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Vision And Memory④
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アマンダとしては嬉しい気持ちを隠さずに素直にお礼を言っただけなのだが、ローはそんなアマンダに目を見開きながら見ている。
何かおかしな事でも言ったのだろうかと自分の言葉に失言を探すが見つからない。
すると、突然ローの手がアマンダの頰に添えられる。
驚くアマンダだが、以前彼女が熱を出した時もこのような事があったため、あの時の出来事が蘇る。
やはり何か失言をしてしまったのだろうか、とローの言葉を待つアマンダ。
しかし、ローの放った意外な言葉は彼女の思考を狂わせた。
「……その呼び方はやめろ」
「……え?」
「聞こえなかったのか?ファミリーネームで呼ぶのをやめろと言ったんだ」
言葉は理解できたが、意味が理解出来ない。
自分は今までローの呼び方を変えた事などなく、ずっとそう呼んで来たのだ。
それを何故今になって訂正し始めるのかわからなかった。
「あ、あの……トラファルガーさんでは…ダメだったでしょうか」
「……前から思ってたんだが」
アマンダの質問を無視し、言葉を続けるロー。
「ユースタス屋はファーストネームで呼ぶのに対して、おれとの差は何だ?」
「そ、それは……」
ローの突然の質問に言葉が詰まる。
確かに、アマンダはキッドの事は名前で呼ぶのに、ローの事は苗字で呼んでいた。
ローがその事に疑問を持っていたのにも驚きだが、何故と問われればアマンダもそこまで深く考えていないので返事に困る。
唯、ローは言動や雰囲気から自分よりも年上なのは明らかだった。
勿論キッドも自分よりは年上なのだろうが、ローの落ち着いた雰囲気やクールで冷静沈着な性格が、アマンダが一歩引いて苗字で呼んでいた理由だ。
キッドが子供だという事は決してないのだが。
「と、特に理由は……」
「無意識か。おれのファーストネーム、知らねェ訳じゃないよな?」
「は、はい……」
「……呼んでみろ」
突然の無茶振りに戸惑うアマンダ。
何故そこまでアマンダに名前で呼ばれる事に拘るのかまったくわからない。
逃げ場のないこの状況で、アマンダは喉に詰まる彼の名前を言えないでいた。
異性の名前を意識して呼んだことなどない。
面と向かって、彼の顔を見ながら、まるで恋人のようだ。
(何を考えて……彼は海賊なのに…)
「名前呼ぶだけだろうが、早くしろ」
「きゃっ!」
頰に添えられていたローの手が今度は顎を掴まれ強制的に顔を上に向けられ、更にローの顔がぐっと近くなる。
何かの衝動でローが前に倒れれば互いの唇が触れ合ってしまいそうな危険な距離に、アマンダの心臓はバクバクと凄まじい音を立てる。
「まっ……待って…」
「言っとくが、ユースタス屋は仲間と飲み明かしに船を空けているから助けには来ねェ。
船に残っている連中じゃ相手にもならねェこの状況で、あんまり待たせるとお前に何するかわかんねェぞ」
「あっ…!」
ここは密室。誰も来ない。
自分に用のある人なんて限られているため、訪れる者などいない。
追い詰められた状態で、羞恥を理由に見逃してもらえるなんて甘い考えだ。
危険な空間の中、アマンダは震える唇を小さく動かしながら彼の名前を呼ぶ。
「…ろ……ロー……さん……」
「聞こえねェ、もう一度だ」
「ローさん…」
恥ずかしい気持ちを抑えながら、アマンダはローの名前を呼ぶとローはその様子に満足したのかニヤリと口元を歪める。
「………悪くねェ」
ゾクリと背筋が凍る。
ローはそんな彼女の腕を引っ張り椅子から立ち上がらせると、訳がわからず戸惑うアマンダをベッドまで連れて行った。
そのまま彼女をベッドの上に放り投げると、体制の整っていないアマンダの上を覆いかぶさるロー。
突然の事にアマンダの頭の中はパニックになる。
(ま、待って待って待って!!なんで!?どうしてこんな事に……!?)
男性経験のあるアマンダはこれからこの男に何をされるのかは理解出来る。
しかし、どこで男のスイッチが入ってしまったのか、どういう経路でこうなってしまったのかがわからない。
慌てふためくアマンダとは対照的にニヒルな笑みを浮かべるロー。
それはあの時のキッドと同じ、捕食者の目だ。
「お前が熱を出したあの時、おれに借りを作った事を覚えてるか?」
「は、はい…」
アマンダはキッドから身を守るため、キッドと同等に戦える彼に自分を守ってほしいとお願いしたあの日だ。
「その借りを返す為に、おれに何されても文句は言えねェよなァ?」
「………!」
それは、例えキッドが帰ってきたとしても彼に助けなど求められないという事だ。
自分は今、この男の支配下にある。
アマンダの横についていたローの手が寝かされ、彼の腕がベッドにつかれる。そうすると必然的にローの身体はベッドへと近づいて行く形となり、アマンダの逃げ場を完全に失わせる。
至近距離にあるローの顔に目眩がしそうだ。
アマンダは涙目でどいてもらう様懇願するが、その表情がローの加虐心を煽ることなど知らない。
「……いい顔だ」
「あっ!!」
ローの唇がアマンダの首元にあてがわれる。
擽ったい妙な感覚に身をよじらせるが、当然無意味な抵抗である。
(わ、私この人に……まだ心の準備が…)
まともに準備もできないまま甘い刺激を与えられ、悦楽の声を上げる。
ローの手がアマンダの服の中に入り、その白い肌に触れられると、ビクンと大きく反応する。
その手は徐々に上に上がっていき、彼女の豊富な胸に這わせられる。
「あぁ……」
微弱な感触にもどかしい気持ちになる。
ローはキッドとは違い、ダイレクトな刺激を与えるのではなく、むしろ彼女の反応を楽しむタイプだ。
それはそれで苦しい気持ちになる。
「さて…どう虐めてやるか」
心底楽しそうに笑うローの手がそのまま下降して行き、彼女の一番大事な部分に触れようとする。
(あ……く、くる!!)
覚悟を決めぎゅっと目を瞑るアマンダ。
しかし、いつまで経っても刺激はこず、恐る恐る目を開けると、先程まで至近距離にあったローの顔は離れており、彼は肩を震わせ笑っていた。
「ククク、緊張しすぎだ馬鹿。不器用な奴だなお前」
その言葉に単にからかわれていただけだと知ったアマンダは途端に顔を真っ赤にさせる。
そうだ、この人はこういう人だ。
キッドみたいにストレートな人ではない。
人の心理を弄び、遊戯の材料として扱う人。
「ろ、ローさんの遊びは…いつも心臓が悪い!」
「へェ…どこがどう悪いか診てやろうか?」
そういうと突然能力を発動し、円の中にあるアマンダの心臓めがけて人差し指を向けるロー。
何故かその気迫に恐怖を覚えるアマンダ。
そのまま貫かれそうな恐怖に冷や汗が止まらないが、ローは済んでのところで動きを止める。
「おれの能力ならてめェの心臓を抜き取り、自由に弄ぶ事が出来る。余興で潰せば当然だが死ぬ」
「ひっ…!」
さっきとは打って変わって海賊らしい恐ろしい笑みを浮かべるロー。
馬乗りにされている為逃げることなど不可能だ。
優しかったり
男らしかったり
怖かったり
ローの印象は彼の気まぐれでいつも変わる。
「お前はおれの患者だ。心臓が悪いってんならじっくりと診察してやんねェとなァ?」
「ま、待ってください!!だ、大丈夫です!どこも悪くないです!」
「悪いかどうかなんて素人のてめェにはわかんねェだろうが。タダで診てやろうってんだからもっと喜べよ」
「やっ…やだ!!」
しまいには泣きながら否定の言葉を放つアマンダ。
どうやら少し虐めすぎたらしい。
ローはこんな事ですぐ泣き出すアマンダに呆れながらも、大人しく能力を解除し彼女から身を引く。
「……少しやりすぎたな、今日はこれで終わりにしてやるよ」
「……?……?」
思ったよりあっさり引いてくれたローにアマンダは振り回されっぱなしだ。
これは、見逃してもらえたのだろうか。
アマンダが起き上がろうとするよりも先に、ローは彼女に背を向け挨拶をする事なく風のように去っていった。
(な、なんだったの?本気でからかわれていただけ?)
未だローの心理はアマンダには読めない。
しかしわかったことは、ローはかなりの気分屋だということ。
気分の変化が今のアマンダでは追いつけないということ。
アマンダは戸惑いながらも、今日一日見たローのいろんな表情を思い浮かべる。
(ローさん…いったいどういう人なんだろう…)
そして、そんな彼に毒牙されている自分は……
To Be Countinue…