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海軍准将と海賊
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海軍本部、マリンフォード。
世界の中枢であるこの場所に、私のような巡回メインの将校が立ち寄ることはあまりない。
ここには基本的に大将3名以下、おつるさんを筆頭にした数人の将軍が常駐しているので、私たち大佐――いやもう一応准将か。まぁともかく、私たちの階級がいるは必要ないのだ。
では、このマリンフォードに留まらない将校はどうするのか。
分類としては大きくふたつ。世界各地に点在する支部に配属されるか、もしくは、私のようにほとんど海の上に留まって、一定の海域を巡回するかのどちらかである。
将軍の地位を持っていても地方支部で勤務する場合もあるが、巡回船に勤務する将軍はまずいない。
准将になったからには、どこかの支部に配属されることになるのだろうけれど。いきなり本部勤務になることはないだろう。とは思っても完全には否定出来ないのが哀しいところだ。
考える。
私は別に、陸で仕事をすることになっても構わないし、ブランもそうだろう。
が。
他の部下の面々を思い浮かべる。
あいつらが、陸で仕事?
無理だ。
だいたい、私が大佐になるのと同時に他の隊から引き抜いてきた今の私の部下たちは、陸での仕事が全く話にならない実戦だけで生きてきたような荒れくれ者ばかりだし、何より引き抜きの条件が『海の上の生活を保証すること』だったのだ。
今更陸勤務になりました~なんて云ったらどうなることだろう。
ああ、考えただけで頭が痛い。
「・・・おつるさーん」
「なんだい、だらしないねぇ」
本部の食堂は、まだお昼時ではないのでほとんどガラガラだった。
広い食堂の隅のほうの席で、私の前にはサンドイッチ、おつるさんの前には鯖の味噌煮定食が並んでいる。さすが海軍本部、なんでもあるしなんでもおいしい。でもここに勤務は嫌だなぁ。
サンドイッチを半分ほど食べてから、ハーッと息を吐き出しテーブルに突っ伏した。
昇進。
准将。
嬉しくないはずはないし光栄なことだと思う。
でも、いきなりのことだったので、いまいち頭がついていかない。
「降格じゃないんだからいいだろうさ」
「んー・・・そうだけど」
「何か問題でもあるのかい」
「んー・・・」
ない。
とは、云い切れなかった。
鯖をつつきながらチラリとおつるさんは私を見た。何気ない仕草だけど、相手はおつるさんだ。すべてを見透かされているような気分になる。
問題というかなんというか、気掛かりなことはいくつかある。部下のこともしかりだが、もうひとつ。
「知らないはずはないと思うけど」
「何を」
「上層部が私を特別扱いしてる、って云われてること」
自慢じゃないが、私の歳で将校になるなんて特例もいいところだ。
しかも比較的自由の利く巡回船勤務で、更にこの上准将になるときたら、私を気に食わないと思っているやつらが何を云い出すかわかったものじゃない。
が、おつるさんはひとつ呆れたようにため息を吐き出すと、あっさりと云った。
「云いたいやつには云わせときな」
「でも」
「まだ何かあるのかい」
「私のことなら何云われても構わないのよ。雑魚の中傷なんか痛くもかゆくもないし。でも、元帥やおつるさんたちが悪く云われるのは腹立つの」
そう、とやかくいちゃもんをつけられて嫌味を云われるのが自分ひとりなら問題ないのだ。
しかし、この問題は私ひとりの問題じゃない。
贔屓されていると云われる、私。
そして、贔屓していると云われる、元帥やおつるさん、私を可愛がってくれている上層部の人たちまで非難の対象にされてしまう。
謂われのない中傷は、私は気にも止めない。
おつるさんたちだって気にするなと云う。
何も知らずに羨ましがって妬んで他人を卑下するしか出来ないような小物の相手なんかするな、笑って流せと云う。
普通なら、そうする。
例えば、私が身体を使って出世をしている、というような馬鹿げた話ならば。いやこの場合も相手がいなきゃならないわけだけどそこはまぁ、置いといて。
でも。
「何も悪くない人たちまで悪く云われるのは、我慢出来ないよ」
「・・・・・・・・・」
「おつるさんを悪く云われるの、私、嫌だ」
おつるさんは、私が海軍に入ってからずっと何かと世話を焼いてくれる大恩人だ。右も左もわからず、無知だった私に色んなことを教えてくれて、色んなものを与えてくれた、大切な人。
クザンさんは私に戦闘のノウハウを何から何まで教えてくれたし、元帥を始めとする上層部の優しいおじいさんたちは、私を正しく評価してくれている。
過大ではなく、過小でもなく。
長所はよく褒めてくれるけど、短所は容赦なく叩いてくれる。
だから私は、ここまで成長出来たのだ。
私がここまでこれたのは、その人たちのおかげなのに、私のせいで悪く云われる。
こんな理不尽な話はない。
「いいんだよ」
「・・・おつるさん」
「わかってないね、サンは」
おつるさんは呆れたように云って、お茶をすすった。
私は漸く顔を上げて残りのサンドイッチに手をつけたけど、食欲なんてもうなかった。
悪口、陰口。
嫌だ。
ドロドロしている。
私が若造だから、そして多分、女だから、ただそれだけの理由で嫉妬の的になる。
そのことで、大切な人たちにまで迷惑がかかる。
どうしようもないこととは云え、悔しくて仕方がなかった。
サンドイッチを食べるのを諦めて皿に戻し、コーヒーを飲んだ。苦すぎる。ブランの淹れたコーヒーのほうがずっとおいしい。
こういうことを考えるのは、酷く労力を使うと思う。ちょっと悩んだだけで、私の心はもうヘトヘトだった。
すると、いろいろ考えてぐちゃぐちゃになった頭に、不意に温かいものが触れた。
思わず顔を上げれば、おつるさんが手を伸ばして私の頭をなでていた。
びっくりする。
おつるさんは確かに親代わりだけど、こういうことはあんまりしない人なはずなのに。
やや唖然とおつるさんを見つめると、おつるさんは静かに云った。
「馬鹿どもの馬鹿な言葉に、お前が傷付く必要なんてないんだよ」
「・・・・・・・・・」
「あたしらはね、世界の正義のために生きてる。世界の平和はあたしらが護るんだ」
わかってるね、と問いかけてきたおつるさんに、小さく頷くことで返す。
わかってる、そんなこと。
だから私は海軍にいるんだ。
世界の平和を保つために。
正義を執行するために。
おつるさんは続けた。
「そのあたしらが決めたことだよ。間違ってるはずがないだろう」
「・・・・・・」
「お前はね、サン。世界のために必要な人材なんだよ」
「・・・・・・!」
「だから胸張って。シャンと構えてな」
その、言葉に。
一体私がどれだけ救われたか、おつるさんは知っているだろうか。
世界のために私が必要だと云われることが、私の救済だった。
存在してもいいのだと云われている気分になる。
生きて、世界のために。
目頭がカッと熱くなって、私は勢いよく頭を伏せた。どうせ泣きそうになってることなんてバレバレだけど、ちょっとした悪足掻きくらい許して欲しい。
おつるさんの手は暖かかった。
しわくちゃだけど、優しかった。
―――不意に。
彼に会いに行きたいと、そう思った。
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味方はいっぱいいます
20110125 from Singapore
20180402 再掲