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恐怖を喰らい、飲み乾す。
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血で染まり、唐草模様の風呂敷がはち切れんばかりの荷物を抱えた主人公の名前は寺子屋の前に立ち尽くしていた。
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うつらうつらしていると、父親の声が聞こえた。
「あいつを…。そ…、ば家も…す。…せてわるかったな…と、高く売……だ」
「…」
「その、お前に…た…、…。それであいつを…」
ーーーーー
翌朝起きると、いつものように朝食を食べ追い出されるように外へ行く。その代わりに寺子屋へ向かう。
すると飛脚が主人公の名前の名前を呼んだ。
「主人公の名前さん?」
「え、あっ…はい、」
急に名前を呼ばれ飛脚に近寄ると荷物を渡された。印を押してくれと頼まれ、朱肉を貸してもらうと親指を紙に押し付けた。
差出人…雛鶴…包を開けると真っ白な鞘の刀が現れた。そして中には文が入っていた。
主人公の名前
素敵な女性になっている事を願ってます。
どうか、生きて…
雛鶴
雛鶴…誰だろうと思ったが、次の瞬間脳内がグワンと揺れた気がした。そう言えば父と義母がこの人の事で喧嘩をしてた事があった、きっと私の母親なのだと察した。手放してはならない…が今は持ち歩く事が困難である。
気付かれないように自室の箪笥にしまい着物を上から被せる。そして再び家を出ると寺子屋へ向かった。
***
寺子屋から帰ると義母が玄関で待っていた。目を見開き、まだ父が帰って無い事を察すると、怯えるが戻りましたと草履を脱ぎ部屋に入ろうとする。すると義母に腕を掴まれ台所に連れて行かれた。何事かと思うといきなり着物をはだけさせられ、釜戸なら熱された鉄の塊が出てきた。
「…騒いだら、どうなるか分かってるね」
「ひっ…」
その鉄の塊を左の肩に押し付けられジュッと肉が焼ける音がした。熱いを通り越した痛みを感じ、脂汗が吹き出る。唇を噛み締め義母に辞めてくれと悲痛の訴えをし、暫くするとその鉄の塊は肩から離れていった。
肩を冷やそうと井戸に駆け込み水を組み上げようとするものの左に力が入らない。涙でぐちゃぐちゃの顔を着物で拭い冷やすのを諦め自室に向かう。
***
気を失うかのように眠っていたのか、すっかり暗くなってしまった。まだ左肩がヒリヒリと痛む。自室にある鏡越しに肩を見るとユリの花が刻印されていた。
「…偽り、」
花言葉をふと、思い出した。そうだ、私は偽りなんだと改めて思うと心に重く冷たい石のようなものがのしかかる。
「主人公の名前」
と父の声が聞こえたのでバレてはならないと着物を整え居間に向かう。いつも通り卓袱台には食事が並んでいる。いつもより少し豪華で生唾を飲む。すると父が左肩を掴み傷口を見るわけでもないが押して反応を見る。
「いたっ…」
「よし…やったようだな」
「えぇ」
すると今の襖がピシャリと音を立てて開いた。そこには人間の身体に豚の頭や牛の頭がついた化け物、天人が居た。
「っ…!!」
びっくりして息を飲み込むと天人は風呂敷にたんまり入った小判を父と義母に投げつけた。
「ほう、噂には聞いてたがこれは可愛い小童だァ。」
「若いモンに喜ばれるな」
「じゃあ、よろしく頼みますねェ」
深々と頭を下げる父に理解が追いつかない主人公の名前。腕を掴まれニヤニヤする天人を見上げると
「お前はなぁ、売られたんだよォ」
ゲラゲラ笑う天人に理解できない主人公の名前は父を見る。すると口角を上げて風呂敷の中にある小判を数えていた。
恐怖心からかじわりと生暖かいモノが足を伝い畳を濡らす。
「あーあー、こんなんじゃ小便臭いんじゃ船乗せれねぇや。着替えて来い」
天人は義母の方に投げると、義母は腕をつかみ主人公の名前の自室に向かう。乱暴に着物を剥ぎ取られる。
「もう、あんたの顔見なくていいと思うと清々するわ。食事代もままならないし綺麗なお着物も着せなきゃならないしで面倒だったのよ。」
いそいそと着替えさようと肌襦袢に手をかけた時、サラリと手紙が落ちる。しまったと拾おうとすると既に遅く義母の手によって読まれていた。すると主人公の名前に思いっきり平手打ちをする。一瞬ぐらりと目が回ったが正面を向く。するとそこには短刀を主人公の名前に向けてる義母がいた。
「あんな…あんな女郎と…誰がここまで育ててやったと思ってるだ!!」
くしゃくしゃに踏み潰された手紙をぼうと眺めていた。頭がうまく働かない。このままどうなるのか、どうすればいいのか。
すると脳裏に達筆な文字が浮かんだ
ーーー生きて。
ハッと我に返る主人公の名前。義母を睨みながら箪笥を開け真っ白の刀を取り出す。竹刀より何倍も重たいであろう刀を金属音を立てながら抜刀し、鞘を左手に持ち義母の右腕を切っ先で貫く。その瞬間、悲鳴と共に血飛沫が顔にかかり視界が赤く染る。天人が襖を開けると肌襦袢で血を拭う主人公の名前。義母が足元でのたうち回ってるのを見て、口に入った血を顔に吐きかける。天人を見るなり人差し指で挑発する。
「貴様…!」
天人が持っていた斧を振りかざすと主人公の名前は霞の構えをし瞬時に腹を切る。
「遅い」
天人の上半身が義母の上に落ちると更に悲鳴を上げた。居間で父が恐怖に怯えて主人公の名前を見ている。
「主人公の名前っ…どこで…そんな…」
「父上、百合の花言葉知っていますか?」
「へっ…?」
ニコッと笑えば父の喉を貫き、顔を近づきぼそっと花言葉を伝えた。喉と口からとめどなく血が溢れる。刀を引き抜くと、振りかざし顔を二つに裂いた。
もう一体の天人は仲間の敵と言わんばかりに大太刀を持って走ってくる。腹を蹴られ天人の死体に叩きつけられる主人公の名前。視界が歪み胃液が込み上げてくる。大太刀を降ると箪笥が真っ二つになりそれを見た主人公の名前は目を見開きこのままじゃまずいと察した。
「この…っ…」
後に回り込み、天人の背中に駆け上がりながら刀を首に刺す。時計回りに刀をぐるりと回すと横にスライドさせて肉を断ち切る。天人は倒れ、真っ白な肌襦袢は真っ赤に染まっていた。
義母が天人の死体の下で唸っているのを見て、死体を蹴飛ばし義母の頭を掴む。
「助け、…助け…て。」
「い や だ」
そう言うと義母が落とした短刀で首筋にじんわりと刃を当てゆっくり引く。
血塗れになった文を取り、箪笥からこぼれた手拭いで水分を取り、手や顔を拭う。自分の刀は血を綺麗に拭き取り納刀し居間に行くと、ごぽり…どぷり…と死体から内臓と血を押しのけ体内に溜まっていたガスや空気が漏れている音がする。音の在処を目で確かめることもなく卓袱台に並べられた赤飯や魚を先程自分が粗相してしまった所に座り手掴みでがむしゃらに食べた。
生きて、生きなければならない。生きて生き抜け。
夜明け前の一番暗い時間だった。