ」
呪霊とは、人の負の感情から生まれる化け物の事。
そう、サナちゃんが教えてくれた。だから知ってる。
「その子、人間じゃないんだよ」
「うん」
「その子と一緒にいると危ないんだよ」
「そんな事ないよ。だってサナちゃんはミナトを閉じ込めていたお父さんとお母さんを退治してくれたし、新しいお家の人達と違ってミナトの事だけ見てくれる。ご飯だってお腹いっぱい持ってきてくれるんだよ」
施設での暮らしは、お世辞でもいいとは言いづらかった。
施設には、サナちゃんと同じ私にしか見えない人達が沢山いた。その子たちもサナちゃんみたいにすぐ私と友達になってくれて、可愛がってくれた。けど、私にしか見えない存在は施設の人達には不気味に思えた様で、結局はお父さんとお母さんと同じ様に私を避けるようになって行った。
『誰もいないでしょ!?』
『ミナトちゃん、いつも空気に向かって話してて気持ち悪い……』
色んな差別な言葉を投げかけられた。でも、私はそれでも良かった。私にはサナちゃんがいる。呪霊の皆が居るって思えば、凄く心強かったから。
「だからミナトはサナちゃんと一緒にいる。なんでお兄ちゃんはサナちゃんが見えるのにサナちゃんが傷付くこというの? サナちゃんが可哀想だよ」「……そっか。ごめんね、変なこと言って。でも、その子は本当に危険だと思うから、今すぐ離れた方がいいと思うんだけど……」
言い切る前に、サナちゃんが空を切って男へと飛び掛る。だけどその攻撃は、簡単に避けられてしまった。
「サナちゃん!!」
サナちゃんはいつもの女の子の姿からあの日の一つ目の大きな化け物へと姿を変えて、鋭い爪で男に襲いかかった。
「サナちゃん怒っちゃった。お兄ちゃんが傷付くこと言ったから……」
私は男を襲うサナちゃんを部屋の窓から見上げながら
呟く。
「大丈夫かなぁ……」
男の人は、サナちゃんの攻撃を軽々と避け続けていた。
「……君、名前は?」
「え? ミナト……」
「…………そっちじゃなくて、君の本当の名前」
「……? ミナトはミナトだよ。サナちゃんが付けてくれたの。可愛いでしょ」
「(呪霊に名付けられた……?)」
男は、何か考え込むように黙ってしまった。
その間にもサナちゃんは何度も攻撃を仕掛けていたけど、男はそれを全てかわしている。
「(この子はやっぱり……)」
「お兄ちゃん凄いね! 今まで誰もサナちゃんが食べれなかった人はいなかったのに。ミナトのお父さんとお母さんもね、サナちゃんが殺してくれたんだよ。ババーってしてバー!!ってなって凄かったんだから」
自分の親を呪霊が殺した。その事を私はニコニコ笑顔で彼に説明する。今思えば、異様な姿だっただろうなぁと思う。
「……ちょっとごめんね」
男がスっと手を上げる。すると、大きな光の玉が生まれ、その玉を私に向かって投げる。
「えっ……」
と驚き、思わず目を瞑ってしまう。しかし痛みも衝撃も襲ってくることはなく、恐る恐ると目を開けるとそこには私の前に立ち塞がるようにサナちゃんがたっていた。光の玉はサナちゃんが食べてしまったようで、血が垂れる口元から白い煙があがっている。
「サナちゃん! 血が出てる……酷いお兄ちゃん、なんでこんなことするの!?」
口元の血を袖口で拭う。サナちゃんはキュウウ……とか細い声をあげながら私にすりすりと頬擦りをした。
「呪霊が人の子を守る……か。面白い」
そう言うと、彼はまた手を上にあげる。
今度はさっきよりも大きい光る球が生まれる。それをサナちゃんに向けて投げようとした瞬間、私は咄嵯に叫んだ。
「やめて!!!」
ピタリ、とその動きが止まる。
「それ以上サナちゃんを虐めたら……許さないから」
今度は私がサナちゃんの前に立ち塞がる。
「皆で、お兄ちゃん殺すから……」
ギロリ、と彼を見上げながら「皆、助けて」と叫ぶ。すると何処に隠れていたのか、沢山の呪霊達が窓辺に現れ甲高い声をあげながら私とサナちゃんを取り囲む。
「へぇーすごい数だねぇ」
そう言いながらも、彼の表情は一切変わらないまま。むしろ余裕さえ感じる程に落ち着いていた。
「呪霊を式神のように使役できる術師がいるなんて初耳だけど……凄いな。その数を従えて意識をたもってるなんて」
「皆はミナトを守ってくれるお友達。だからミナトも皆を虐める人は許さない」
暫く睨み合いが続く。やや間があって。
「わかった」
男がポンっと掌をうつ。
「ごめんね。虐めるつもりだったわけじゃないんだけど、君の能力が未知数過ぎて試しただけなんだ」
「試す?」
「うん。だから、もう何もしないよ。サナちゃん、だっけ? 彼女にも謝るよ。ごめんなさい」
ペコリ、とお辞儀をする男を見て、私はホッとする。
私が警戒を解くと同時に、周りにいた友達も1人また1人と空気に溶けて消えていく。最後に残ったのは私とサナちゃんだけ。
「でも、その子は危険だよ。俺にはわかるんだ。その子は人の負の感情から生まれた呪いだから」
「サナちゃんは悪い子なんかじゃ無いもん!」
「君がどう思ってるかは関係ないんだよ。でも……まぁそうだね。彼女らは相当君が大事な様だし、君も無意識に彼女を制御出来てる。絶対に祓わないといけない存在とは言い難いか」
「……?」
何を言っているのかさっぱりわからなかったけど、とりあえずサナちゃんは大丈夫みたい。良かったぁ……。
「君の名前はミナトっていうんだよね?」
「うん」
「俺は五条悟。呪術高専の教師をしている者だよ」
「じゅじゅつこうせん……? 先生なの?」
「そ。よろしくミナトちゃん」
「宜しく……お願いします」
それが私と五条先生との出会い。そして私の人生が大きく変わるきっかけになった日だった___。