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レイス・ブローガンという少年の一日は、開発中の魔法道具用の魔法陣を書くことから始まる。試作として教科書にも載っている初歩の火魔法を書いてみたが、威力は弱いしきちんとした詠唱が必要なためカードに仕込めない。そのため陣の改良が必要になってくるのだが、当然一筋縄ではいかないのだ。仕込んだ魔法陣が一回限りの使い捨てでは困る、魔法発動のトリガーはどうするか、高出力の魔法に耐えられる素材は、安全性は。
考えるだけ無駄なこともあるが、寝起きの頭を起こすつもりでぐだぐだと毎日同じようなことを考えてから、レイスはレオナの世話をしつつ登校する。そして適当に授業をこなしてから図書室にこもったり自室で魔法道具の開発に励んだり、息抜きに寮生に食べさせる料理を作ったりするのだ。
風呂に入った後は自室で過ごすことが多い。前の寮は四人部屋だったが今は一人部屋なので、道具や設計図を散らかしても文句は言われないはずだったのだが。後方からどさどさとベッドのものを落とす音がしてレイスは振り返った。
「こら落とすな。魔力をこめた石が爆発したらどうする」
「んなもんベッドに置いとくんじゃねーよ」
設計図も石も押しのけて、レオナはベッドに寝転んだ。自分の部屋があるというのに、どうしてだかレイスの部屋にやってきて、眠るまでを過ごすのだ。仕方なく、床に落ちた石や紙を拾い集めるためにレイスが近寄ると、レオナは尻尾を巻き付けてベッドへ引きずり込もうとする。最初こそ相手していたが、髪やら顔やらをめちゃくちゃに舐め回されてから、レイスは容赦なく尻尾を払いのけていた。
レオナの思いはみじんも伝わらない。そんな状態で一年が経ったある日、レイスは授業が終わったばかりのレオナの教室へ飛び込んできた。何事かとクラスメイトの視線を集める男は、息を切らしながらレオナを呼んだ。その姿に気分をよくしたレオナは口角を上げながらゆっくりと歩み寄り、肩で息をする男の顔を覗き込む。
「どうした、レイス」
「お前に、頼みたいことがある」
レオナの笑みが深まったことなど、レイスは気づかない。もしレオナの顔を見ていれば多少怯んだかもしれないが。
「この鍵を持って、今から俺が言う言葉を繰り返してくれ」
「嫌だ」
「闇の力を秘めし鍵よ」
「やめろ、無理やり握らせるんじゃねえ!」
「いいから言えよ! 渾身のエフェクト仕込んでんだぞ!」
「エフェクトって、まさかテメェ! 人の部屋で飛ばした星やら光やらはこのためか!」
「それはまた別のやつなんだけど」
「ふざけんな! 離せこのバカ!」
暴れるレオナの首根っこを掴み、レイスは教室を出て行った。百獣の王ライオンの獣人で、夕焼けの国の第二王子であるレオナが相手とは思えない言動に教室にいた者たちは呆然としていた。同時に、あのレオナがそんな振る舞いを許す相手であるということで、レイスを見直す者も多かった。
この後、サバナクロー寮の副寮長室から星やらハートやらまばゆい光があふれて寮生は逃げまどった上、女児向け玩具にありそうな大変かわいらしい杖を片手に副寮長が寮生を脅しまくって問題となった。
なお当事者である副寮長ことレイスは「魔法道具の実験に付き合ってもらっただけだ」と主張したが、レオナがガチめの説教をしたため以降同様の問題が起きることはなかった。レイスが合法的取引の上、寮生を実験に付き合わせたためである。さすがのレオナも、これを止めたら自分が被害にあうとわかっていたので、口を出せなかった。
そんなささやかな問題を起こしつつ、レイスはナイトレイブンカレッジを卒業した。魔法道具が完成していなかったので、学校の推薦やレオナの紹介を蹴って、実家の時計と魔法道具の工房に入り、働きながら魔法道具の開発を続けていた。
監督生がやってくる入学式の三ヶ月ほど前に、レイスの魔法道具は完成した。封印の鍵はおなじみの呪文を詠唱することで杖へと変形し、カード名を叫ぶことで杖に仕込んだ石の魔力を使って魔法が発動する。緊急用スイッチを押せば、周囲から強制的に魔力を奪って魔法を発動することもできる。しかもブロットは魔力を使った者、つまり杖の持ち主ではなく石に魔力を込めた者か魔力を奪われた者に発生するので、監督生は安心安全という優れもの。
レイスは意気揚々と家族に報告した後、封印の鍵とカードをケースにしまいながら、ふと後輩のことを思い出した。
十九歳で卒業し、今年二十二歳になったのだから、レオナは現在二十歳。別れの挨拶をしてから三年。連絡は一度もとりあっていない。卒業するときは祝ってやるから連絡しろと言ったが、未だにないということはやはり留年しているのだろう。監督生に杖とカードをプレゼントした後に、学校の近くで食事をするのもいいかもしれない。
そんなことを考えて、レイスは気づく。どうやって監督生に会えばいいのだろう。レオナや他の生徒であれば、学校外に呼び出せる。しかし監督生は魔力のない異世界の人間だ。知らない人間の呼び出しでほいほい外に出てこれるわけがない。カレンダーを見やり、冷や汗をかいた。教員として入ろうにも、今から三ヶ月で教員免許をとれるわけがない。今や学校に入れば不法侵入、監督生に会わせろと騒げば不審者である。
どうにか合法的に学校に入り込めないだろうか。レイスは考えた。そして、今は離れて暮らす姉へ相談することにした。
レイスの姉は魔女である。美しいものとへんてこなものが好きで、レイスや兄よりよっぽど魔法が上手かった。姉ならきっとなんとかしてくれる。レイスは工房の材料を勝手に使って姉のために時計を作り、それを対価に相談することにした。
そして三ヶ月後、レイス・ブローガンの元へ二度目の黒い馬車がやってきた。