-
Once More, Welcome To The Pirate's World
-
「キラー…さん、お願いします」
「…………」
キラーはあわよくばこのまま彼女から何も聞かれずに船に戻れたらと淡い期待を寄せていたが、顔を見なくともわかる強い言葉にこれ以上はぐらかすのは無理だと悟る。
全てを話すと約束したのは自分だし、また、彼女は真意がわからないからこそこうして、自由の身になっている状況を恐れているのだ。
キラーが顔を上げどこかに視線を送っているのを見て、アマンダは彼の視線の先をたどる。
橋を渡った先にある人気の少ない場所。ベンチも設備されており、近くには自動販売機もあった。
キラーの視線からあそこで話そうと思っているのを見て、キラーがベンチの元へ足を運ぶその姿を追いかけた。
************************
「………まだ、キッドは怖いか?」
「…………え?」
キラーから渡されたコーヒーを飲みながらベンチに腰掛けたアマンダは突然の彼の質問に戸惑いを覚える。
対してベンチには座らず、自分達を覆うようにある大きな木を眺めながら、キラーは彼女に問う。
「お前を誘拐し、監禁しているのは間違いなくおれ達だ。警戒するのも無理はない」
「……………」
それ以前に、キッドの悪名は店で嫌という程聞いてきた。
悪名通りなら、キッドは何か不都合なことがあると迷いなくアマンダを殺すだろう。
そんな恐怖がアマンダの心を支配していた。
「お前がおれ達の船に乗って間もない頃、キッドのせいで怪我をしたあの時……」
キラーの言葉からアマンダはキッドに力強く掴まれたことによって手首が赤く腫れ上がってしまった時の事を思い出す。
「あの時以来、あいつなりにお前の事を気にかけていた。信じられないかもしれないが、あいつは女を無遠慮に傷つけて喜ぶような外道じゃない」
キラーの言う通り、キッドは言動こそ荒っぽく凶暴だが、自分を襲そうとした常連客やキッド海賊団の船員のように卑劣な男ではない。
「お前のような非力な女をどう扱えばいいのかわからないだけだ。
だがそのせいでお前は怪我をし、恐怖のあまり逃げ出した。その件は、おれ達の配慮が足りなかったせいだ。
怖い思いをさせて、すまなかった」
その件というのは、恐らくアマンダがクルーの一人に襲われ、罪を被せられた事だろう。
キラーから謝罪の言葉を聞き、一瞬聞き間違いかと思うほど驚いた眼差しで彼を見るアマンダ。
その謝罪の裏には、キッドの分も謝っているようにも思える。
まさか、本当に私なんかのために?
「あ、え…と…、そんな…………」
突然のキラーからの謝罪に上手く言葉が出ない。
キラーの言葉から、多少なりともキッドがどういう心境でアマンダに接触しているのかがわかってきた。
同時になんとも言えない気持ちが溢れてくる。
今まで恐怖の対象でしかなかったキッドだが、ほんの少しだけ彼に対して興味が沸いてきた。
ドキドキと心臓の音が高鳴る。
「お前には悪いがこれからもおれ達の目的のために利用させてもらう。だが、何かあればすぐに呼べ。船にいる間お前の命は保証してやる」
(それって………つまり……)
人質として囚われている間は危険から守ってくれるという事だろうか。
確かに海は危険だらけだし、島を離れた外の世界は右も左もわからない。
アマンダにとっては不安極まりない。
悪名高い海賊とは言え、海のギャングとも渡り合える強い人達に守ってもらえるならありがたい話だ。
「は、はい!あ、ありがとう……ございます…」
「……今のは礼を言う流れなのか?」
利用すると言っているものに対してお礼を言うアマンダに戸惑いを覚えるキラー。
船長であるキッドより人生における経験も長く、何事にも精神的に余裕をもって対応できるキラーでも、やはりアマンダのような平凡で大人しい女性は扱いに慣れていなかった。
サメと戦い足に怪我を負った時も、彼女は自分のために涙を流していた。
海賊として名を上げてから人々から狙われ、畏怖され、死と隣り合わせだったキラーにとってそれは不思議な光景であり、少々苦手なものでもあった。
「………もういいか?船に戻るぞ」
形容しがたい気持ちを押し込めようと、半ば強制的に話を終了させこの場を去ろうとするキラー。
幸いアマンダは何の疑問も持たず了承した為、二人は船に戻る。
***********************
「………これ……は?」
海岸にある大きな船を見てアマンダは硬直する。
そんな彼女を見てキラーは「キッドから聞いていないのか?」と言って説明し始めた。
「おれ達の乗っていた船は一度この島で預かってもらおうという話になってな。この島は海賊に寛大で海賊船を一船借りる事が出来るらしい。有料だがな」
キラーの言葉に驚愕する。
海賊船を一時借りることが出来るという事もそうだが、海賊を恐れず受け入れる島があるということにも驚きだった。
しかし今思えば、自分が働いているBARも少額ではあるが名のある賞金首が立ち寄った時も何度かあるみたいだし、似たようなものだろう。
キラーの話によると、この提案はローによるもので、恐らく蟠りがとけたとはいえやはり敵の船に乗って生活するのは先行きに不安があるとの声が船員から上がってきたのだろうという。
一度精神的に追い詰められて騒ぎを起こした部下もいた事で少し周りの状況に目を配るようになったローは仕方なしに部下の要望を聞いたのだ。
見るとキッドの船より二回りほど大きいく、如何にも海賊船らしい豪快な外観を彩るその船に、アマンダは恐れすら覚える。
「こんな大きな船……どうやって……」
「お前が拾ったという悪魔の実だ」
キラーの言葉にアマンダは最早驚きを隠せないでいた。
悪魔の実は、アマンダが彼らに誘拐されて数日程しか経っていない頃、停泊した島で水浴びをしていた時、川から偶然流れてきた実だった。
「悪魔の実は売れば一億はくだらない金が手に入る。
その金で船を借りた」
その額がいくら程になったかなんて聞く事もなかった。
呆然として目の前に聳え立つ大きな船を見ていると、キラーに腕を引かれ、船に向かう。
(私はどうなるんだろう……)
この船の中で自分の居所は何処になるのか、詳細が全く聞かされていないアマンダにとっては少し怖いものがあった。
************************
「………………」
「……何を呆けている、早く入ったらどうだ?」
キラーに連れていかれた場所は、木材で作られた小さな小部屋だった。
部屋の案内をしてくれてるのかと思っていたアマンダは、彼女の横を通り過ぎたキラーを見て驚愕する。キラーはその部屋に入ったかと思うと、「荷物はここでいいか?」と聞いてきて、ついさっき、アマンダとともに買い物をして買ったアマンダの生活用品を地面に置いた。
意味がわからず質問すると、キラーはこの個室をアマンダの部屋にすると言いだしたのだ。
何の冗談かと思ったが、どうやらこれは両船長の合意の上らしい。
恐る恐る部屋に足を踏み入れ、辺りをキョロキョロ見回す。
木材で造られた小窓のある部屋。
天井は割と高めで造られていて、身長の高いキラーでも楽々と入れるようになっている。
真ん中にはテーブルがあり、波のせいで船が揺れても動かないよう下にペルシャ絨毯が敷かれている。
他にも服を入れるクローゼットや、フカフカの布団が敷いてあるベッドも用意されており、なんだか申し訳ない気持ちになる。
ふと、右奥にある扉が気になって開けてみると、洗面所と小さいがお風呂が設置されていた。更に左奥の扉にはトイレが設置されている。
アマンダが女性だという配慮なのだろう。
「監視の目を気にしながら風呂に入ったりするのは気を使っただろう。逃げようとしたり、余計な事をしないようであれば、その風呂場を使っていい」
「……はい………」
もうあの時の暗く寒い部屋じゃない。
前よりかだいぶ解放された気持ちが今、アマンダを包み込んでいた。
「キラー、こんな所にいやがったか」
「キッド」
その思いに浸っていると、突然背後から低い声が聞こえた。
振り向くと、扉の所にキッドが立っている。
キラーを探していたようだ。
「船の航路でトラファルガーに話がある、てめェも来い」
「わかった。アマンダ、おれはもう行くが後は一人で平気か?」
「は、はい!荷物をここまで運んで下さってありがとうございます」
そう言ってペコリとお辞儀をすると、キラーは「礼はいい」と言ってキッドと共に部屋を出ようとする。
「あ……あ…………
き、キッドさん!」
思ったより大きな声が出てしまって思わず顔が赤くなる。
キッドも突然呼ばれて少し驚いていた。
「あァ?」
「あ、え……と……その……」
上手く言葉が出てこない。
キッドを呼び止めたアマンダ本人も、何故呼び止めたのかわからない。
キラーからキッドの話を聞いて、キッドに言わなければならない事が沢山あるはずなのに、どれも言葉に表現し辛く、しかも何から言えばいいのかわからなくて頭が混乱する。
しかし、呼び止めてしまったからには何か話さなければならない。
まだ考えがまとまらない状況でも、取り敢えず一つ一つ伝えたいことをアマンダは必死に頭の中で考えながら言葉を紡ぐ。
「あ、ありがとうございます!
そ、その……お部屋をいただけて………
それに……その、色々気に掛けてくれて…」
気に掛けてくれてという言葉に不信を持ったキッドが眉間にしわを寄せ問いかける。
「……何のことだ」
「き、キラーさんから聞いて……
私が手首を怪我したこと気にしてくれて、それで色々気遣って下さって…」
キッドがギロリと鋭い目つきでキラーを睨んだ為、キラーはフイッと顔を明後日の方向に向けた。
「キラー、てめェ何余計な事ベラベラと喋ってんだ」
「いや、唯お前の最近のアマンダに対する接し方に彼女が疑問を持ってたから答えたまでだ」
勿論、キッドと長年の付き合いがあるからこそ、キラーはキッドの心情を理解していた。
アマンダに話した事は少なからずキラーの主観も入っていた。
キッドから直接アマンダの事が心配だという事も聞いていないし、又目的を達成させるまでアマンダを船に置いておくので、また彼女が精神的に追い詰められて逃げ出したりしないように多少キッドに対するフォローを入れたつもりで話していた。
しかし、このキッドの様子を見ていると、キラーがアマンダに話したキッドの心情は大幅当たっていたようだ。
(まさか本当にこの女の事を……)
いつまでも自分と目を合わせようとしないキラーにキッドは軽く舌打ちをすると、今度は視線をアマンダに向けた。
「住み心地は良くしてやったんだ、もう逃げんじゃねェぞ」
キッドの言葉にキラーは溜息をつきたくなる。
折角フォローを入れたというのに誤解されがちなキツイ言葉を浴びせてはまた彼女は怯えて逃げるかもしれない。
だがアマンダは自分達から目を逸らし、ボソボソと聞こえるようにつぶやく。
「それは……キッドさんが、護ってくださるのなら……」
「あァ?」
キッドから凄みのある顔で睨まれ、アマンダはその身を守るかのように両手を胸に当て条件反射か顔を赤らめる。
「わ、私は……この船に戻ってきた時から、もう逃げないと……その覚悟はあります。
貴方達に利用されてもいいと、今でもそう思ってます。でも………」
目の前にいるのは三億超えの海賊。
その傍らには一億超えの部下。
下手な事を言ってしまえば命はない状況でも、アマンダには言っておきたいことがあった。
「私は……家畜なんかじゃありません」
「!!」
それはかつてキッドが怒り任せにアマンダに放った言葉だった。
勿論アマンダも海賊に誘拐された人質であるという自覚はある。
しかし、そう簡単に人としての尊厳を失うような立場に立つのは許せない。
力任せに故郷を離され、利用され、それでも彼らを信じたい代わりに、彼らから何かを貰いたかった。
「もう、余計な事はしない…から…どうか、この船にいる間だけは……私の命を…」
アマンダ自身も今キッドに何を言っているのかはわかっていた。
キラーの言葉から、キッドが少なからず自分に対して罪悪感を持って気にかけてくれているのなら、家畜呼ばわりしたあの出来事を思い出させるような発言をして動揺を誘っていた。
相手の弱みを握って自分の身を守ろうとしている。
せこいやり方だが、アマンダは彼らを信じたくてやっているのだ。
懇願するような眼差しを向けられ僅かながらに動揺するキッド。
キラーもアマンダがキッドに対して強気な発言をしているのに驚いていた。
だが、彼女の発言は理にかなっている。
しかし、同時にキッドは自分に対して取引を持ちかけるアマンダに興味を持った。
「ハッ!弱気な女だとばかり思ってたがな。
このおれに護ってほしいと頼むなんざ、見上げた度胸だ」
突然笑みを見せたキッドにゾクリと恐怖から背中に悪寒が走る。
顔を青ざめるアマンダに構わず、キッドはずかずかと彼女の部屋に入り込み、思わず俯いた彼女の顎をクイッと持ち上げ、自分と視線を合わせる。
「いいぜ、ここにいる間はてめェを護ってやる。
……おれ以外からはな」
「っ!?」
獰猛な肉食獣の瞳を向けられ、金縛りにあったかのように全身が硬直するアマンダ。
至近距離にあるキッドの顔は、まるで新しい玩具を手に入れたかのように口元を歪めている。
恐怖が身体を支配する傍ら、最後の妖しげな発言にドクンと心臓が大きく揺れるのと同時に身体に熱がこもる。
その視線から目を逸らさないでいると、キッドの方から先にアマンダから目を逸らし、上を向かせていたアマンダの顎を掴んでいた手も放された。
そのままアマンダとは一言も言葉を交わす事なくキッドはキラーを連れて部屋を出て行った。
二人が去り、扉が閉まった部屋にポツンと立ったアマンダは、買い物で買った荷物をまず整理しなくてはならないのだが、足に力が入らない。
今までの疲労や先程の緊張でどっと疲れてしまったアマンダは、目に付いたベッドにダイブする。
昨日はともかくしばらく何も敷かれていない床を寝床にしていたアマンダにとってはかなり疲れが癒される布団だ。
心地いい感触にアマンダはこの1日の出来事が一気に頭をよぎった後、そのまま眠りについた。
身体の熱は、まだ冷めない………
To Be Countinue…