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子供の頃
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------……あぁ、またあの夢を見る。
真っ暗な闇の中、私は1人で佇んでいる。
何も見えない暗闇の中なのに不思議と自分の姿だけははっきりと見える。
そして私の周りには、無数の腕が転がっていた。
どれもこれも血塗れで、千切れた腕もあれば骨まで見えているものもあった。
そんな生々しい腕たちが私の足を掴み、引き摺ろうとする。
『来い』
声にならない声でそう言われても、私は動かない。
いくら呼ばれようと、私はここから動けないわ。
『なぜだ』
『こんなにも呼んでいるのに』
『なんで来てくれない?』
『どうして応えてくれない?』
『俺たちのことが嫌いなのか?』
違うわ。あなたたちのことは大好きよ。
だから私はここにいるの。ここにいてあなた達を見守ってる。
そしてあなた達も私を見守ってくれてるんでしょ? ずっと、ずっと……私が産まれた時から。
私に親と呼べるものはいなかった。
物心ついた時から、普通の人には見えない物を視て話していた私を両親は気味悪がっていた。それでも育ててくれたことに感謝してる。
ただ、愛情を注いで欲しかっただけ。ただそれだけだったの。
だけど、その願いは叶わなかった。
最終私を部屋に監禁する事で、ようやく彼らは落ち着きを取り戻したのだ。
食事も与えず放置されたせいで、痩せ細った体では逃げ出すことも出来ず、部屋の隅っこで膝を抱えながら夜が明けるのを待つ日々が続いた。
そんなある日のことだった。
いつものように部屋の中で過ごしていると、ねえ、と声を掛けられた。気がした。
え? と自分しか居ないはずの部屋を見渡す。でも当たり前だけど誰もいない。
気のせいか、と再び座り込んだ時、今度ははっきりと聞こえた。
「ねぇ、大丈夫?」
声の主を探すけどやっぱりどこにも見当たらない。
空耳かなと思って目を閉じたら、もう一度同じ言葉が聞こえてきた。
しかもさっきよりも近くから。もしかしたら近くに誰か居るのかもしれないと思い、おそるおそる「だぁれ?」と聞いてみた。
すると今度は、サナと返事が返ってきた。
「サナ……?」
聞き覚えのない名前。
一体誰のことだろうと思っていると、突然目の前に女の子が現れた。
まるで手品みたいに現れたその子は、黒いワンピースを着た可愛い子だった。歳の頃は私の数個上くらいだろうか。
驚いて固まっている私を見て彼女は首を傾げる。
『どうしたの?』
「お姉ちゃんは……幽霊さんなの?」
当時私は6歳。
まだ幼かった私は怖いものを知らずに、その不思議な存在に問いかけていた。
『ううん。私はね、呪霊っていうんだよ』
「じゅれい……」
『そう。呪霊』
呪霊と名乗った少女はにこりと笑った。
「サナ……ちゃんはどうしてここにいるの? ここ、ミナトのお部屋だよ」
『知ってるよ。。でもここは私の家でもあるんだよ』
「そうなの!?︎ サナちゃんのお部屋ってどこにあるの?」
『ん〜、それは内緒! それより、ずっとここにいるよね? ご飯もたべてないでしょ。閉じ込められてるの?』「……ミナトが悪いの。ミナトが〝キモチワルイ子〟だから出ちゃダメなんだって」
 当時の両親は、どちらかと言えば私に無関心だった。部屋から出さなかったら大丈夫、と本気で思っていたのだと思う。
『ふぅーん。じゃあ私が連れ出してあげる!』
そのまま手を引かれてどこかへ連れて行かれそうになる。
慌てて立ち止まって振り返ると、呪霊の少女は少し悲しそうな顔をして言った。
『あなたはここにいたらダメだよ』
「え……?」
『だって、ここにはあなたの事を虐める人しかいないもん。そんなところにいたら死んじゃうよ』
「……」
確かにその通りだった。
両親からは嫌われ、周りの大人はみんな私を化け物だと怖がっていた。そんな人達がいるところになんかいたくない。
でも……。
『ほーら! 早く行こう!』
サナちゃんは私の気持ちなんて知らないとばかりに、ぐいぐいと引っ張っていく。
「ダメなの。お部屋から出たらお父さんとお母さんに叩かれちゃう」
そう言うとサナちゃんはは困ったように笑った。
『じゃあ、こうしよう』
そう言って彼女が取り出したのは大きな包丁。
それを逆手に持って、自分の首に当てる。
まさか自殺するのかと思った私は慌てた。
「やめて!」
『ふふん。心配しないでいいよ』
そう言いながら包丁を横に引いた瞬間、彼女の体が真っ二つに分かれた。……ように見えた。実際は違ったらしい。
よく見るとそれは大きな口だった。ぱっくり開いたその口に飲まれたと思った瞬間。
次に目を開けると、そこは見慣れた自分の家のリビングだった。
え、とキョロキョロと見渡しても彼女の姿は見えない。
あれ?と不思議に思っていると後ろの方でドサッという音がしたので振り返ると、そこには血だらけで倒れている両親の姿が見えた。
何が起こったのか分からずに呆然としていると、背後でカサという小さな音と共に何かが動く気配を感じた。
恐ろしくなって振り向くと、そこにいたのは大きな化け物だった。
鋭い牙に長い爪。
そしてギョロリとした大きな目が私を捉える。
でも何故か不思議と怖くなかった。
「お父さん…お母さん…」
ピクリとも動かない両親だったモノ。それを見下ろしながら、何故か心の中は穏やかだった。
「お前がしたの……?」
目の前にいる化け物に呟くように問い掛ける。化け物は大きな口からヨダレをだらだらとこぼしながら、こくりと大きくうなづいた。
「そっか……」
両親が死んでしまったことを理解しても涙が出てくることはなかった。それよりも、この化け物はどうして私を食べようとしないのだろうと疑問に思ったことを覚えてるわ。
だって普通なら真っ先に食べるでしょう?
でも化け物はまるで猫の様に喉を鳴らしながら私の周りをぐるりとうろうろするだけだった。
「もしかして……サナちゃん?」
私が声をかけると、嬉しそうに目を細めて頬ずりをしてくれる。その仕草が可愛くて思わず頭を撫でてしまった。
「ありがとう」
そう伝えると彼女は満足そうにして姿を消した。
これが呪霊と呼ばれる存在との出会いだった。