-
【処刑山:ヘルツォーク】食べ盛りの同居人どもは氷室から出てこられない
-
我が家の裏庭には割と広い氷室がある。冷蔵庫も冷凍庫も業務用のものを導入してからは使い道がないので、わらわらと湧いて出たナチスゾンビたちに提供している。死の向こう側にいる彼らにとって、再生の行われない身体の腐敗が死に代わる消滅の恐怖であるらしい。
しかし冬場は冬場で筋肉が固まってしまい、生前の動きを取り戻すことはない。難儀なことだ。
「お裾分けです、今日は梨」「うおおおお!」「がっつくな!…いつもすまない、ホリー」
平等に配給せよ、と部下に言い置いてヘルツォーク大佐とホリーは梨を中心とする輪から外れた。「いいえー。旬のものは美味しいんですけどどうにも採れ過ぎますからね。傷があったり形が優れないものもありますけど、皆さんならいいかなって」ぎゃあぎゃあと騒ぐ声に負けないように氷室の出口に離れながら声を少し大きくして話す。
「飽きるようなら今度は調理して持ってきますよ」ゾンビ相手に調理なんてしなくていいかもしれないが、我が家には料理好きな同居人がいるのでなんとかなるだろう。新作研究の失敗作を与えるのもいいかもしれない。きっとあっという間に平らげてしまうだろう、感想はないけれども。
「ふん。……我々としては野菜や果物ばかりでなく、生肉を食らうのも吝かではない」しわがれたというのか、地の底から響くというのか、大佐の声は独特だ。発音に慣れれば、張り上げている訳でもないその声を聞くことに支障はない。最近はその声音が楽しそうに変わるのも聞き取れるようになった。
「例えば、のこのことこの窟にやってくるような、愚かで非力な女の肉など素晴らしく美味であろうな」そう言って、怖がらせるように口をカパリと開ける大佐をしばらく無言で見つめてから、静かに言う。
「日本にはイナゴというバッタの仲間がいて、作物は食うわやたら増えるわで害虫も害虫なんですけどね」面食らったように静かに口を閉じて真顔で見てくる大佐、やめろとは言われていないのでそのまま話し続ける。
「まあ増えるから捕まえるのも簡単なんですよ。で、それを甘辛く煮てご飯のお供にするんですよね。でもやたら食うから糞が腸に詰まってて。だから調理する前に数日間絶食させて、腹の中身を全部出してから食べるんですよ」そこでひと区切り、大佐は眉をしかめながらも話に割って入ることはなかった。氷室の奥から聞こえてくる部下の人たちの声が静かになっていく。上手く分けられたのかな。
「もし私を食べるために数日置いておくことになれば、同居してる奴らが黙ってませんよ。そうなったときの部隊の負傷と私の血肉の量、どう考えても釣り合わない気がしますけど?」
背の高い大佐をまっすぐと見上げると、訝しげな顔が楽しそうな表情となる。我が家にいる同居人は良くも悪くも血気盛んだ。
「口の減らない女だ。我々とて寝食の恩を忘れるほど落ちたものではない。ホリーよ、またなにか余り物でも出れば寄越すが良い」
人を食うだの殺すだの、彼らの冗談はどうにも悪趣味だ。それでも彼らと付き合う度にどんどん私も図太くなっていく。
それじゃ、と扉を閉まる音に重なって大佐の声がする。話をすることができると言ってもゾンビの発音が聞き取りにくくないわけではない。
「ただ私はスカトロも嫌いではない」などと聞こえるなんてことがあるだろうか。