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海軍大佐と海賊
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プルルル、プルルル、プルルル。
「・・・・・・・・・」
「大佐、こちらにもサインを」
プルルル、プルルル、プルルル。
「これが終わったらやるから、置いといて」
「はい」
プルルル、プルルル、プルルル。
「大佐」
「何」
プルルル、プルルル、プルルル。
今し方山ほどの書類を運んできた部下は、執務机の隣に備え付けられた鳴り止まない電伝虫を指差した。
「いいんですか?」
ビリッと音を立てて破けたのは、ペンを走らせていた書類である。やり直しだ。忌々しい。
大きくため息をつき、使い物にならなくなった書類をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に投げる。が、ゴミ箱の縁に当たって外に落ちた。部下は無言でそれを拾い上げ、ゴミ箱に入れた。
今度はゆっくりと手を伸ばした先にあるのは、鳴り止まない電伝虫。
実はかれこれ10分以上鳴り続いており、自分自身そろそろ限界だった。少し放っておけば諦めるだろうと思っていたのに、とんだ誤算である。
そして。
ガチャリ、と受話器を取り上げて。
『お、やっと出』
ガチャン。
即、受話器を戻した。
「お見事ですが、かけ直して来るに1000ベリー」
「賭けにならない賭けは却下」
「残念です」
無表情で云った部下を軽く睨みつけた直後、電伝虫は再びけたたましく鳴り始めた。
早すぎやしないか。
どうせかけ直してくるにしても、もう少しくらい時間を置こうとかは思わないのだろうか。
頭痛を訴えるこめかみを人差し指で揉みほぐしても、頭痛は軽くなってくれない。ちらりと部下に目をやっても、助けてくれる気配はない。しかも会釈をひとつして、さっさと退室してしまった。味方がいない。
先ほどよりも巨大なため息をついて、観念して受話器を取った。
『あ、おい何だよ! 酷ェじゃねェかすぐ切るなんて!』
「取っただけましだと思いなさいよ」
『嫌だ! 俺はお前の声が聞きたかったんだ!』
「・・・あっそう」
呆れてものも云えないというのはこのことだ。
声が聞きたいだなんて、そんな理由で海賊が海軍大佐に電伝虫をかけてくるなんて、大馬鹿にもほどがある。いくら盗聴の心配がない電伝虫を使っているとは云え、自分の立場をわかっているのかと時々説教したくなる。
電伝虫の向こうで喚いているのは、少し前に私が任務で接触した海賊、ポートガス・D・エースだった。
どうやってこの電伝虫の番号を知ったのかは知らないが、こうして毎日のようにエースは電伝虫を鳴らす。しかも、一度鳴ったら取るまで鳴らすという悪質振り。無言電話のストーカーよりたちが悪いと思うのは気のせいではないはずだ。
結局根負けして受話器を上げてしまう私も悪いとは思うが、たまに本部からかかってくる召集の連絡かもしれないと思うと無視しきれないのが現実だ。10分放置した今日は、実は本部からだったらどうしようかとヒヤヒヤしていたのだがやっぱりエースからだった。よかったような、よくなかったような。複雑だった。
どうせエースが一通りの話を終えて満足するまでこちらから電伝虫は切れないし――切ったらどうせまたかかってくるのはわかっているんだから、だったら一回で終わらせた方が効率がいい――、ペンを放り投げて執務椅子に思いっきり背を預けた。ちょっと贅沢して買ったこの椅子は、思った以上に座り心地がよくてお気に入りだ。
『で、昨日の話の続きなんだけどよ!』
「無理だって云ってるでしょ」
『なんでだよ!1日くらい休み取れるだろ?』
「そーゆー問題じゃないでしょうが!」
じゃあどういう問題だ、と不満を漏らすエースに、本気で説教をかましてやりたくなった。
面白い見世物をするキャラバンを見つけたから、一緒に見に行かないかと誘われたのは昨日のことだ。
ふたつ返事で断ったらしばらく食い下がられたのだけれど、どうやら見知らぬ海賊から攻撃を受けたとかで慌ててエースはそちらへ向かってしまったので、昨日はいつもよりは早めに解放された。
私は断ったのだ。
そんなことは無理に決まっていると、はっきり云ったのだ。
なのに、懲りずにまた誘ってくるとは。
ああ、頭が痛い。
「あのね、エース」
『おう』
「私は海軍。あんたは?」
『海賊』
わかってるじゃないか。
よくできました、と馬鹿にしたつもりで云ったのに、電伝虫が照れたように目を逸らしたので呆れた。どうしようもない馬鹿だ。
「海軍と海賊が、仲良く見世物見に行くなんて、絶対に無理なの!」
『なんで?』
きょとんと返事をされて、何故か私が言葉を失ってしまった。
まさかそんな返事がくるとは。
どこまで馬鹿なのか。
それとも私が間違っているのか。
いや、そんなはずはない。断じて。
「なんでって・・・」
『別に俺は、海軍と一緒に行きたいわけじゃねェけど』
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまい慌てたが、エースはそんなことは気にせず、さらりと云った。
『俺は、お前と一緒に行きたいんだよ』
―――不覚にも。
この台詞にときめいてしまったことは、一生の恥なので誰にも隠し通さなければならない、と心に決めた。
「っ、馬鹿じゃないのっ!?」
『酷ェなー』
「うるさい、馬鹿じゃなきゃアホよ!切るからね!?」
『おぅ、じゃあな』
羞恥でパンクしそうだった頭が、一気に冷えた。
拍子抜けした。
いつもだったら、絶対に駄々をこねるのに。
そんな私の疑問を察したのかなんなのかよくわからないが、私の目の前の電伝虫は、満面の笑みで云ったのだ。
『今日はお前の声聞けたら、満足した!』
「・・・・・・・・・」
『じゃ、また明日もかけるからな!』
またな、と朗らかに云って、本当にさっさとエースは電伝虫を切った。
ツー、ツー、ツー。
先ほどまではエースの表情にあわせてくるくると表情を変えていた電伝虫も、今は目を閉じてしまってもう何も云わない。
「・・・・・・・・・」
なんだ、それは。
いつもいつもエースは一方的だ。
毎日毎日電伝虫を鳴らして自分が満足するまで話に付き合わせた挙げ句、勝手に満足して勝手に通信を切ってしまう。
むかつく。
腹が立って仕方ない。
なんで私がこんなことに付き合わなければいけないんだ。
理不尽だ。
不条理だ。
断固として抗議しなければ気が済まない。
明日電伝虫が鳴ったら即座に取って、エースが何かを云う前に抗議と説教をしてやろう、と固く決めたとき、扉がノックされた。
「失礼します、大佐」
「何」
「お茶をお持ちしました」
「・・・ありがと」
一応直属のこの部下は、非常に気が利く。
面倒な書類の管理は完璧だし、下の管理も行き届いているおかげで私の仕事はいつもスムーズだ。そして給仕係をつけるのを嫌がると、こうしてお茶まで用意してくれる。
彼は部下だけど、頭が上がらない部分があるのも本当だった。
用意されたクッキーと紅茶で一息ついていると、ついつい愚痴めいたことを口にしてしまう。
「あー、もうホント、困ったもんよね」
「火拳ですか」
「そう。ったく、誰が番号教えたんだか!」
クッキーを噛み砕く。甘さがちょうどよくて、さくさくしていてとてもおいしかった。が、たまに歪な形のものも見られるということは誰かの手作りなんだろう。今度お礼とケーキをリクエストしたい。
2枚目のクッキーに手を伸ばしたとき、ちょっと黙っていた部下が云った。
「お口に合いましたか?」
「あ、これ? うん、おいしい」
「僭越ながら、私の手作りです」
「・・・意外な趣味ね。付き合い長いはずだけど、初めて知ったわ」
「恐縮です。ところで大佐」
「ん?」
チョコチップがたっぷり入ったクッキーを食べ終えたところで、さらりと部下が口にした台詞に、思わず硬直した。
「火拳に番号を教えたのは私です」
(なんでだァァァァ!!?)
(駄目と云われなかったので)
(相談もされてないよ!ちょ、もう何それ!?あんた減給!!)
(ではお菓子も作れませんね・・・残念です)
((え、私脅されてる・・・?))
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エースは恋したら一直線\(^o^)/
部下はいい性格しております(笑)
201804020 再掲