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An Escape And The Trush
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「…どこへ逃げるつもりだったんだろうな」
「あァ?」
キラーの部屋でこれからの事を話し合っている時、海図から目を離しどこか遠くを見るようにキラーがボソリと呟く。
彼の口から出た言葉は恐らく自分に向かって言っているのだろうが、彼の口述には主語がないため理解ができない。
何のことだ?と聞き返すと、キラーはキッドの方を見ながら今度はわかりやすいように伝えた。
「アマンダの事だ。昨晩脱走したと聞いたが、この船からどうやって逃げ出すつもりだったんだろうな」
「知るかンな事」
昨晩、自分のクルーの声が聞こえて睡眠を邪魔された苛立ちも余って起きて見ると、騒ぎの原因であるアマンダと彼女を拘束しているキラーがいた。
事情を聞くと、アマンダは巧みにクルーを騙して部屋から逃げ出したそうだ。
「あの時は島に船を停泊させてはいなかった。この広い海のどこに逃げ場があったと思う?」
「……何が言いてェ」
キラーがこうもまどろっこしく言ってくるのは何か訳がある。遠回しに自分に何かを伝えようとしているのだ。
「あまり仲間を疑いたくはないが、逆なんじゃないのか…と」
キラーが言うには、アマンダが男を部屋に呼び出したのではなく、男の方からアマンダの部屋に寄ったのではないかとの事だ。
「あいつの言っていた通り、アマンダが本当に逃げ出そうとして脱走したのなら、色々不自然な点が多い」
「………………………」
「島に上陸している時ではなく航海している時に逃げ出すのはおかしいと思わないか?
それに何故、アマンダはおれ達の部屋まで走って来た。獲物が自ら網にかかりに行ったとは考えにくい」
「ンなもん、なりふり構わず逃げたかったとか抜かしてたとお前が言ってたじゃねェか」
「……なりふり構わず逃げ出すほど必死なら寧ろ冷静でいられるはずだ。アマンダはその時の昼に船員を自室に呼び出している。その頃から逃げ出す事を考えていたのならかなり計画的だ。にも関わらず肝心の逃げるルートがあやふやなのは矛盾している」
男の話だと、部屋の物音が気になるから確かめてほしいと言われて訪れたのだと言う。それが逃げ出すための計画的なものだったとしたら、逃げ道も考えている筈。しかしアマンダはわざわざ船員達が就寝している寝床まで走って来た。キラーはそれが引っかかるのだと言う。
黙るキッドに続けてキラーは様々なおかしな点を上げていく。
「そしてこれは、飽くまでおれ個人の見解だが…
アマンダがあいつに頼み事をするのが腑に落ちない」
「はぁ?」
キラーの予想外の言葉に理解ができないといった表情で彼を見るキッド。
自分自身でもおかしな事を言っているとわかっているのか、キラーはキッドから目をそらす。
「上手くは言えないが、アマンダは未だおれ達を警戒している。トラファルガーの所の白熊ならまだわかるが、あまり接触した事のない海賊に気軽に頼み事をするような女には見えない」
何を言ってるんだこいつは、と思う反面何となくキラーの言いたいことはわかる。
勿論キラー達の知らない所でアマンダと男が何度か関わった事があるのかもしれない。
アマンダの監視や身の回りの世話は自分達ではなくもっと下っ端の船員に任せる事が多いので、そっちの方がアマンダの事をよく知っている。
アマンダは人質として生かしておかなければならない為生きる上での最低限のサポートはしているが、絶対的に必要な人物ではなく、寧ろいた方が海軍を退けるのに楽だという程度である。いなくとも多少不便になるだけの存在なので、船にいる時は殆ど干渉はしていない。
なのでキラーの見解はかなり不確かだが、感覚的にキッドもそう感じている。
「それと…」
「まだあんのか」
これからの航路の話し合いが一時中断し、手が空いたのかキッドは自爪に赤色のマニキュアを塗り始めた。
手際がいいのか、綺麗に完成されていく爪を見ながら、キラーは言葉を続ける。
「アマンダが脱走したと聞いたその日の監視はヒートがしていたらしい。あいつに聞くと、その日はアマンダは外に出ている間ずっと一緒だったが、自分以外の船員と接触している姿は見ていなかったそうだ」
男の話では、アマンダに頼まれたのは事件が起こったその日の昼だと言っていた。
しかし、アマンダの監視を任されていたヒートは、アマンダはお風呂の時とトイレに行く時以外は一切外に出ていなかったし、お風呂とトイレは自分も共についていったが、誰かと会ったり話をしていた記憶はなかったと言う。
あの時は夜無意味に起こされた苛立ちもあってかあまり状況をよく見ていなかったが、よくよく冷静になって考えれば、男の言った事は穴だらけだ。
だが
「考えるだけ無駄だキラー。大体女自身も肯定してたじゃねェか。逃亡すりゃ殺されるって自覚あんならあの場で否定してるはずだ」
「……………………」
確かにアマンダはローに男の話が本当かどうかを確認された時自白した。
船に乗ったあの日、逃げ出したら殺すと脅されていた為、本当は逃げ出そうとしていたのではなかったのなら、全力で否定するはずだ。自分の命がかかっているのだから。
だが、キラーの意見に対してキッドも段々自分の部下の証言に疑心暗鬼になってきていた。
アマンダ本人が認めている以上どうしようもないのだが、こうモヤモヤとする感情が二人の中で渦巻いていた。