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Princess of Capture⑤
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どれくらい経っただろう。
もう胃の中が空っぽになるくらいもどして、涙が枯れるくらい泣いた。
心の中が空になった状態でアマンダはようやく重い腰を上げて水を流しトイレから出た。
水道の鏡を見ると驚くくらい顔が崩れている事に気付く。泣き腫らしたせいで目が腫れている。顔もげっそりと細くなっていて髪もボサボサだ。
少しでも水分を取らないといけないので顔を懸命に洗って髪も落ち着かせる。
もう海軍の場所もわかっているため今なら逃げ出せるが、もうアマンダは彼らから逃げ出す気などなくなっていた。
帰ろう、彼らの元へ
きっと帰ったら逃げ出す前にいた頃より酷い扱いを受けるだろう。
船の船員達の態度もより一層悪くなっているかもしれない。
その前に生きて航海出来るかどうか。
彼らを裏切った罰として殺されるかもしれない。
でももう、彼らに殺されてもその運命を受け入れる覚悟でいよう。
そう決意したアマンダは水道の蛇口を捻って水を止めると、外へ出た。
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「……………来たか」
もう大分日が暮れた頃、森へと続く一本道からゆっくりと姿を現したアマンダ。
船を停泊させた海岸で待ち伏せているキッドとローを見て一瞬だけだが顔を上げて目を見開く。
てっきりもう船に戻ったかと思っていた。
もしかして自分が戻ってくるまでずっと待っていたのだろうか。
そんな事を思いながらも一歩一歩重い足を動かして彼らの元へ歩いていく。
覚悟はもう決めてはいるが、やはり二人の背にある海賊船が視界に入ると顔が強張る。
死の髑髏の旗が掲げられた海賊旗。その主である二人の船長と彼らを乗せる大きな船。
ゆらりゆらりと波に揺れるその巨大な存在にごくりと唾を飲み込む。
もう戻れない。
そう胸に刻みながら、その船はすぐそこまで来ていた。
「……遅くなりました……」
自分の中では割とはっきりと言ったつもりだったが思った以上に声が掠れていた。
今はまだ彼らと顔を合わせることは出来ない。
水で洗って大分マシになったとはいえ、まだ人前に見せれるような顔じゃない。
特にこの二人には醜態を晒してしまっているため余計に顔が俯く。
「御託はいい、さっさと行くぞ。海軍に居場所が割れる前にすぐに出発する」
ローに急かされるも足が重すぎて思うように進めない。
力も入らないためフラフラと覚束ない足取りで彼らについていこうとする。
すると見兼ねたキッドがアマンダに近づきその細い腕を引いて行こうとするが、驚いたアマンダがそれを拒絶する。
「やっ……い、いやっ」
「あァ?」
アマンダは自分の腕を掴むキッドの手を引かせようと、必死に彼の手を掴んで自身の腕から離そうとするが、正直その手はただ添えられているだけかと思えるように弱々しく赤子同然の力のない抵抗だった。
「に、においがっ!
………洗ったけど、においがまだ……!」
吐いた時のにおいが身体にまだ残っているはずだ。
手を中心に洗えるところは洗って口の中も濯いだが、それでもやはりにおいはまだ消えてはいないだろう。いつもつけている香水もないし、自分ではよくわからないため余計に相手の顔色を伺ってしまう。
なるべく離れて歩きたかったがキッドがそれを許さない。
しかしそれでもキッドに気づかれて欲しくなくて必死に距離を置こうとする。
そんなアマンダにキッドはハァと呆れたようにため息をついた。
怒られると身構えたアマンダだが、キッドは彼女や二人の様子を見ていたローの予想を超えて徐にアマンダの腰を掴んで軽々しく持ち上げると自身の肩に担いだ。
「…え?
……っえええええ!!?」
「うるせェ」
そのまま何ともない様子でスタスタと船まで歩くキッド。
着ているコートの棘のついた部分がアマンダを傷つけてしまわないよう足を掴んで固定させる。
まぁ半分以上は暴れられると面倒だからという理由なのだが…。
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
それは面倒な荷物を運ぶというよりは宝を家に持ち帰るといったように繊細に扱うキッド。
普段の彼なら考えられない程の気遣いにアマンダは男の人に担がれているという恥ずかしさも余って暴れようとするもガッチリと足を固定されているため大人しくするしか術がなかった。
ローの能力で無事船の上に着いた時、キッドに担がれたままのアマンダはハッとなって辺りを見ると、もう日が暮れて夜になっているというのに誰も部屋に戻らずキッドとローの帰りを待っていた船員達が目に入る。
「海軍に見つからずに連れ戻して来たんですね!!さすが船長!!」
船長の帰還を喜ぶ船員達の中からキラーがキッドの元へやって来た。
「お疲れキッド。どうやらおれ達の他にも海賊がこの島に上陸していたようだ。海軍が捕縛したのか先程島から去って行ったとの情報が入った」
「そうか、だが油断は禁物だ。
帆を張れ!!今から出港する!」
もう大分日が暮れてしまったため海軍が去ったのなら一晩ここで過ごすのもいいが、先程ローから公衆トイレが定期的に清掃されていたとの情報が入り、明日の朝早くに清掃員が掃除をしに近くまでやってくる恐れがある。
その為ここに長居するのも危険だと判断し、必要な物を買い揃えたらすぐにでも島を出る必要があった。
キッドは船員達にそう命じるとアマンダを抱えたままキラーやクルー達の横を早足に通り過ぎて中へ入ろうとする。
「キッド、どこへ?」
「先にこいつを風呂に入れる。文句はねェな?」
キッドの言葉に驚く一同だが、キラーが素早く了承した事により、事はすぐに済んだ。
アマンダはキッドに担がれたまま船員達の顔が見れず、彼の背中に羽織ってあるコートをギュッと握りしめ顔を蹲った。
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「ふぅ………………」
キッドに浴室まで連れてこられ、船員達より早くお風呂に浸かる事が出来た。
吐いた時の臭いを消すために時間を多少掛けても隅々まで綺麗に身体や髪を洗い、うがいも念入りにした。
臭いがこもってしまうと後から入る船員が困るため少々危険だが外に続く窓を開けて換気する。
身体を洗いながらアマンダは改めて自分はこの船に戻って来たことを実感する。
これからアマンダの人生はどうなっていくのか
きっと彼女が入っている間にでも処罰を考えているだろう。
浴室を出た後、命はあるのかないのか
あったとしてもその後の生活はどうなるのか
答えは神のみぞ知る
To Be Countinue…