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Vision And Memory
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【ーーー……】
美しい花が咲き乱れる自然の中で
少女は微笑んだ
頭には可愛いお花の冠が飾られており
まるで異国のお姫様のような愛らしさが少年の目に移る
【ーーーー……】
一生懸命作った冠に心からの笑顔でお礼を言う少女
その笑顔をいつまでも、いつまでも見ていたかった
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「………夢か」
少女の笑顔がだんだん遠のいていき、途端に光を浴びて眩しくなり目を閉じた瞬間、再び目を開けた時にはまだ慣れない自分の部屋。
ゆらりゆらりと揺れ動くそこは船の中。
ローはゆっくりと身体を起こし時計を見ると、二度寝をするのは難しい時間になっていた。
まだ頭がぼうっとしている中、ローは久し振りに夢というものを見たとまだ鮮明に記憶に残る夢の出来事を思い出す。
(あいつの夢を見るなんて久し振りだな)
ここは、海賊船
まだ自分が海賊になるなんて夢にも思わなかった頃の記憶だった。
夢そのものを見ること自体滅多にないローにとって、今日一日は何かがありそうな予感がしていた。
(あいつらはもう食い終わったのか)
顔を洗い、身なりを整え食堂へ向かう。
キッド海賊団との共同生活では下手にプライベートな姿を見せてしまってはいずれ敵となった時その弱点を突かれる恐れがある。
簡単に隙を見せないためにも身なりはきちんとしておかなければならない。
鏡で確認した後、食堂へ続く廊下を歩く。
ゆっくりとした足取りで向かいながらも頭によぎるのは今日見た夢の光景。
柄にもないと思った時
「…………っ!!?」
自分の前方を歩く後ろ姿がローの目にとどまる。
艶のある美しい髪を二つに結び、細くしなやかな身体は白いワンピースで包まれている。
女性らしい小さな歩幅で歩くその姿は、夢で見た少女そのものだった。
夢じゃない、確かにそこにいる
驚いた様子で目を見開きながらその姿を見ていると、前を歩く白いワンピースを着た女性は何故そうなったのか、何もないところで急に躓き、体勢を保てないまま前方へ転びそうになる。
「……!!」
咄嗟にその者のところまで駆けつけ、体勢を崩すその腕をガシッと掴んだローは、そのままその者の身体を自分の方へ引っ張る。
あいつが
ラミが
妹が
無事かどうか確認するためにその顔を覗き込むと
「!てめェは……」
「あ………」
ローの瞳に映ったのは、自分が夢で見たあの少女とは全く異なった女性の顔だった。
その女性は、今自分達の監視下に置かれているある小さな島国で攫った人質だった。
「トラファルガーさん…ありがとうございます…」
人質の女性、アマンダは自分を助けてくれたのがローだった事に驚きつつもお礼を言う。
ローは今自分の目の前にいるのが夢で見た少女ではなくアマンダだったことにハッとなるもすぐに冷静になり彼女から離れる。
一瞬動揺仕掛けた事はバレてなかったようだ。
「……ったく、どうすりゃこんな平面で躓くんだ」
「え、えと…すみません……」
恥ずかしいところを見られてしまったのも相まって顔が赤くなるアマンダ。
ローは先程の少女の顔を思い出し、そんな彼女の顔をじっと見つめる。
「…………?」
二つ結び、と言ってもアマンダはトップのところが軽く三つ編みにされており、結び方も緩めで軽く巻かれていた。また、サイドの後れ毛も軽くウェーブがかかった状態で出されていた。
全体的に妹のようにキッチリと纏められているのではなく、軽く崩されていて、今時の若い女性風のアレンジといったところだ。
自分の妹と比べて見て相違点がいくつも見つかると徐々に冷静さも取り戻せてきて、ローは「気をつけろ」とだけ言って彼女から去っていった。
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ガタンと船が進む方向を変える音がした。
船の食料が底を尽きそうになったらしく、近くの町に停泊するそうだ。
以前はキッド海賊団とハートの海賊団の船員達のイザコザで憂さ晴らしに島に降りる者が多かったが、最近はその様子もなく、気分で島に行くようになった。
また、この島には古くなった地図や本に書かれた文字を復元し、解読する機械が充実している町でもあり、キッドとローが手に入れたディストピア島への海図の古い文字を解読してもらう為、ローやキッドも島に赴く事になる。
「大丈夫かよ、解読された途端海図持ち逃げとか…」
「キャプテンの能力があれば大丈夫だよ」
ローがキッドやキラーと何か話している背中を遠くから見つめるペンギンを励ますベポ。
確かにローの能力さえあれば海図を持ち逃げされたとしてもすぐに取り返せる。
しかし、相手が相手なだけに油断できないと心の中が騒ついて仕方がないらしい。
その為に自分たちもついて行くのだが…。
「そうだぞー、おれ達のキャプテンを信じようぜペンギン」
そう言いながらペンギンとベポの間を割って入ってきたのは船番を任されたシャチだった。
彼の手には透明の袋に入ったハートや星形の菓子が小さい姿でいくつも入っていた。
パイ生地で作られたハート型の中心には甘いミルクチョコが乗っており、他にもアイスボックスクッキーやチョコレートを固めて中にクッキーを入れた様々なクッキーのお菓子が入っている。
淡いピンクの紙で包まれ透明な袋の中に入れられている小さなクッキーを見せつけるように二人の前で食べ続けるシャチ。
その姿を見つけたアマンダが彼に小走りに駆け寄ってきたのを見て、二人はそれがアマンダの手作りだという事がすぐにわかった。
何故なら、以前シャチからアマンダが自分の脱走を信じて庇ってくれたシャチにお礼として怪我が完治したらお菓子を彼の為に作ると約束したと聞いたからだ。
「シャチさん、その…お味の方はいかがですか?」
「いやァ〜、まぁまぁかな?」
返事はアマンダにしているのに明らかに顔がベポとペンギンに向いているシャチ。
その自慢気な顔に怒りが湧いていたペンギンは今度はアマンダに顔を向け顔を赤らめながら話しているシャチを無遠慮に蹴り飛ばした。
勢いよく倒れてしまったシャチは何とか手に持っているクッキーの入った包みを死守してペンギンと乱闘になる。
その光景を見てをあたふたした様子でベポに駆け寄るアマンダ。
島に降りる前にキッドやキラーとの話が終わったローはその光景を見て呆れた様子で戻ってきた。
「……何やってんだ相変わらず」
「あ、キャプテン!
シャチの奴がアマンダから貰ったクッキーを見せびらかして来たんだ!そしたらペンギンが怒って喧嘩になっちゃって……」
心底くだらない様子で頭を抱えるロー。
ちらりと隣にいるアマンダを見ると、彼女はどうしたらいいのか、まず喧嘩の原因は何なのかがわからず戸惑っていた。
キッドやキラーがいる手前で自分達の海賊団のこのような幼稚な姿を見せる事に抵抗があるローは静かに未だに頰をつねりあって喧嘩をしている二人の元に歩み寄った。
「菓子くらいで天狗になってんじゃねーよ!言っとくがな!アマンダは自分を助けてくれたお礼にお前の命令聞いただけだ!!別にお前の事が好きなわけじゃねーぞ!!」
「んな事知ってるよ!それでも羨ましいからおれに突っかかってきたくせに!」
「だいたいお前はーー…」
「随分楽しそうだなァ、お前ら」
突然ドスの聞いた声が背後から聞こえ、聞き覚えのある二人はそれにビクッと肩を震わせ恐る恐る声の方へ顔を向ける。
そこには、ニヤリと口元に不気味な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしているローの姿があった。
喧嘩に夢中でローの存在に気づかなかった二人は機嫌の悪い彼に先程までの喧嘩でお互いの頰をつねりあっていたせいで顔が赤くなっているはずなのに、一気に二人の顔は真っ青になる。
「き、キャプテン…お早いお帰りで…」
「スースタス屋と同盟を組んだ事でお前らが警戒してたから心配してたんだが、杞憂だったみてェだな」
「あ……はは…」
最近はいつも船で見る愉快な光景をよく目にし、警戒心が薄れてきているローの部下達。
ようやくキッド海賊団達とも慣れてきている様子にローも少しだけ安心していたのも事実だ。
「だが………」
そこで言葉を止めると、ローは肩に担いでいた刀を鞘に収めたまま座り込んでいるペンギンに向ける。
「何が起こるかわからねェからどんな時も羽目を外しすぎるなと忠告していた筈だが?」
「「す、すいませんでしたァァァ!!!」」
あまりの気迫に二人は一斉にその場に正座をし、地面に頭を擦り付け謝罪する。
少し脅しが過ぎたかと思うも、これくらいしないと反省しないだろうと溜息をついたローは、何事もなかったかのように二人に背を向け、「行くぞ」とペンギンに呼びかける。
「アマンダは行かなくていいの?」
途中ベポが船に残ろうとしているアマンダを気に止める。
前回天竜人の非道さを目にし人攫い屋に攫われそうになった彼女は今日は留守番することにしたのだ。
それに元よりアマンダは捕虜の身であるためそう易々と外に出るのもおかしな話だが…
「私は大丈夫です。行ってらっしゃい」
そう言って控え目な笑顔でベポ達を見送るアマンダ。
それに対し人懐っこい笑顔で行ってきます!と手を振るベポの隣で、ローは彼女のその姿を見る。
「………………」
【行ってらっしゃい】
【行ってらっしゃい、ーー…さま】
【ーーーーーー………兄さま】
【行ってらっしゃい、お兄さま!】
「………!!?」
揺れる二つ結びの髪
白いワンピースをキュッと握る白い手
アマンダの後ろで笑顔で自分を見送る少女にローは思わず手を伸ばしそうになるが、いつまでも船を降りようとしないベポに名前を呼ばれ、ハッとなる。
「………何でもねェ、行くぞ」
今日は何かが起きそうだ
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