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Princess of Capture③
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「とりあえず、お前の処置は船に戻ってから考える。その間逃げるそぶりを見せれば構わず首を撥ねとばしてやるから肝に命じておけ」
「あ……………
…………………………はい」
目だけで人を殺せそうな鋭い目つきで睨まれながらローにそう言われ、恐怖を覚えつつも少なくとも船に戻るまでの間は命があるらしい事に安心する。
ローに促され彼の前を歩く。その前をキッドが歩いて行き、一歩一歩、あの牢獄へと近づいていく。
言いようのない不安に駆られながらも、彼らの行動に納得がいかず、アマンダは口を開いた。
「……どうして、ここが?」
愚問だっただろうか。
しんと静まりかえる中、質問に答えてくれたのはローだった。
「…お前が海軍を頼りに海岸へ行くことくらい、逃げた時から予想はついていた。無闇に動き回るより、お前の行動を先読みして一箇所に待ち伏せていた方が余計な騒ぎを起こさず楽に捕らえることが出来る。まさか他の海賊に絡まれるとは流石に想定外だったがな」
ローが一言一言説明するたびに、額から嫌な汗が出て来る。まるでアマンダの心の中が離れていても読まれているようだ。ローはただ説明しているだけなのに、その言葉の裏にはどこへ行っても逃げられない籠の中の鳥だとでも言われているような気がした。
アマンダが人気の少ない森に隠れ、公衆電伝虫を頼りに島に出て、偶然耳に入った情報を頼りに海軍に会いに海岸まで行った。
こんな事を予想して彼らは海賊なのに海軍がいる軍艦の近くで待ち伏せていたのだ。一歩間違えればアマンダは海軍がこの島に来ている事を知らず、其のまま電伝虫で海軍に伝えていれば、ローの作戦は見事に崩れるのは愚か、海軍に捕まる可能性だってあった。
アマンダが彼らに見つかるのを覚悟で街の中を走り海岸まで向かったように、彼らも賭けに出たのだ。
下手に動き回って海軍に見つかるより、彼女の行動を先読みして、軍艦の近くで待ち伏せした。
最悪捕まる事を覚悟の上で。
これが、アマンダの敗因だ。
わかってた、本当はどこへ言っても逃げられないことくらい
あの日、海に落ちてサメに喰べられそうになった時、自分は必死に逃げた。足をバタつかせ、明日筋肉痛で動けなくなってもいいと思うまで必死に。
でも相手は海のギャング。逃げられるはずもなく、簡単に喰べられそうになった。
そんなサメをキラーは三体も相手に正面から戦って勝利した。
あの時彼らの覚悟を実感したと同時に、自分は彼らから捨てられるまでずっとこの檻の中で過ごす事になるだろうと感じた。
そうだ。
サメからも逃げられなかった私が、サメよりも強いであろうこの二人から逃げられるはずもないのだ。
わかっていたのに、わかりたくもなかった。
人通りの少ない森の中を歩いていく。
キッドが先頭を切り、その後ろをアマンダが、さらにその後ろをローが歩いている。
二人の海賊に挟まれ、進路を絶たれる。
きっとこの果てしなく広い海の何処を逃げても、彼らは息一つ乱す事なく涼しい顔で捕らえに来るだろう。
誘拐されたあの日の時から、アマンダの運命は決まっていたのだ。
森の中を抜けると、もう日がくれた為か、海賊が街に来ていると噂が広まった為か、中心街に出たというのに人はほとんどいなかった。
後ろにいるローに不審に思われないように辺りをチラチラ見渡す。
すると、綺麗な噴水がアマンダの瞳に映される。
(あの場所は…)
あそこは、ベポとアイスを食べた広場だった。
ベポ達のことを思うと胸が傷む。
今度こそ、本当に彼らを裏切って逃げた。
もう彼らがアマンダを許してくれる事はないだろう。
これからも彼らと顔を合わせなくてはならないとおもうとズシリと背中に重りのようなものが伸し掛かる気がした。
胃が痛い
吐き気がする
お腹が気持ち悪い
船に近づくにつれて様々な症状が身体を蝕んで行く。
見覚えのある景色。
船から降りて、広場までベポと歩いた道。
もうこの道を歩く事はなかった筈なのに、こうして船まで戻るために歩く。
すると、まだ遠いが自分が囚われていた牢獄の海賊船が見えて来た。
シルエットくらいしか見えないような距離なのに、そこにあるという事実が脳に教えるだけで軽く目眩がした。
慌てて額を抑え気をしっかり持とうとすると
「あ……」
抑えていた手首に巻かれた包帯が見えた。
その包帯を見た瞬間、船の中での出来事が一気に頭に過ぎる。
「あ………あ………
……〜〜〜〜っっっ!!!」
「?おい、どうした」
ぶるりと大きな悪寒が背中を駆け巡る。
寒いのを通り越して鳥肌が立つ。
同時に目眩がして思わずその場に座り込んだ。
後ろを歩いていたローが不審がる声をあげると、前を歩いていたキッドも異変に気付く。
「ハァ……ハァ……っんぷ!!」
思い出すな、思い出すな!
そう言い聞かせれば逆に思い出してしまう。
あのおぞましい出来事を…。
「船を前にして急に怖気付いたか?さっさと立て、海軍のいるこの島にいつまでもいる訳にゃいかねェんだよ」
ヘタリ込むアマンダの腕を引いて無理にでも立ち上がらせようとするキッドだが、アマンダの身体が尋常じゃないくらい震えているのに気付く。
もう片方の手で口元を抑えて必死に何かが出てしまうのを止めている彼女の瞳からは涙が溢れている。
その涙は悲しみの涙ではなく、苦しさから生理的に流すもののように見える。
震えるアマンダの側にしゃがみ込み、ローはうつむくアマンダの顔を覗き込んで顔色を確認しようとする。
「おれ達と会うまでに何か食ったか?昼飯には余計なモンは入ってなかった筈だが…」
僅かに見える彼女の顔色は真っ青で額からぶわりと脂汗が流れている。
住んでいる環境の違いから他の島の料理が身体に合わず異常をきたす者も少なくはない。
だがそんな患者を何人も見て来たローは、彼女の異変が食べ物からくるものではない事がすぐにわかった。
もう一度原因を聞こうとするローだが、ふとアマンダの口元を抑える手から唾液か何かと共に何かがポタポタと落ちているのに気付く。
「……吐いてんのか?」
ローのその一言にアマンダは目を瞑り何とか捉えようとするが、お腹の中で逆流する気持ち悪さが止まらない。
「うっ……うっ……!」
船に帰るから、お願いだから先に帰って!
そう言いたいが口を開こうものならもう我慢ができずそのまま勢いよくその場で吐いてしまいそうだ。
とんでもない醜態を海賊とはいえ男二人に見せてしまい羞恥による涙が止まらない。
だがそんなアマンダに気にかける様子もなくローはハァとため息をつく。
「とにかくこんな所で蹲ってても迷惑だ。その辺で吐いてこい。船に着いたら風呂にでも入らせてやる」
そう言って立ち上がるロー。
今まで黙って様子を見ていたキッドもアマンダの腕を引っ張り立ち上がらせようとするが、彼女はなかなか立ち上がろうとしない。
思いっきり引っ張りあげて無理矢理立たせてもいいが、以前力の加減がわからず彼女の手首に怪我をさせてしまったせいもあってかあまり強く引っ張るのは気が引けた。これ以上力を込めると骨が折れてしまいそうだ。
しかし、やはり相手に気遣って力を加減するのは性分に合わないのか、言う通りにしないアマンダにイライラし始めるキッド。
海軍に見つかると面倒なので早く船に帰りたいし、もうすぐそこまで来ているのにまるで戻りたくないと態度で表現しているのが彼の怒りに触れたのだろう。
「いい加減にしろよてめェ!!状況わかってんのか!!?
おれ達はお前ごときの為にこんな所でグズグズしてる訳にゃいかねェんだよ!!立てって言われたらさっさと立ちやがれ!!!」
余りにも至近距離で怒鳴られたためビクッと反応するアマンダ。
突然の気の緩みにまた手からボタボタと口の中のものが吐き出される。
そんな彼女の姿にキッドは眉間にシワをよせ聞こえるように舌打ちを打った。
「ったく、汚ねェな」
*注意!→