-
Ignorance Is Sin③
-
大きな本屋の中は書庫のように広く、色んな本が並んであった。
流石に本を買うところまで一緒にいるのは気がひけるのでアマンダはローに許可を貰った後、美容に関する本やファッション雑誌のコーナーに行き、袋とじをしていない雑誌を取って読む。
「…………!?」
その時、ガラス越しにキッドが町裏を歩いている姿を見つける。
キッドも船を降りて街へ出かけていたのだ。
建物と建物の間から微かに見えたくらいなので本人だと確証は出来ないが、アマンダは彼の様子が気になり、思わず店を出た。
(キッドさん……どこ?)
キラーの言う通り、キッドを見つけたからと言って彼をどうにかできるとは思えない。
だが、アマンダは彼をとりあえず見つけることだけしか頭になく、その先のことは考えていなかった。
「…………?」
以前読んでいた医学の本で少しわからない所があり、その本に載ってあった参考資料を買いに島に行ったのだが、目的のものを買い、自分の買い物に付き合ってくれた彼女の元へ行くも、店の何処を探しても見つからない。
トイレにでも行ったのかと思ったが、ここの本屋にトイレなどない。
待ちくたびれて外に出たのかと思ったが、外に出て見回しても何処にもいない。
「チッ、何処行きやがった」
電伝虫でも持たせておけば良かったと後悔していると、街の人の声がローの耳に届く。
「や、やべェぞ!こ、こ、こ、この街に
あの天竜人が!!!」
「!!?」
耳を疑う発言。
しかし、男の声はかなり震えており鼓動も早い。
それだけで本当のことを言っているのを感じとり、アマンダがいなくなったのも相待ってローは頭を悩ませる。
「っクソ!」
************************
「ハァ……ハァ……」
裏通りを走ってキッドのいそうな場所を探して見ても見つからない。
やはりあれは幻覚なのか。
「あとは、何処を……」
すると、二つ先の建物の場所で自分と同い年のくらいの女の子が目に入った。
何やら男の人と言い合いをしているみたいで、相手は彼女より大分年上だった。
腕を引っ張られており、女の子はとても嫌そうに掴まれた腕を振り払おうとしていた。
(……親子かな?喧嘩してる?)
しかし父親とおぼしき男の力には敵わず女の子はズルズルと引きずられるようにして建物の中に入っていく。
(………まぁどうでもいいか)
親子喧嘩だろうとアマンダには関係のないことだ。
それよりも一刻も早くキッドを見つけたかった。
その親子から目をそらし彼等とは反対の方向へ走り出そうとした瞬間
「……………!?」
視界に移った女の子と微かに目があった気がした。
その時の女の子の自分を見る目から涙が流れていて、懇願するようにこちらを見ていた。
「……………」
そのまま建物の中に入って姿を消した為、アマンダは構わず走り出す。
だが、女の子のあの涙と胸のざわめきが消えない。
(キッドさん……もう帰ったのかな?)
いつのまにか中心街に出ていたアマンダは結局キッドを見つけることが出来ず後悔する。
(何やってんだろ、私……)
ローと共に来ていたのに彼を放ってキッドを追いかけ、なのに見つからず、ローの元へ帰らなくてはいけないのに本屋への道がわからない。
自分が思っていたより冷静に行動できず感情で動いてしまう愚かさに泣きそうになる。
(いい年して、迷惑ばかりかけて……)
もしかしたらもう放って置かれたかもしれない。
ローだって自分からほぼ付いていったようなものだ。
なのに勝手に何処かへ行って迷子になって、呆れて船に戻ったかもしれない。
キッドとの取引も反故されたため、自分があの船に戻る理由もなくなっている。
ローには只貸しを作ったに過ぎないため、むしろアマンダがいなくなった方が彼にとっては好都合だ。
キッドとの取引がなくなった今、自分があの船にいて彼等のメリットになる事なんて何もない。
「う………」
目に涙が勝手に溜まってくる。
服の袖で必死にそれを拭っていると、突然誰かが慌てた様子で腕をガシッと掴まれた。
驚いて腕を掴む人を見ると、その人は顔に大量の冷や汗をかきながら血相をかいた様子でアマンダの腕を引っ張る。
「あ、アンタ何やってんだ!!?ここは天竜人の通り道だぞ!さっさと横に避けて、膝をつけ!!」
「………え?」
男の人に腕を引っ張られ後ろに下がると、アマンダはハッとなる。
彼女の視線の先には、町中の人が地面に膝をつき、頭を垂れていた。
そしてその先には
「き、来た!ほら!頭を下げて!!」
男の人に無理矢理頭を地面に押さえつけられ、その場に跪く。
天かける竜の家紋を敷いた、この世の頂点に立つ一族
アマンダは生まれて初めて、その姿を目にした。
(あれが、世界貴族……)
白い着物のような服を見に纏い、シャボン玉のような透明のマスクをつけた三人の神々。
その横には鎖で繋がれた巨大な大男や、ボディーガードであろう黒服の男が二人。
そして、四本足で馬のように歩きながらその背中に天竜人を乗せ今にも息切れで倒れてしまいそうな男が一人。
その男も首輪がはめられており、繋がれた鎖は天竜人が持っていた。
「もっと早く歩くえ!この人間がっ!」
「うっ!ぐふっ!」
足で蹴られ、苦しそうにする奴隷の男。
その身の毛もよだつ光景にアマンダは咄嗟に目をそらす。
(酷い、同じ人間なのに……)
天竜人は自分の故郷から少し離れたシャボンディ諸島でよく訪れると話を聞いたことがある。
世界政府を作り上げた世界の創造主。
しかし、長年の歴史が権力を暴走させ、今やもう廃止となっている人身売買も見過ごされているとの事。
しかし、いくら世界の創造主と言われても、小さな町で過ごして来たアマンダにとって、その偉大さは大き過ぎて逆にわからなかった。
(私も、あの時捕まってたらあんな風に…)
天竜人に足蹴りされている奴隷を見て、アマンダは以前ローやキッド達の船から逃亡した際、通りすがりの海賊達に捕まり、人身売買に掛けられそうになった事を思い出す。
あの時は自分を追って来たローとキッドに助けられた為難を逃れたが、あのまま捕まっていたら自分もあの奴隷のように売り飛ばされ、権力者達にいいように扱われていたのだろうか。
今ある状況よりももっと酷い仕打ちが待っていたのだろうか
そう思うと背筋が凍る。
すると、自分たちの前を通り過ぎた時、向かいから見知った顔の女の子がいたことに気づくアマンダ。
(あの子は……)
その女の子はつい先程、ローとアマンダが本屋へ向かう途中足を怪我して手当をした女の子だった。
女の子も母親と思しき女性に手を引かれ、その場で土下座をさせられているが、丁度その前を天竜人が通り過ぎようとしたその時
「あっ!」
女の子が持っていたボールを誤って手から離れてしまい、そのまま天竜人の前をコロコロと転がって行く。
奴隷はその事に気付き、そのボールを避けて歩こうとするも
「あ、ま、待ちなさい!!」
少女は母親の手をすり抜けそのボールを追いかけて、天竜人の前に立った。
立った
それだけなのだ
しかし
「む!?なんだえお前!何故わちきの前に立ってるえ!?」
「ひっ、申し訳ございません!何卒、お、お許しを!!」
女の子から手を離してしまった母親はすぐさま少女の小さな身体を抱きしめ、涙ながらに許しを懇願する。
少女も震える母親の腕の中でその恐怖を肌で感じ取ったのか、泣きそうになっていた。
だが、天竜人の持つ拳銃から身を守ろうとしたのだろう。
謝罪の言葉を述べてはいるが、彼女達はパニックになっているがあまり頭を垂れる体制を忘れてしまっており、それが彼等の怒りに触れた。
「お前達!わちきの前でなんで顔を上げてるかえ!!?」
彼女達の態度に怒りを感じた天竜人。
大した怒りじゃない
しかし、天竜人は無情にも手に持っていた拳銃をその親子に向け発砲した。
「!!!?」
鳴り響く拳銃の音に顔を上げ音がした方を見る。
すると、少女を抱きしめていた女性がその場に倒れているのが見えた。
そして、その女性に銃口を向ける天竜人と、その銃口から僅かに煙が出ているのがアマンダの瞳に映る。
撃たれたのだ、彼等の銃に
その場に倒れた事で少女を抱きしめて守っていた女性の身体がその場に伏せられ、少女を守るものがなくなってしまう。
そして、天竜人はその無防備な少女にも拳銃を向け
「……っ!!!」
その引き金を引いた。
ドサリと今度は少女の幼い身体が血を流しながらその場に伏せられる。
あまりの悲惨な光景に思わず少女の方へ駆け寄ろうと頭をあげるアマンダだが、隣にいた男性にその頭を手で地面に押さえつけられる。
「(我慢しろ!おれ達だってあの親子を助けたいんだ!でもどうにも出来ないっ。奴らが去るまでは頭を上げるな!)」
小声で、しかし切羽詰まった様子でそう告げる男性。
アマンダは何も出来ない事に悔しさを感じながら彼等が去るのを待つ。
天竜人は獲物を仕留めたかのように手を叩きながら嬉しそうにその場を飛び跳ねる。
早く、早く去って!
親子がまだ生きていると信じて、とにかく天竜人がこの場を去るのを祈る。
やがて満足したのか天竜人は奴隷の背中に乗って去っていった。
「あ、あぁ……」
天竜人の姿が見えなくなるのを確認すると、ようやく地面に押さえつけられていた頭に乗せられていた男性の手がそっと引いて、アマンダはすぐに立ち上がり少女の元へ駆け寄る。
「おい!大丈夫か!!?」
「医者だ!誰か医者を呼んでくれ!!」
撃たれた親子を先程まで天竜人に頭を下げていた人達が一斉に集まる。
見ると、親子の周囲は彼女達の流す血で真っ赤だった。
子供は一発、母親は二発撃たれたようだ。
その痛々しい光景にアマンダはまだ辛うじて息がある二人を助ける為にキョロキョロと辺りを見回す。
(トラファルガーさん…助けて!)
しかし、何処を探してもローの姿は見当たらない。
当然だ、彼とは本屋で逸れたのだからいるはずもない。
「………っ」
やがてこの街の医者がやってきて、その場にいた民間人と供に親子らをタンカに運び、病院へと連れて行く。
その様子を見ていたアマンダの肩をぽんっと優しく誰かの手が置かれる。
見ると、手を置いたのは先程アマンダに天竜人がくる危機を伝え、彼女の頭を地面に押し付けていた男性だった。
「さっきはすまんかったな、力づくで地面に押し付けちまって」
「い、いえ!ああして下さらなかったら今頃……」
そう言った途端、親子の姿を思い出し、縁起でもないと口を紡ぐ。
「お前さん、この街の住民じゃなさそうだ、旅人か何かか?」
「あ、はい。そんなものです…」
まさか海賊に囚われた捕虜ですなんて口が裂けてもいえない為言葉を濁す。まぁ海賊も略奪行為はするものの、基本的には旅人と然程変わらない。
「ならこの先も気をつけな。あいつらは相手が女子供でも容赦しねェ、むしろ若い女なら愛人として連れて行かれるかもしれねェからな」
天竜人なら法の裁きを受けずに民間人を誘拐出来る。
誘拐された民間人は黙って従うしかない。
むしろ誘拐などという悪質な言葉で収めてしまう民間人の方が罪人となる。
そんな理不尽な人がいるこの世界の裏側を、アマンダは肌で感じ取った。
→