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橘で1時間使って駄文書いてみた。「太陽を連れて虹の元へ」
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「あい、おはよう……そろそろ起きて」
とある日曜日、昼に近いような朝。しかし仕事が落ち着き浮かれて夜更かしをしたせいであいの体は起きようとしない。
ゴロンと寝返りをうつと、ツンツンと頬をツツかれた。ああ、もう。まだまだ寝ていたいのに。
「ん~……」
起きたくない。まだ寝ていたい。顔を枕に埋め、うつ伏せて切々と訴えるが、今度はすぅ、と指で背中を撫でられた。
くすぐったさに思わず起き上がると、ニコニコと少年のような笑顔を浮かべたあいの恋人が顔を覗き込んでいた。
「あい、起きよう。良い天気だよ」
「……良い天気?」
ザーザーと雨の音がする。彼の世界だとこれが良い天気なのか……確か今日は生憎の雨だとテレビが言っていたと思い出し、あいは顔を枕に埋めた。
煩いと思っていた雨音はいつしか子守歌のようになり、気付けば夢の中へと誘われ始める。
ああ、雨の日は苦手だ。だけど、雨でも心地よく思うのは、多分、
「あい、そろそろ目を開けて……流石に寂しい」
頭を撫でられる感覚がして、ふと目を開けると優しく微笑むあいの恋人が居た。
あいはベッドの上で身体を引きずるように動かし、橘の膝に頭を置いて腰を抱き寄せた。
猫のように身体を丸めて甘えるあいに、男は愛おしげに小さく笑って頭を撫でてやる。
「さぁ、食事の準備は出来てるよ。食べ終わったら少し外に行こうか?」
「……雨、ふってますけど……」
「うん。でも車出すし……きっと昼過ぎには晴れると思うよ。あいと出かけたいんだ」
ダメ?と尋ねてくるその甘く、柔らかな声色にどう逆らえと?
あいはもう自然と首を縦に振り了承していた。
「ドライブの前に、近くのコンビニで何か買ってこようか?」
「新作の飲むヨーグルト……桃味のやつが良いなぁ……」
遅めの朝食を摂りのんびり過ごしてから外に出ると、丁度雨が止む頃だった。
雨上がりの空の下、空を見上げて雨の匂いを肺一杯に取り込み体に染み込ませていく。
肩を並べて歩き出す。雨が降った為か少しだけ肌寒く、2人の距離は自然と縮まる……というより、あいが橘にすり寄った。
「ああ、7月なのにまだ肌寒いね」
「ほんとですね……雨が降り続いてるし、梅雨とか三寒四温とか風流過ぎて日本から出ていきたくなります」
「いやいや、寒さを理由に出て行かないで。あいは暑い方が好き?」
「いえ、暑いと溶けちゃいそうだからやっぱり日本から出ていきたくなります」
「じゃあ夏はアイスを沢山買っておこう。日本から出て行かれたら困るからね」
「因みに私はパピコが好きです。多分夏の私の体液に一番近いのはパピコだと思うんですよ」
「解った。それで、冬のあいの体液に一番近いのは何? イチゴミルク?」
「そうですね。でもイチゴミルクは年中受け付けているので……温かいココアとか」
「なるほど。じゃあ後でホットチョコを淹れようか」
「じゃあ寒いから家に帰りましょう」
「家を出てからまだ5分も経ってないからダメ」
ちぇ、とあいが悪態を吐いているが、その姿すら可愛らしく見えるから不思議だ。
コンビニに着いて、あいご所望の飲むヨーグルトやコーヒーを手に車へと戻るその途中。
2人は近くの公園に立ち寄る。雨が降っていた為か閑散として寂しげな空気だ。
歩き出そうと橘が足を進めると、突然あいが橘の隣から離れ、水たまりの上をぴょん、と飛び跳ねる。
先ほどまで貧血気味でダルそうにしていたくせに、どうやら漸くエンジンがかかってきたようだ。
「楽しそうだね」
「そうですねぇ~」
公園内の暗い雰囲気に反し、あいの笑顔は良く晴れた日の太陽そのものだ。
橘はその笑顔を愛おしむようにして見つめている。あいの笑顔は何よりも愛しているし、いつまでも見ていたい。
「子供みたいだね、あい」
「たまには童心に帰ってみるものですよ? 一緒にやります?」
「止めておくよ」
「イメージ崩れちゃいますもんねぇ~」
イメージ、と言われ橘が動きを止める。あいもその他大勢の人間のように橘に大層なイメージを持っているのだろうか?
もしそうならば少しだけ寂しいような気がして、熟考する前に言葉が口から飛び出してしまっていた。
「……君の中で俺はどんなイメージなのかな?」
質問した橘とは対照的であいはあっけらかんとその言葉を受けて、また橘とは違った意味で深くは考えずに答えを出す。
「少なくても、水たまりをまたいで騒ぐイメージではないですね。隣で優雅に眺めてる休日のお父さんポジって感じです」
「なるほど、」
興味なさそうに、適当に言われたがなんとなくそれが気に入ったのか橘は機嫌良さそうに笑いながらあいの後を着いて行く。
ホテルの最上階でネオンを見下ろしながら真っ白なバスローブだけ着てワインをクルクル、とかそんな事言われなかっただけマシという話でもある。
あいは次々に水たまりを飛び越えて進んで、落ち葉を見つけると両足で捕えて音を楽しんでいた。
たまに靴の表面で水を弾いてみたり。先ほどまで雨だから家に居たいと訴えてきた人間と同一人物には見えない。
ああ、まるで太陽だな、と笑う橘。そんな橘を時折振り返ってはあいが笑う。
雨上がりの澄んだ空気、心地良く通り過ぎる風。木漏れ陽と共に零れ落ちる雨の雫がキラキラ光っている。
「あ、橘さん」
「なに?」
「見てください、上。ほら、虹」
あいが指差す方向には淡い七色の橋が架かっていた。空も先ほどよりも晴れ渡り、沈みきった雰囲気だった公園がいつの間にかこんなにも明るい。
虹を見上げていると、腕に何かが触れる感触がする。あいが引っ付いてきたに決まってはいるわけで。
見下ろせばいつの間にか橘の隣に戻ってきたあいが彼の腕に捕まりながら虹を見上げている。
「……きれい、」
「そうだね、」
君には負けるけど、と口にするのはやめておく。
色んなものを素直に心に写し、心を響かせる。
彼女の純粋な時間を邪魔したくない。彼女が純粋たらしめるのはきっと、こういう時間だから。
そんな彼女を橘はとても愛していた。
「そろそろ行きましょうか」
「……虹はもういいの? 写メとか」
「いえ。ちゃんと覚えたから良いんです」
ふわりと微笑むあいの手を奪うように握りしめると、幸せそうに彼女が笑う。
気恥ずかしさからか頬を赤く染めているあいに自然と口元が緩む。
気温に負けて冷え切った橘の手にあいの体温が染み込んでいく。
「この空気、橘さんを思い出すんですよ」
「……俺を?」
「はい。ちょっと冷たい手と、澄み切った空気が似てます。だから、好きです」
そういえば、あの夜も雨だった。
「……君は太陽みたいだね」
「え?」
「暖かくて胸がポカポカするからね」
「……褒め言葉、で良いんですよね?」
「勿論だよ」
ずっと止まない雨はない。雨が降ったら晴れるのだ。
雨上がりには外に出ようか。きっとまたグズる彼女の手を引いて、虹を探しに行こう。
それに、こんな雨上がりに太陽はつきものだから。
太陽を連れて虹の元へ