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Ownership⑤
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「……………?」
船の看板にて、辺りを見回しても島は見えず当分の景色は海一面だと思っていた時、看板の向こうで見知った顔の男が浮き足立った気分で右往左往している姿をロー達は目撃する。
その正体はシャチだった。
「おい」
「っ!!うおっ!」
落ち着かない様子でウロウロしているシャチを不審に思って声を掛けるとこちらが驚くほど大きな声で驚かれた。
船中に響くかと思われたその声にローはうるさそうに耳を塞ぐ。
「うるせェ」
「あ、キャプテン!!ベポとペンギンも一緒か!」
自分に声をかけた人物がローだとわかるとシャチはいつもの明るい笑顔を見せる。
しかし、やはりどこか落ち着きがない。
「シャチ、何してんだこんな所で?」
ペンギンがそう問いただすとシャチは何故か顔を赤らめてソワソワした様子で訳を話した。
「いやこの前、アマンダが襲われそうになった時おれ達で助けた事あっただろ?そのお礼として、怪我が治ったらクッキーか何か作ってくれって頼んだんだよ!見たところもう完治してるみたいだし、もしかしたら今日…って思うとなんか待ち遠しくてさァ!」
意気揚々と話すシャチにここ最近浮かれた雰囲気を出していたのはその為だったのかと呆れるロー。
それは、今は亡きキッド海賊団の船員に襲われそうになった時、ローの命令でアマンダを保護したベポ達。そんな彼らの優しさを踏みにじって逃亡した件をペンギンに謝ったら、謝罪よりも助けてくれた時のお礼なら嬉しいと言われ、あの時彼女を助けてくれたベポやジャンバールにお礼を言ったアマンダ。
その後、廊下でばったり出会ったシャチにも同様にお礼を言ったのだが、シャチはこの貸しをチャンスと言わんばかりにアマンダに怪我が完治したら手作りの菓子が欲しいとねだったのだ。
ローを介してもう怪我が治ったと知ったシャチはいつアマンダが手ずから作った菓子を可愛い袋にラッピングして持ってきてくれるだろうかと待ち遠しいらしい。
いい歳して青春ドラマのような妄想に心踊らされているこの部下の心配をしていた自分が馬鹿だったと頭を悩ませるロー。
「どうっスかキャプテン!羨ましいっスか!?」
「くだらねェ、菓子なんかコックにでも作って貰えばいいだろうが」
「えぇ〜〜!!?キャプテンわかってない!!女の子からの手作りを貰うのがいいんじゃないスか!」
「何が違うんだよ、そんな事で浮き足立ってんのはお前くらいだ。なァ?」
心底くだらない。
恐らくそう思っているのは自分だけではないはず、と隣にいたベポやペンギンに同意を求めるローだが
「えぇー!いいなァシャチ!!おれもクッキー食べたいよ!!」
「ちくしょー!!何であの時変にかっこつけて気にしてねェなんて言ったんだおれ!?シャチみてェに何かプレゼントでも強請れば良かったァァ!!」
単純にお菓子が食べたかったベポと心底悔しそうに膝をついて地面をどんどんと叩きながら涙するペンギン。
対するシャチは勝ち誇ったかのようにVサインをする。
「…………………」
その様子を呆れた顔で見るロー。
ベポは兎も角ペンギンが本気で悔しそうに泣いている姿を見て、理解が追いつかない。
「はァ………」
ウチのクルーはいい歳して変な所で思春期の様な子供っぽさがある連中ばかりだ。
騒ぐのが好きで、女が好きで、そして悪さが大好き。
自分に正直な者達ばかりで、ローに対する忠誠の言葉も恥ずかしげもなく素直にぶつけてくる。
ローは自分が人からチヤホヤされる程出来た人間だなんて思ってもいないが、こんな自分を慕い続けるクルー達を物好きな奴らだと思う反面、慕われるのも悪くないと心の何処かで思っている自分がいる。
可笑しな奴らだな、と呆れるもいつも見る光景に安心した様子で笑みを浮かべる。
しかし、その笑みは突然背後から現れた人物によって消される事になる。
「…………?」
背後から気配を感じ、後ろを見るロー。
そこには、この船のもう一人の船長であるキッドの姿があった。
先ほどまで戯れていたローのクルー達もキッドに気づいた。
「トラファルガー……」
自分の名を呼ぶ男の声が、いつもより低く、殺気を放っているように感じたローは後ろにいる男に対して少し警戒する。
「何か用か?ユースタス屋、航路の件なら昨日話した通りだ」
警戒を隠してあくまで冷静に話をするローだが、キッドは殺気を纏った様子でローのところまでズカズカと歩み寄ったかと思うと、徐に彼の胸倉を掴んできた。
「キャプテン!?てめェキャプテンに何しやがんだ!!」
自分の船長が訳もわからず掴み掛かられ威嚇するシャチだがキッドからギロリと鋭い視線で睨まれ方怯んでしまう。
「…何の真似だ」
胸倉を掴まれたローの口調は冷静を保ってはいるが、やはり理由なく喧嘩を売られたせいか眉間にしわを寄せキッドを睨む。
シャチに寄越していた視線を再びローに向け、キッドは怒る気持ちを隠そうともせずローに言い寄った。
「てめェ、女に何吹き込みやがった」
「……何?」
キッドの言っている意味がわからず意味を問いただす。
何故そこで人質の女が出てくるのか。それがローには理解できなかった。
だが、そんなローの気持ちなど御構い無しにキッドは怒りを彼にぶつける。
「しらばっくれんじゃねェ、おれが女とした取引の事、てめェは知ってた筈だ。その上でてめェも女に取引を持ちかけた、違うか?」
「………………」
ローは何も言わない。
しかし、ローの頭の中でキッドの言っている内容の真意が構築されていく。
そして、目の前にいる男と話題の中心にいる女との間に何があったのか、ローはすぐに想像がついた。
「大方このおれから女を守ってやるとでも言って唆したんだろ?
ハッ、女相手に残忍で名の通った男が聞いて呆れるぜ」
「そうか、お前……」
キッドの怒りを露わにした嫌味にローは言葉の真意を読み取ったのか、ニヤリと挑発するかのように口元を吊り上げる。その不気味な笑みに鼓動が騒つくキッド。
そしてローは、自分の胸倉をつかむ男の腕を掴み、言葉を放った。
「フラれたのか、女に」
「あァ!?」
ローの放った言葉にキッドは更に眉間に皺を寄せ、胸倉を掴む手に力を込める。
その手は血管が浮き出るほど力が込められており、普通の人間ならその苦しさに泡を吹いて気を失いそうになるも、ローは平然とした様子で更に挑発の言葉を投げかける。
「男の嫉妬は見苦しいよなァ、ユースタス屋」
瞬間、二人の周囲が爆発し、その反動で船が傾いた。
何だ何だと食堂や自室で寛いでいた船員たちが爆発音がした方向へ押し寄せてくる。
船の看板にはもくもくと煙が立ち並び、唯一その場にいたローのクルー達は一斉にローの名前を呼んで安否を確認した。
埃と煙が立ち上る中、二つの大きな影が姿を現した。
そこには、爆発の原因であるキッドとローの姿だった。
ホッと胸をなでおろす一同とは裏腹、当人の二人はお互いを睨み合っている。
ローの挑発で怒りが頂点に達したキッドは、先ほどよりもより一層殺気を放ったまま自分を挑発した男に怒鳴りつける。
「いい気になってんじゃねェぞクソ野郎がァ!!このおれに舐めた口聞きやがって!!ブッ殺してやる!!!」
ビリビリと痛い風が吹き荒れる程の怒鳴り声にその場にいた船員が震え上がる。
その声にギャラリーの中から顔を出したキラーは、キッドを宥めようと彼の元に駆け寄る。
しかし、八つ当たりとも呼べる行為を受けたローは、至極冷静に膝の埃を手で払った後、くるりと彼に背を向け視界に入らないようにする。
そして、冷たい目でキッドを睨んだ。
「好きに言ってろ。おれはお前みたいなガキに構ってられる程暇じゃねェんだよ」
「んだと!!?」
側から見れば二人とも互いに対して怒りの感情を抱いている。
しかし、同じ怒りでもキッドの方は余裕がなく見え、ローは怒り、というより呆れたような冷めた態度だった。
「わからねェか?今のお前は欲しいモンを横取りされて愚図ってる幼稚なガキだ。おれはガキに興味はねェ」
「ヤロウ……」
キッドの手に金属類の凶器が集まってくる。
彼は本気でローを殺すつもりだ。
キラーは空かさずキッドの元へ歩み寄り、この行為を制する。
「よせキッド。仲間が見ている前で感情的になるな」
「うるせェキラー!!あのスカした野郎をぶっ殺さねェとおれは気が済まねェ!!!」
「……なら周りをよく見ろ、お前の殺気に当てられて、クルー達がどうなっているのかを」
キラーの言葉通り周りを見るキッド。
そこには、キッド海賊団の船員達が、皆殺意を込めた目でローや彼のクルー達を睨んでいた。
ロー達もその殺気に反応して警戒態勢に入っているが、自分達から攻撃を仕掛けるのではなく、あくまで向こうの出方を待つといった姿勢だ。
それはまるで、今のローとキッドの状況を表しているかのようだった。
「…………!」
「気づいたか?お前の出方次第では奴らは必ずトラファルガーを敵とみなし攻撃するだろう。そうすれば必ず内乱が起こる。
これが船長だ。お前の行動全てがクルー達に影響を及ぼす。戦う時を見誤るな」
キラーの言葉の重りがキッドにのし掛かる。
組織とは、団体のシンボルとなる中心人物を筆頭に組み立てられた集団だ。
その中心人物がキッドならば、彼の言動一つで仲間達は動く。
自分の存在が周囲に大きく影響していることを実感し、キッドはローに攻撃しようとしていた能力の発動を停止した。
するとそれを見ていたローは、今度はキッドに鋭い視線を向け宣戦する。
「お前の言う通り、女の身はおれが預かっている。下手に手ェ出そうってんならお前が相手だろうとバラして海に投げ捨てる。それでも良いなら好きにしろ」
「あァ!?何上からモノ言ってやがる!!そのふざけたセリフはてめェにも言えることじゃねェか!!」
「勘違いするな、おれが女としたのは〝取引〟じゃねェ。
おれが女を守ってやることであいつはおれに〝貸し〟をつくった。
おれがあいつにその〝貸し〟を返して貰うと言えば何をしても合意の上だ。
わかるか?お前とおれはフェアじゃねェんだよ」
「!!?」
圧倒的な屈辱感。
自分と対等のレベルの相手に宝を横取りされた上、喧嘩の相手にもならないと言われ、どうしようもない敗北感がキッドを襲う。
いや、そもそもどうして自分がここまで怒っているのかさえキッドは自身の気持ちがわからない。
ただの女だ。
特別な力があるわけでもない。
仲間にしたい程強いわけでもない。
広い海を生き抜く術も知らず、現にこうしてキッドやローに守られないと生きていけない。
そして、自分を誘拐した海賊相手に命を差し出さなければ生きられない弱い女。
昨日の夜も、特に好意があったわけではない。
只最近忙しくて島についても女と戯れる余裕もなく欲求不満だったのを解消させようと思っただけだ。
自らの命を守るために自分を利用したその度胸は興味が沸いたがそれだけだ。
ローの言う通り、やはり彼に対して嫉妬をしているのか。
この感情が何なのか、キッドには分からなかった。
「………チッ」
どうにもならない煮え切らない気持ちを不快に感じたキッドは舌打ちをし、ローを一度睨み付けるとその場を翻した。
「……胸糞悪ィ」
そう言って、機嫌の悪い彼に怯え道を作る部下に目もくれず、その場を去った。
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「あ………」
部屋へ戻る途中の廊下で見つけた、二人の船長の喧嘩の根源。
恐らく先程の爆発音が気になって部屋を出て確かめようとしたが、また変な事に巻き込まれてしまう事を恐れてその場で行こうか行かないか迷っていたのだろう。
アマンダはキッドを見ると昨日の出来事が頭を過ぎったのか顔を赤らめ、どうしたものかと目を右往左往して動揺しているのがわかる。
情事の後はどう顔を合わせたらいいのかわからない。
そんなアマンダに今のキッドの気持ちなど知る由もないだろう。
キッドはアマンダを見つけると、先程の苛立ちがまた頭に上ってきたのか、眉間に青筋を立てて彼女の方へ迷いなく向かう。
そして彼との距離の近さに驚いて一歩下がるアマンダの腕を取って、壁に押し付ける。
ドンっと音がなり、背中に鈍い痛みが走る。
「……いつからトラファルガーに借りをつくった」
「………え?」
「おれに取引を持ちかけながらトラファルガーにも媚を売ってたとはな、大した女だぜ」
それは決して褒め言葉ではない、むしろ皮肉に近いものだった。
キッドが機嫌が悪いことを感じたアマンダは何が彼を怒らせてしまったのか必死に考える。
しかし、当然のごとく思う節が見つからない。
「おれに守って貰うようテメェで頼んでおきながら、おれからトラファルガーに守って貰うよう奴にも取り入ったんだろうが」
「あ、それは………」
アマンダが言葉を濁した事により、自分の推測が完全に正しかった事実が突きつけられる。
それが更にキッドの怒りを業火に変える。
「……もういい」
「……え?」
キッドがボソリと呟いた言葉をもう一度聞くべく問いただすが、キッドはアマンダを壁に押し付けていた手首を離すと、興味なさげに彼女に背を向けた。
「気ィ変わった。てめェとの取引はなしだ。
てめェの命なんぞ知ったことか、海へ野放しにでもされてクズ供に喰われてろ」
そう吐き捨てて彼女の顔を見ることなく去っていくキッド。
そんな彼の後ろ姿を、アマンダはただ見ていることしか出来なかった。
「…………」
To Be Countinue…