可憐な英雄のポロネーズにしおりをはさみました!
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可憐な英雄のポロネーズ
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中高一貫校の聖ルドルフ学院はほとんどが高等部にエスカレーター式で進む。進路希望調査票は高校に行くか行かないか、行かないのならばどうするのかを表記する。これを夏休み前と夏休み明け、中間試験の後など何度か書くタイミングがあるのは公立中学校と同じだろう。
夏休み明けからコンクールに向けて正式に演劇部に所属することになったのばらは常に台本を持ち歩くようになった。
はじめはできる範囲でのばらの個人練習に付き合い、やがて脚本や演出に興味を持ち始めた。
演劇部内で用意した台本の内容についていくつか気になる点もあったが、違う部に所属しているはじめはなんとか物申したい気持ちを抑えて練習に付き合った。
――僕ならば、もっとのばらさんの魅力を引き立たせられる。でもこの舞台の主役はのばらさんではない。
U-17選抜合宿の招待状を手に、遠目に演劇部の練習に励むのばらを眺める。
その場にいた誰よりも美しく輝く彼女は王子役、部内に適任者がおらず、部長が頼み込んできたのも頷ける。思い浮かべたのばらの凛とした立ち姿に、今からため息が溢れる。
衣装がまだ無いというのに、あれほどまで周りと違うオーラを纏っているのだから今後プロの役者として生きていく道もあるだろう。
高等部に進んだらさらに間近で彼女の成長を見守りたい。できるならば自分の書いたシナリオを、台詞を読んでほしいなどとも思いながらしばらくその場で夢を膨らませていく。
合宿でしばらく学校、寮を離れることになるがその間ものばらは新しい仲間と楽しく過ごして行けるだろうと安堵の笑みを浮かべ、観月は職員室へ向かった。
金木犀の香りに包まれた秋の夕暮れ。
夏のコンクールは惨敗だった演劇部。のばらというバレエやスケートで表現力のトレーニングを幼い頃から行ってきた英雄一人の力で秋の舞台芸術コンクールはそこそこの賞をとることができた。表彰状を持った演劇部部長を中央に、役者と裏方の集合した写真がメッセージとともにはじめのスマートフォンに届いた。
先日衣装に身を包んだのばらの自撮り写真が送られて来てあまりの良さに近くにいた他校の生徒にまで見せびらかして自慢をしたくなった。今日送られて来た写真は、コンクール当日というだけあって髪型も化粧も完全に理想の王子そのものだった。凛々しく美しい男装に思わずオスカル……と呟いてしまう。
その愛らしい、誰をも虜にするような笑みや洗練された仕草はまさにマリー・アントワネット。健気で愛らしく懸命に生きる姿はロザリーだろうと思い込んで来たが、こうして写真を見ると王子役もかなり適役だ。
「裕太くん!」
不二周助と何やら喋っていた裕太にスマートフォンの画面を見せつける。
「わあ、観月さんの彼女さんかっこいいですね!」
どれどれと不二周助が覗き込むので自慢げに胸を張っていると、にこやかにブイサインをする男子生徒を指差して「この人かい? 笑顔が素敵な人だね」と言うので、違う違うと裕太がのばらに指をさす。
「この人だよ」
「へえ……素敵な女性なのに、ずいぶんと好みが変わっているよね」
「おやおや不二周助くん、男の嫉妬は醜いですよ」
「で、いつから恋人だと錯覚しているの?」
「本当の本当に恋人です! 僕の恋人ののばらさんです!」
ムキになって怒るはじめを裕太が狼狽しながらなだめると、騒ぎを聞きつけて集まったメンバーがぞろぞろとのばらの映ったスマートフォンを覗き込んだ。
「あ、そういえば観月さん、体育祭の時」
「裕太くん」
寸でのところで裕太の言葉を遮ったはじめの安堵もつかの間、突然背後に現れて反射の強い眼鏡をずり上げた乾貞治が淡々と口を開く。
「聖ルドルフ中高合同体育祭での借り物競走、観月お姫様事件の話かな」
それからしばらくはじめは姫様とあだ名を付けられることになるがのばらにそれが語られる日は大分先の話になるだろう。